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「…………………………へ?」
たっぷり十秒ほどの沈黙を置き、間抜けな声を吐き出す猛。ぱちくりと目を瞬かせてガチリと動作を停止する。
「いや、へじゃなくて歯。分かる? オーケー? アンダスタン?」
そしてそんな猛を覗き込むようにして見下ろし、手を差し出す金髪男。
――…………掴め、って意味だよね……?
一瞬思案した猛であったが、常時逃げ腰命令を下している脳に、先程の鬼神の如き姿がフラッシュバックした。
――いやいやいやいやいやいやいや! 投げ飛ばされるよね!?
凄まじい妄想が脳内を駆けめぐる。あんなトンデモ映像を見せ付けられた後だ。仕方ないと言ってしまえばそれまでである。
――でも、掴まなかった事で機嫌を悪くされたらどうしよう……?
飽くなきまでの逃げ腰精神。ネガティブにも程がある。
ただ、これが桐島猛という人間を構成する心の在り方なのである。
アフター*ダークはプレイヤーの精神をそのまま電脳世界へ投影するゲーム。電脳世界での思考は現実世界と何ら変わりは無い。つまり猛は現実世界でも逃げ腰なのだ。
しかしながら痛い事はなるべく避けたい虚弱体質人間が、微弱ながら痛覚の概念が存在する世界に、わざわざ飛び込もうとするのだろうか?
もしかすると、それはただ単純に怖いもの見たさだったり、新し物好きだったり、という性格に起因するものなのかもしれないが。
猛は思う。
この、自分自身が映し出されるゲームをプレイする事で何かが変わるのではなかろうか、と。
猛は願う。
叶うならば、その何かが変わる瞬間を見つける事が出来れば、と。
意を決するとまでは言えないが、ほんの少しばかり腹を括った猛は、差し出された金髪男の手を掴んで、言った。
「……なぐ、殴らないんですか?」
単純明快。
「キミを殴る理由がないね☆」
金髪男が笑って吐き捨てた。




