1-03 王都アグリーア[AGREEA]
瞼の向こう側に光を感じて目を開いた。
すると視界いっぱいに暖かな陽光に照らされた綺麗な街並み、その向こう側には高い城壁が見て取れた。さらに視線を遠くへ向ければ雄大な自然豊かな大地が広がっている。
改めて自分のいる場所を確認するために視線を巡らせた。
俺が立っているのは、天辺に大きな宝石のようなものが嵌め込まれた円柱状の石碑がある広場だった。すぐ近くには下へ移動するための階段があり、そこを降れば露店が多数出店している場所がある。
それとは逆の方向を見れば、石畳で舗装された道が緩やかな登り坂になっており、その頂にそびえるのは白く美しい立派な宮殿だ。
数少ない公式ホームページでの公開情報の中にあった、プレイヤーたちの開始地点、王都アグリーア。周囲を高い城壁でぐるりと覆われた円形状の造りとなっており、その城壁に沿うように建てられた煉瓦造りらしき建物群がある。城壁に近い建物はそのほとんどが民家であり、中央に近づくにつれて徐々に商業関係の建物が多くなる。そして俺が今立っている場所こそ、この王都の中央部分に当たり、ここから少し小高い場所には堂々と宮殿が存在している。宮殿から城門までまっすぐに伸びる大きなメインストリートは、たくさんの人々が行き交っており、王都の主要な建物はすべてこの通りに面しているらしい。
それにしても……
「これはスゲェな……」
これがゲームの中の世界だとは、とても思えないほど忠実に再現された景色は圧巻の一言に尽きる。建物は煉瓦や石を積み上げて建てられた物が多いらしく、どこか古臭いが決して汚いわけではない、独特の温かみを持っている。
それだけではない。高層ビルや工場など、視界を遮るほど高い建物が少ないおかげで世界がとても広く見えるのだ。空は青く澄み渡り、城壁の向こうに見える自然とのコントラストもとても綺麗に感じる。
これから先、どのような景色が見られるだろう?どんな生物が生きているのだろう?この世界を冒険するのだと思うと、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
期待に胸を膨らませ、俺は大きく一歩を踏み出した。
周囲にはすでに多くのプレイヤーがログインしていた。このゲームの前評判はあまり良くなかったはずだが、意外にも結構な人数がいるようだ。
プレイヤーキャラクターは見分けるのが簡単で、常に頭の上に青色のマーカーが存在している。それ以外の町人や動物といったノンプレイヤーキャラクターにはマーカーが無いため間違えることも無い。
なにより、どいつもこいつも美男美女で、正直美形のありがたみがかなり薄れた気がする。もちろん自分の事は棚上げだ。時折ギャグとしか思えないキャラクターも居るには居るが少数派のようだ。はてさて、あのたくさんいる美女の中で、本当に女性なのが一体何人いるのだろうか?などとくだらないことを考えながらメインストリートを通って城門方面へと向かっていく。
街中を見物しながら進んでいくと、程なくして冒険者ギルドらしい建物が見つかった。他の建物より明らかに大きいその建物に、これまた大勢の人間が出入りしている。
建物の中に入るとその内装はどことなく銀行に似ていた。横一列に並んだ窓口と、ATMが設置してありそうな場所には沢山張り紙がしてある掲示板がある。
外壁は石造りだったが、内装は木造のようだ。大きめの窓が多めに設けられているおかげで、陽光が入るため建物内でも明るい。
掲示板の前には既に大勢の人が集まっている。おそらくあれが依頼掲示板というヤツなのだろう。
窓口の方も賑わっているようだ。なんとなく受付嬢は超絶美人と言うイメージがあったが、見たところ特にそういったことも無い……と言うのは失礼か。決して不細工と言うわけではなく、どちらかと言えばクラスだったり部署だったりの中で人気がありそうな女性とでも言えばいいのか。憧れよりも親しみやすさが先に来そうな感じの女性だったと言うだけの話だ。
窓口の前には椅子と丸テーブルが数セット用意されており、大勢の人が思い思いに過ごしている。ここだけ見れば喫茶店のようにも見えた。
俺はひとまず適当な窓口に並び、順番を待った。受付嬢は優秀なようで、大して待たされることなく俺の順番も回ってくる。
「お待たせいたしました。本日のご用件は?」
濃緑色の髪をショートカットにした可愛い受付さんだった。目鼻立ちがはっきりしているので、印象的には外国美人と言った感じだ。
「登録をしたいのですが……」
「登録ですね。冒険者、商人、職人の三種類がございます」
「冒険者の登録で。あと職人として登録した場合、何か優遇措置みたいなものはあるんですか?」
「そうですね。職人として登録された場合は、ギルドから素材などを購入する場合に割引があります。ランクが高ければ割引も大きくなりますし、貴重な素材を購入したい場合にもランクが高い希望者が優先されます」
「職人としてランクを上げる方法は?」
