3-03 ヨモ村
瞼が太陽光に照らされ、刺激を受けた事で強制的に目が覚めた。
寝ぼけた頭でゆっくり起き上がると、周囲にいくつかの視線を感じる。まぁ自分たちの村のはずれで眠っている見知らぬ輩がいれば、注目くらい集めるだろう。ちょっとしたアイドル気分だぜ!
まあ感じる視線の温度は決して温かい物では無いので、正直に言うとあまり居心地は良くない。
とはいえ対応しないわけにもいかないので、こちらを伺っている村人たちに、さわやかっぽい笑みを浮かべて手を振ってみた。……逃げられました。
大丈夫、アバターであるリケットの顔はイケメン風味のはずだ。ちょっと思考がナルシストっぽい気もするが、作り物の体なのでセーフだセーフ。
容姿に問題が無いとすると……人間性?いやいや、俺まだこの村で何もしてないよ?だとすると、何が原因だろう?閉鎖的な村なのか?
まあいいか。とりあえず村で物資補給とゴースト対策やらの情報収集をしよう。昨夜、光が苦手だと聞いた気がするが、あれは襲われないってだけだ。
俺が知りたいのはゴーストの打倒方法。あとは右腕が動かなくなった原因を……そういや右腕動くようになってるな。違和感もないし、後遺症は見られない。やはり状態異常の類なのだろう。正体はわからないが、何か対処法でもあればありがたい。
現在の時刻を腕輪機能で確認すれば午前6時を少し回ったところ。昨夜あれだけ走り回ったのに、なかなか早起きだ。
俺は村に入れてもらえるよう交渉するため、改めて村の入り口へと向かった。
そこに立っているのは昨夜話した人とは別の村人だった。服装は大差ないが、こちらの人の方が昨夜の人より頼りない気がする。
「おはようございます。早速ですが村に入れていただきたい」
「一応話は交代の際に聞きました。ですが、念のため身分の証明はできますか?」
前言撤回!いい人だ!!
「この腕輪で証明になるかな?」
そう言って、右手首に嵌った腕輪を見せる。
「ちょっと確認しますね」
そういって小指の先ほどしかない、小さな黒い石を取り出して腕輪に近づけた。
すると、黒い小石は淡く光を放ち、腕輪から離すとすぐに光は消える。
これはギルドへ加入する際に使用した黒い石と同じ材質のものだ。大きな町のギルドにあるような大きい物は珍しいため入手は難しいが、この程度の大きさのものなら案外簡単に手に入る。そのため、どんな小さな村や町でも必ずひとつふたつは外部から来る者たちの身分確認のために所持しているらしい。
もちろんギルドにある黒い石と彼が持っている黒い小石は材質が同じと言うだけで、厳密に言えば同じものでは無い。
どういうことかと言えば、ギルドにある黒い石は、プログラムを入力して、一定の動作の記録、出力が可能なパソコン的なもの。
対して彼の持つ黒い小石は、俺たちプレイヤーが持つ腕輪や、NPC冒険者が持つメンバーカードに埋め込まれた金属に反応して淡く光るだけの用途しかない、いわゆる限定的な金属探知機みたいな物だ。
「間違いないようですね。村へ入っても大丈夫ですよ。この道をまっすぐ行くと村長の家がありますので、滞在するのならそちらへ行ってみてください」
「わかった。ありがとう」
うん、丁寧な対応だ。昨夜の彼はやたらと高圧的だったので、多少は雑な対応を覚悟していたのだが、杞憂だったようだ。
「あ、そうだ。ひとつ聞いてみても?」
「なんでしょう?」
「夜に出現するゴースト。あいつらはどうやったら倒せるか、知らないか?」
「それでしたら、魔法が有効らしいですよ。魔法が付与された武器で攻撃してもダメージは通るそうです。まあ一時的に消えるだけで、またすぐに復活しますし、倒しても何も残らないので意味ありませんけどね」
「やっぱり魔法か……。それ以外には何か無いか?」
「そうですね……、そういえば、以前襲われた人が、火の消えた直後の松明で殴ったら手応えがあった、なんて話を聞いたことがありますね」
