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まるで自分はあらゆる事象について全くの無関係だとでも言うように抑揚のない声でぽつりともらす。
それもそのはず彼にとって、サージタリウスにとって、佐山海峡という男にとって、この世界は作り物以外の何物でもなかったからである。
サージタリウスだけではない。電話口の向こうにいるジュリアにとっても、大通りを歩く人々たちにとってもそうだ。
周囲に横たわった街灯も。
ぐしゃぐしゃにひしゃげてしまった車も 轟々と燃え盛る炎も。月も。ビルも。家。川。木々。空気。空。全て、凡て、総て。
自分の、体でさえも。
世界を構築する全てがデータ。いわゆる仮想現実。
そう、ここは現実世界ではない。ここは大手電子機器メーカーGUILDが世に放った────アフター*ダークと呼ばれるバーチャルリアリティゲームが支配する電脳世界だった。
全てが作り物であるこのゲームには、しかしながらたった一つだけ生身の部分がある。
それが精神。
個人の意識を任意のアバタ―へ投影することで成り立つこのバーチャルリアリティゲームは人間にとって一番脆く、また一番弱い部分を糧としている。
アフター*ダークのプレイヤーには、通常、微弱ながらも痛みの概念が存在しており、各プレイヤーにおけるダメージの許容を上回った時点で強制終了される仕組みを採用している。
が、社員である佐山ことサージタリウスには、電脳世界を監視しなければならない役割を担っている観点から、痛みの概念が意図的に排除されていた。
要するに、特別なのだ。
であるから、先にとった咄嗟ながらも背を向けて身を守る、という行動はゲーム的な意味では無駄な行動であったのだが、個人の意識を投影するシステムを鑑みれば、それは人間として当たり前の行動だったのかもしれない。
そしてサージタリウスはこの世界で実質的に無敵であるにも関わらず、今し方空から降り立った青年の姿に、その人間としての精神を再び揺さぶられていた。




