1-08 モグラ叩き
暗い闇の中、地面に突き刺さった松明の灯だけが淡い光を放つ。そこを中心にして俺はモグラを相手に戦っている真っ最中だ。
俺の背後を狙って襲ってくるモグラを半回転して躱し、そのまま勢いよく切り上げる。続けざまに襲ってくるモグラを蹴り飛ばして凌ぎ、体勢を立て直して死角から飛び出してきたモグラを短剣で迎撃した。
やはり以前の経験が役に立っている。モグラの攻撃パターンもある程度読めている。視界も松明のおかげである程度確保されているのも影響しているだろう。
倒しても倒しても群がってくるモグラたちの鬱陶しささえ我慢すれば、狩り効率はウサギとは比べ物にならない。敵単体なら耐久力もウサギ以下なので、サクサク狩れる。
周囲には俺と同じようにモグラと戦っているプレイヤーがいる。モグラに対してしっかり対策ができている者たちと、圧倒的な数の暴力に押されて飲み込まれる者たちがはっきりとわかれていた。
それから数時間。松明も消え、回復用ポーションも尽きた状態で、モグラの群れと戦い続けた俺の動きは、開始当初とは比べるべくもないほど向上していた。もうモグラ相手なら油断さえなければ何匹来ようが負ける気がしない。
途切れることなど無いのではないかと思うほど群がっていたモグラの姿も、すでにほとんどが見えなくなった。同じように周囲で戦っていたはずのプレイヤーの姿も無くなっていたが……。
気が付けば夜闇が薄くなり、うっすらと明るくなってきているのがわかる。
俺は暇を見つけては、周囲に散らばったカーニヴォラスモウルのドロップ品を回収していたのだが、その数量は優に500を超えていた。
カーニヴォラスモウルのドロップアイテムは主に肉と毛皮だが、稀に牙や爪といったものも残っていた。おそらくドロップ確率に差があるのだろう。
これがひとつあたりいくらになるのかわからないが、さすがにウサギのドロップアイテム以下という事はないだろう。というか、そうであってほしい。
「これで……最後、だ!」
勢いよく上段から短剣を振り下ろして最後の一匹を切りつける。相も変わらずポンッと気の抜けるような軽い音を立てて消滅するモグラを尻目にその場で大の字になって寝転ぶ。
HPはすでに赤色、どころかほとんどドット単位でしか残っていない。あと少しでもダメージを受ければ死んでいた。それほどまでにギリギリの戦闘だったのだ。
完全に日がのぼり、広大な草原地帯を照らし出す。今はモグラの姿もウサギの姿も見当たらない。俺以外のプレイヤーすら誰もいない空間。
やり遂げた。その事実だけが俺に達成感をあたえてくれる。まだ開始してからゲーム内で二日、現実では一日目のプレイにも関わらず、これほどの思いができるとは思ってもみなかった。
一晩の戦闘でわかったこともいくつかある。
まずは「空腹度」に関することだが、やはりあった。戦闘中、一定の時間経過で徐々に体の動きが鈍化するのだ。じわじわと来るため、意識していないと気付きにくい。戦闘に夢中になって、気付いた時には致命的な身体能力減少になっているなど洒落にならない。
これで俺の最初の死因が餓死だという事がはっきりした。
次に戦闘に関する自由度の高さだ。
俺は以前やっていたVRゲームの知識から、武器による攻撃しかダメージが入らないものと思い込んでいた。しかし「ロウジット」では、武器以外の攻撃。つまり体全体を使った打撃も敵に有効なのだと気付いた。
気付いたきっかけは割と単純で、襲ってきたモグラに対してとっさに頭突きを食らわせたところ、そのまま敵が目の前で消滅したのを確認したからだ。
まぁ何が言いたいのかといえば、要は初期武器にこだわる必要はないのではないか?という事だ。
通常、ほとんどのMMORPGでは職業などによって使用できる武器の種類が固定される。それと同じでこのゲームでも、初期武器を選べば使用できる武器種は初期武器と同じものしか使えないのだと思っていた。
だが、今回の事でそうではない可能性が浮かんだのだ。手足や頭といった自身の体を使った打撃で相手にダメージが与えられるなら、短剣以外の武器を持って戦うこともできるのではないか?と。これは町に戻ってから一度確認する必要があるだろう。
こういった考察をするのも面白いと思ってしまう。おそらく今、俺の口角は吊り上っているのだろう。友人が今この場にいれば、間違いなく変人扱いされる。
そういえばアイツもこのゲームをやると言っていたはずだが、どうしているのだろうか?……まぁ縁があれば会うこともあるだろう。わざわざ連絡する必要もないか。
俺はしばらくその場で寝転がったまま、体力をある程度回復してから街へと戻った。
城壁の門は既に開いていた。おそらくだが門が閉まっているのはモグラが出現する時間帯のみなのだろう。
そんな事を考えながら、門番のチェックを受けて町の中へと入る。
街の中は早朝だというのに、ある程度活気づいていた。せわしなく開店準備をする露天商たちや、食材などの仕入れを行う飲食店の店主らしき人々。主婦や家政婦のような人たちも見受けられる。
これがすべてAIによって動いているとは思えない。一定の動きをするように組まれたプログラムか何かだろうか?どちらにせよこのゲームに使用された技術力は相当なものだと素人の俺でもわかる。
まずはギルドに行って、素材を買い取ってもらおう。そう考えてギルドに向かって歩いていたのだが……
「あれ?」
急にふらりと体がよろけた。そのままバランスを崩して倒れそうになるが、手をついたことで転倒は避ける。
また空腹なのかと思いアイテムインベントリから干し肉を出してかじってみたが、一向に治る気配がない。
どういうことだ?いや、焦るな。冷静に考えよう。少なくともこの症状は空腹が原因ではない。タイミングから考えても戦闘ダメージなどでもないはずだ。
だとすれば何が原因だ?普通に考えれば、空腹以外にも隠しパラメータのような物の存在。変な部分でリアル思考なこのゲームの事を考えれば、思いつくのは人間の生活にとって必要な物だろう。
人間の三大欲求と言えば食欲、睡眠欲、性欲だ……このタイミングで性欲がどうこうってのは考えづらい、というか関係していても困る。ということは睡眠か……あり得る。
気付いてみれば、なんとなく寝不足の時の症状に似ているような気もする。
どちらにしてもこの状態ではあまり長く活動できそうもない。ギルドはひとまず後回しで宿屋だな。
俺は近くにあった宿屋に入り、宿泊料の500Eを支払ってそのままベッドにダイヴした。すると、目を閉じているというのに眼前に仮想ウィンドウが表示された。
『宿屋休眠モードに移行します。これからゲーム内時間で最低3時間、緊急時以外で目覚めることはありません。このままログアウトした場合、十分な休息の後万全の状態でスタート地点に移動し、状態保護されます。ログアウトしますか?』
ふむ、ゲーム内時間で3時間という事は現実時間で1時間ほどか?よく考えたら現実時間で8時間以上プレイし続けている。さすがにこれ以上続けるわけにもいかないな。きりもいいし今日はここまでにしておこう。
俺は『YES』を押して、ゲームからログアウトした。