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アフター*ダーク  作者: えむ
第一章 日常茶飯/街の風景
23/48

04

 何事かと思い、恐る恐る周囲を確認してみれば猛の僅か後方にて、坊主頭にサングラス、タンクトップにアーミーパンツという、厳つい風貌の男がこめかみをひくつかせながらギロリとこちらを睨み付けているのが視認できた。

 猛はそこまで認識して、ようやく自分がぶつかってしまった事に気付いた。

 視ておきながら難だが、できれば認めたくはない。何故なら、

「なあ、おい」

 怒りを込めた男の声が聴覚を揺らす。みるみるうちに猛の顔から血の気が引いていく。

 日常生活において痛いことは逃げる。嫌な事からは目を背ける。という動作がデフォルトになっている猛は、喧嘩はおろか、言い争いでさえもその身を危険に投じる事はない。

 この性格は彼が小学六年の頃に確立したもので、現在一六歳の高校一年であるから、約四年は逃げ腰でたち振る舞ってきた事になる。

 しかも万年帰宅部で筋肉は皆無。

 つまるところ完全無欠に虚弱体質な猛は、恐らくその辺の小学生にすら腕力で負ける。

 それを理解しているからこそ猛は勇ましく立ち向かう事も無いのだが、ただ、

「おんやぁ? 肩……外れちまったかもしれねえんだがぁ?」

 こんな、

「……なあ。関節が正常かどうか確認したいんだが、一発小突かれてアスファルトに寝転がるぐらいの覚悟は出来てるんだろうな」

 ――こんなイレギュラーは予想できる訳ないじゃないか……!!

 しかし、逃げ腰である自分を割り切っていると言えば嘘になる。猛自身、立ち向かいたい気持ちは僅かながらに持ち合わせていた。

 いつの間にか握り締めていた拳が小刻みに震える。

 ――でも……立ち向かってどうなるって言うんだ。たとえば僕が立ち向かったとして、力を力でねじ伏せる事に意味はあるのか?

 この自問自答も、いつもの猛の風景だった。

 自分の行動を何かしら理由づけする事で正当化し、あらゆる可能性から自分を遠ざけ、いつも通りの──ともすればやり慣れた行動パターンの中に自我を押しとどめる。

 振り上げられた男の拳を見つめながら猛は続けて思う。

 ――ああ、でも、痛いのは嫌だなぁ……

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