1-04 初戦闘
王都城壁の外に広がる広大な草原。初心者用フィールドとも言えるその場所は、視界を遮るもののない、本当にだだっ広いだけの場所だ。
しばらく歩いてみたが、遠くに見える森以外は何もない。途中遭遇したウサギ型モンスターも、既に他プレイヤーとの戦闘中だったため、邪魔にならないように素通りした。
軽く探索してみたが、ここに出現するのは例のウサギ型のモンスターだけのようだ。腕輪の機能を使って確認したところ、名前はスロウラビット。見た目は巨大なウサギだ。四つ這いの状態で1メートルを超す、ずんぐりむっくりとした体。プレイヤーと戦っているのを観察した限りでは、動きはあまり素早くは無い。名前通りと言うか何というか……まぁさすが初心者用フィールドと言ったところだろう。体当たりにさえ気を付けていればどうにかなりそうな様子だった。
問題はランダムポップ、別名「キリング・モブ」と言われる仕様の存在だ。前作、まだVR技術が確立されていなかった時代のMMORPG「ロウジット」では、「鬼畜」と言われた仕様の内のひとつ。
各フィールドに存在するモンスターのポップポイント、そこに低確率で出現する適正レベルを無視した上位モンスター。これが「キリング・モブ」と呼ばれる仕様の概要だ。
当然この初心者用フィールドも例外ではない。運が悪ければ誰もが遭遇する可能性があるのだ。
VRゲーム化に伴って、その仕様は無くなった可能性もあるが、誰かが確認したワケじゃない。楽観視はせず、警戒はしておいた方がいいだろう。
そう念頭に置いて、慎重に獲物を探す。できるだけ近くにプレイヤーが居ない場所を目指して進んでいると、都合よく視界内にスロウラビットを捉えた。
緊張から、思わず腰に刺さった短剣の柄を強く握りしめてしまう。
素の状態でどれだけ戦えるかを計るために、今はブーストシステムをオフにしている。ある程度把握できた後で、ブーストシステムの性能実験をするつもりだ。
スロウラビットは非アクティブモンスター。つまりこちらから手を出さない限り、こちらに攻撃してくることは無い。ゆっくりと気を落ち着かせて、覚悟を決める。
そのままゆっくりとスロウラビットに近づいていき、まずは敵の察知範囲を探る。残り5メートル程になったとき、スロウラビットの耳がピクリと動いた。つまりここが察知されるギリギリって事だ。予想以上に近づけたことを驚きつつも、俺は一気に距離を詰めるために走り出す。
スロウラビットが逃げるようなそぶりをしたので、慌てて逃げ道を塞ぐように移動した。
だが、それは失敗だった。直後にドスンと思い衝撃があり、体が後方に吹き飛ばされる。スロウラビットの体当たりを食らったのだ。
「ぐっ……」
あれほど体当たりに注意しなければと考えていたはずなのに、わざわざ進行方向に飛び出すなど愚の骨頂だ。システムの保護によって痛みこそ感じないが、先ほどよりも体が動かしにくくなっている。
スロウラビットはこの状況を有利と見たのか、逃げるのを止めて再び体当たりを仕掛けてきた。未だに立ち上がれていなかった俺は地面を転がってそれを避け、体勢を立て直す。
そのまま逃げればいいものを、わざわざ反転して再度突進してくるデカウサギ。まるで劣化版闘牛のようだと思いつつ、今度は落ち着いて躱し、すれ違いざまに短剣で切り付けた。
それから一旦距離を取って、腕輪でスロウラビットのHPゲージを確認する。だが、今の攻撃ではほとんどダメージを与えられていない。ウサギがタフなのか、それとも短剣の攻撃力が低すぎるのか……原因はわからないが、これではいつ倒せるのかわかったものじゃない。
それでも検証は必要だろう。長時間の戦闘を覚悟して、ふたたびウサギに切りかかった。
それから数度、攻防を繰り返している内に、緊張や恐怖心もいい感じに薄れてきた。しっかりと動きを見ていれば、対処は難しくない。
続けて数匹のウサギを狩っているうちに、わかった事がある。ダメージの入り方だ。最初の攻撃でダメージがほとんど入らなかったのは、回避に意識を取られすぎて手元に力が入っていなかったせいだ。落ち着いた今の状態なら一撃で相手のHPを4分の1は削れるようになっている。つまり、自身の力加減次第でダメージは増減するのだ。まさかここまで細かい作りになっているとは思いもしなかった。
さらに一定時間攻撃をせずにいると、徐々にHPが回復しているのも確認できた。これはプレイヤー側も同じなので、ある意味当然と言える。ボス戦とかは厄介そうだな……。
もうひとつ実験として、ブーストシステムをオン状態にして戦ってみた。これは身体能力強化の効果があるらしく、オン状態にすると全ステータスが上昇する……らしいのだが、体感で変わったようには感じられなかった。ステータス面も変化したようには見えない。唯一変わったと言えばクリティカルのような攻撃が入るようになった事だろうか。ごく稀に通常ダメージよりも大きなダメージが入ることがあったのだが、これに関してはブーストシステムのおかげなのかどうか、すらわからなかった。まぁこんなところだろう。
ある程度の検証が終わったところで、10匹目のスロウラビットにトドメをさす。するとポンッと言う軽い音と共に姿が消え、代わりにウサギの毛皮が残っていた。あの巨体から採取したにしてはやけに小さな毛皮だったが、仕様と言うことで納得するしかない。
ステータスを確認してみるがHPが減っていること以外は特に変化は無い。レベルも既に3になっている。戦闘に慣れるためにも、ひとつ頑張ってみよう。
それからゲーム内感覚で、3時間ほど狩りを続けた俺のレベルは5になっていた。倒したウサギは結構な数になったはずだが、思ったよりも上がっていない。だが、ドロップアイテムもいい感じに溜まってきたし、切りもいいのでそろそろ町に戻ることにした。
街へと帰る道すがら、やたらと他プレイヤーを見かけた。明らかに人数が多くなっている。これは早めに切り上げて正解だった。町へ戻ったら今度は鍛冶をやってみようかな。