「職人の方がランクを上げる主な方法は、その方の技能に合った納品依頼の達成と、その方の作った作品の品質向上ですね。品質の良い物を作れる職人であればその品質に見合ったランクになります。他にも加工が難しい素材を加工できる技量などもランクに影響します」
「その作品の査定などはどうやって?」
「査定は商人ギルドの者が行うことになっております。しっかりと経験を積んだ者が査定致しますのでご安心ください」
「あー、すみません。例えばなんですが、職人として登録してから、直後に品質の良い物を作れる事を示したら、ランクは一気に上がったりはするんですか?」
「……そうですね。可能かもしれませんが、あまりお勧めは致しません」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「はい。その場合、確かにランクが上がる可能性はありますが、その職人の信頼度と言う点が問題になります。前もって実績などが無い分、査定も厳しくなりますし、上がるランクも本来の物より低くなってしまうかもしれません。なにより、本当にその作品を作ったのが、その職人かどうか疑われるような事態は、お互いにとって良いことではないでしょうからね。ですので、徐々に実績を積み、ランクを上げることをお勧めしております」
確かに要らぬ勘ぐりをされて、互いに不快な気分になるよりは、信頼関係を築きつつ地道にやっていく方がいいだろうな。
「よくわかりました。ありがとうございます」
「いえいえ、それでは冒険者登録を行いますが、よろしいですか?」
「はい、あと職人登録も一緒に行うことは可能ですか?」
「ええ、もちろんできます」
「では職人登録も一緒にお願いします」
「かしこまりました。それでは冒険者、職人として登録いたします。お手数ですが、こちらに腕輪をかざしていただけますか?」
受付嬢はそう言って、俺から見て窓口の右側に置いてあった、綺麗な立方体の黒い石を指した。
俺は言われるままその石の上に右手首にある腕輪をかざして、しばらく待つ。
この腕輪と言うのは、銀色のシンプルなデザインをした物で、プレイヤーは必ずこの腕輪を右手首に着けている。
なぜかと言えば答えは簡単で、この腕輪がVRゲーム内での操作媒体だからだ。メニューを表示して、環境設定をしたり、ステータスやアイテムインベントリの管理、チャット機能などの操作、ログアウトなども全てこの腕輪で行う仕組みになっている。
この腕輪は、ある意味このゲームで最も重要なアイテムであると言える。そういうワケで基本的にこの腕輪を外すことはできないようになっている。
黒い石の方は、腕輪からプレイヤーの簡易ステータスを読み取って、プレイヤー情報を登録するための装置と言ったところだ。
「ありがとうございました。もう大丈夫ですよ」
「はい」
「これでリケット様の情報は冒険者、職人としてそれぞれ登録されました。ただいまランクはどちらも十級となっております。今後は依頼達成状況やギルドへの貢献度によってランクが変動いたします。ランクの扱いはそれぞれ別となっておりますのでご注意ください。基本的な規則などの情報は腕輪に記録しておりますので、後程お読みください。それではほかに質問などはございますか?」
「いえ、たぶん大丈夫です」
「でしたら、これで登録完了です。お疲れ様でした。何か不明な点があれば、またお越しください」
「ええ、ありがとうございます。それでは失礼します」
「はい、お気をつけて」
ひとまず用事が済んだ俺は、ギルドを後にする。
あのまま何か依頼を受けても良かったが、さすがにあの人数が群がっている場所に突っ込んで行きたくは無い。
それにしても、受付嬢の対応には驚いた。あれほどスムーズに言葉を交わすNPCは、今までのVRゲームでは見たことがない。表情が乏しいことを除けばあれはひとりの人間だと言っても過言ではないだろう。いったい運営はどれほどの規模でこのゲームデータを処理しているのだろうか?
まぁこれは考えても仕方がない。まずは自分がどの程度戦えるのか把握するのが先だろう。ある程度の戦闘経験を積めば、自分にとってどんな武器がいいのかというのも考えやすくなるはずだ。
俺はそのまま城門へ向かって歩き出した。
するとすぐに大きな建物が目につく。ギルドの建物より大きいそれは、どうやら工房のようだった。ここで作業場を借りて生産を行えるのだろうか?あとで確認しに行こう。
そのまま工房の前を通り過ぎ、商店街、住宅街を抜けて城門へと辿り着く。城門には門番が二人立っていた。門を通るときに止められるかと思ったが、特に問題なく素通りできた。チェックがあるのは入るときだけなのか?
なにはともあれ王都の外へ出た。その景色は目立つものの無い広大な草原だ。
少し離れた場所へ目を凝らすと、いくつかの影が見える。さすがにそれが人なのかモンスターなのかはわからないが……。
まずは手近な敵を見つけて戦闘してみよう。