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第八話 彼の悪夢

 暗い舞台に、ぱっとスポットライトが点いたようだった。

 気がつくと俺はそこにいて、同じようにスポットライトの下に男が立っていた。

「さて、ここに名前を書いたら契約完了だよ」

 男がそう言ったけれど、突然そんなことを言われてもわけがわからない。首を傾げる俺に、男は肩をすくめた。

「おいおい聞いてなかったとかじゃないよね? 君は一度死んだ。寿命まで生きられなかった人間は、人の夢を食らう獏になるんだ。ここに名前を書けば完了。わかった?」

 そうだった。俺は死んだんだ。でもなぜだ?

 いや、今はそれはどうでもいい。とにかく名前を書かなければ。

「名前……。獏……」

 俺はペンを手にしたけれど、どうしても自分の名前が思い出せない。獏という響きに聞き覚えがあるんだけど。

「なぁ、獏に似たものってなんかあるか?」

「獏に? うーん、パグとかは言い間違えられることもあるけど」

 パグ……。なんか違う気もするが、とりあえず俺はそう書いてみた。

「あー! これ一回書いたら訂正できないのに!」

 男が叫んだ。そうなのか? まぁパグならパグでもいいけど。どうせ本当の名前は思い出せないし。

「まぁいいか……。改めまして、よろしくパグ。僕は小児科二班、班長のバーナードだ」

 男が手を差し出してきた。

 そうか、これは俺が『パグ』になったときの記憶だ。俺はいまだに自分の本当の名前を思い出せていない。

 俺は班長の手を握った。


 周りがふいに明るくなった。だけど見上げた空は、くもり空だ。

 目の前には池と、その先に林がある。ここはさっきまでいた藤代公園か?

 そう考えてたら、急に突き飛ばされた。

「おいおい、これくらいでへばってんなよー」

 倒れ込んだ俺の視界に、数人の足が見えた。視線を上げていくと、学生服を着た三人の少年が俺を見下ろしていた。その目はにやにやと弧を描いている。

「あれー? もう終わりー?」

「さっきまでの威勢はどうしたー?」

 少年たちは俺の腹にけりを入れてくる。俺は痛みでどうすることもできない。

 ふと少年たちの向こうに、へたりこんでいるもう一人の少年の姿が見えた。

 あれは……ヒロキ?

 そうだ、俺はヒロキを追いかけて林に入ったんだ。ガラの悪そうな先輩たちに連れて行かれてるのを、藤代公園の入り口で見かけた。もしかしたらカツアゲかもしれないと思って、追いかけたんだ。

 池のところでサイフを取られそうになっているヒロキを見て飛び出したけど、逆にやられてしまった。

 でもなんで俺はヒロキを知ってるんだ?

 先輩たちは動かなくなった俺には興味をなくしたようで、ヒロキのもとへ近寄っていった。

 やめろ……。これじゃあなんのために助けにきたのかわからないじゃないか……。

 俺はこんしんの力を振り絞って立ち上がると、ヒロキの胸倉を掴もうとしてる先輩のひとりに体当たりしようとした。

 しかしあっさりと気づかれてしまい、逆につき飛ばされてしまう。

「琥珀!」

 場所が悪かった。

 ふらついた俺は、柵を越えて池に落ちていた。


   ☆☆☆


 水の中に落ちたと思ったけれど、目を開けると固い地面の感触がした。

「パグ! 班長さん! パグ目覚ました!」

 戻ってきたのか……? ヒカリが泣きはらした目で俺をのぞきこんでいる。

 俺は身を起こした。そこはもう藤代公園じゃなかった。アカネちゃんもヒロキもいなくなってしまっている。

「ここは……?」

「ここはヒカリちゃんの夢の中だよ。いきなり倒れたからびっくりしたぞ、パグ?」

 班長が心配そうな目で、俺を見下ろしてきた。

「班長が運んでくれたのか? 悪かったな……」

「僕の前にお礼を言わなきゃいけない人がいるでしょー?」

 班長は腰に手を当てて、少し怒ったように言った。俺は班長の隣に目を向ける。

「ありがとな、ヒカリ」

 そこにはいまだ泣きっぱなしのヒカリがいた。俺はヒカリの涙をぬぐってやった。

「わたし……パグが死んじゃうかと思ってびっくりした……!」

「獏はもう死んでるって言っただろ」

「でも……!」

 頭を撫でてやったが、逆効果だったようでますますヒカリは泣き出してしまう。

 俺は困ってしまって班長を見上げるけれど、班長はしんけんな表情をしていた。

「班長……?」

「夢を、見ただろう?」

 夢? あぁ、さっきのは夢だったのか。でもそれがなんの関係があるんだ?

「獏は夢を見ない。お別れが近いようだ」

 班長はなにを言ってるんだ? 全然意味がわからない。

「パグという存在は、完全に消えてしまうんだ」

「死ぬ、ってことか」

 班長はなにも答えない。ヒカリが俺のジャケットのすそをぎゅっと握った。……ヒカリはもう知ってたのか。

「君はずっと半人前だっただろう? 耳も生えず、悪夢も取り逃がす……。完全な獏にはなれない存在だったんだよ」

 そう言って班長は悲しげな顔をする。

 なんだよそれ……。泣きたいのはこっちだよ……。

 俺はすそを握る手に視線を落とした。

 あぁ、悲しいのはヒカリも一緒だよな。班長だってそうだ。

 俺はヒカリの手を握った。

「ヒカリ、あの約束はここまでみたいだ」

「約束……?」

「あぁ、『呼んだらどこにいても絶対駆けつける』ってやつ」

 そう言うとヒカリはがばっと俺に抱きついてきた。

「そんな約束もういいよ! パグが心を強く持てって言ったからもう平気! ねぇ、消えないでよ……」

 言葉の最後の方は切れ切れだった。俺は抱きしめ返してヒカリの頭を撫でる。

「おう、心を強く持てよ。おまえの月の光のような優しい力は、きっと宝物になる」

 ヒカリの力にはげまされていたのは、俺も同じだ。優しい光が見えたから、どんな悪夢にも立ち向かっていけた。

「ありがとな、ヒカリ」

 俺は黙って見ててくれた班長を見上げる。

「班長も、今までありがとう」

 班長は深くうなずいた。

 俺はヒカリから身を離した。体が光に包まれていく。

「心を強く持てよ、ヒカリ」

 そう言って俺はにっと笑った。……笑えていただろうか。

 ヒカリも泣き笑いを浮かべて、しっかりうなずいた。大丈夫だったみたいだ。


 そして俺は、完全に光に包まれてしまった。

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