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ショートショート2 漂流

 私は海の上でゆらゆらと浮かんでいる。漣が私の鼓動と同調するかのように、小刻みに押し寄せる。単調でいて飽きの無いリズム。外界に放り投げ出されているにも関わらず、私は不思議と気持ちの良い心地に浸っていた。

 潮の流れに身を任せながら、たゆたって流されていく。この海には人はおろか、魚などの海生動物がいる気配が無い。この場において、私は一人きり。そんな私を嘲笑うかのように澄んだ青空が視界一面を覆っている。どこまでも続く鮮やかな青色。見る者の心を洗い流してくれそうな景色だが、私の心に溜まった汚濁は洗われることは無かった。不親切な空に侮辱された私を慰めるように、波が引っ切り無しに揺すってくれる。その心地良さはまるで揺籠を連想させた。その振動に身を委ねていると、ふと母親のことを思い出す。優しく温かく世話をしてくれた、かつての遠い記憶。思えば、あの頃が幸福の頂点だったのかもしれない。その思考が私の脳裏に浮かんだ時、穏やかな快感から一転して海水の冷たさが肌身に染みた。

 風の吹くまま、気の向くまま。私は一切の抵抗もせずに流されていく。しばらくすると、視界の端から二羽の鳥が飛んできた。ようやく現れた来客に嬉しさのあまり声をかけようとしたが、両者の距離が遠すぎて声が届かないことに気づく。切なさを感じつつ鳥達をただただ見つめる。互いに近づき過ぎず、また離れ過ぎず、適度な距離を保って青空を横断していく。その悠々と飛翔する姿に私は憧憬と嫉妬の気持ちが芽生える。私とは異なる世界を羽ばたく鳥達。私よりも遥かに自由な世界を生きる鳥達。あの世界へ飛び立てたならば、どれだけ爽快な気分を味わえるのだろうか。心奥から湧き上がるのは、私の生きる世界からの脱却、桎梏からの解放だった。

 鳥達は遠く彼方へ飛んでいき、やがて、海空を照らしていた太陽が昇り来る月へとバトンを渡した。すると、この空間全体が漆黒のベールに覆われていく。色を塗り潰されるかのように景色が黒く変化する。見渡す限りの暗黒。波の優しさはとうに消失し、先の見えない未知への恐怖が増幅する。先ほどまでと変わらないリズムなのに、否応なく心をどよめかせる。早く、早くどこかの土地へ辿り着かねば。そうしなければ、きっと私は何か取り返しのつかない危機に陥るのではないか。そんな焦燥感が脳裏をよぎり──────


 そして私は目覚める。あの海が夢だと分かってしまうと、どっと安堵の気持ちが込み上げる。あれは私の心象風景だったのだろうか。誰とも関わることのない孤独の海原。だからあんなにも孤独を感じていたのか。しかし現実へ帰ってきた今でも、波に身を委ね、流されていく快感は強く深く記憶に刻まれている。それだけでも、私は少しだけ嬉しく思う。

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