「ほう?」
「まあ、本当かどうか試す人もいませんし、真偽のほどはわかりませんが、どうにもならない時は試してみるのもアリかもしれませんね」
「確かに……。貴重な情報をありがとう。助かったよ」
「いえいえ、僕らもゴーストには迷惑していますからね。この村の住人にとっては常識みたいなものなので、気にしないでください」
そう言う彼に別れ際、もう一度礼を言ってから村の中へ入ってみると、古い木造の建物がいくつも見える。区画整理という概念の感じられない乱雑な配置で、見通しは悪い。
道端には洗濯物やらが無秩序に干されており、その途中で肉や野菜、果物の乾物を作っていたりとかなり混沌としていた。
土地は広大なのに、なぜこんなにも建物がひしめき合っているのか考えるが、それはすぐに答えが出た。
おそらく原因はゴーストだ。ゴースト避けの灯篭を設置するにも数には限りがある。雨風を避けられるようしっかりとした造りにしないといけないだろうし、作るのは結構な手間のはずだ。村の周囲を灯篭の光で囲わなければいけない以上、灯篭の必要数は多くなる。だから、無暗に村を拡大することができないのだろう。
その結果として、村の人口に対して土地の確保が上手く行かず、このような混沌とした風景になったのだろう。推測にすぎないが大きく外れてはいないと思う。
おばさんたちが洗濯をしながら、近所の人とお喋りをして笑っていたり、おじさんや子供が畑で農作業をしていたりと、典型的な田舎生活。これはこれで見ていて癒される光景だった。
商店のような物も無く、住人同士で物々交換が行われているだけ。野菜であったり肉であったり小麦であったりと様々だが、食べ物以外はほとんど行商から購入するのだそうだ。俺も村人に直接交渉して金を支払い、いくらか食料を購入する事もできた。モンスター素材もそこそこ需要があるらしく、交渉テーブルに乗せると喜ばれた。
井戸で水の補給もさせてもらい、ついでにゴーストや他のモンスターについての情報収集も進める。
なんでもゴーストに触れてしまうと、その部分に軽度の呪いがかかって、しばらく動かなくなってしまうらしい。恐怖を増加させる作用もあるらしく、とても厄介との事。
また呪いかよ、とセルフツッコミを入れつつ、対処法を聞いてみたのだが、村人には時間が経てば治るものに何かするという意志はないらしく、対処法はわからなかった。
あれだけ大量に沸き出すゴーストの大群の中で、体の一部とはいえ動かなくなれば、まず間違いなく餌食になるだけだと言われてしまう始末だ。
……生きてますけど?
念のため、この村で一番長生きしている老人(村長ではない)なら何か知っているかもと言われて聞きに行ってみれば、マンドレイクから作り出す薬なら、すぐに回復ができるとの事だった。残念ながらこの村の付近には自生していないそうなので、結局はゴーストに触れないように気を付けるしかないらしい。
(どうにかしてゴーストにリベンジできないか?)
そんな事を悩みつつ、聞いた情報をまとめて、可能かどうか考える。
まず、ゴーストへの攻撃手段だが、ひとつ目が、魔法による特殊攻撃、または魔法が付与された特殊武器による攻撃。これは俺の攻撃手段の中に存在しないため却下だ。
次に松明による攻撃だが、こちらは不確定要素しかないため、メインの攻撃方法として据えるにはかなり危うい。
他にも、マンドレイクから作られた薬で解呪が可能なら、その薬を塗りつけた武器なら、ダメージも見込めるのではないかという推測もできる。こちらも確証がない上、現物もないため実行不可。不確定要素も多いため主な攻撃方法として考えるには弱い。
考えた結果、有効な攻撃手段が現状無いため断念するしかない。
……ないのだが、レベルを上げて物理(魔法武器)で殴ればいいじゃない。みたいなのは気に入らない。何もかも足りていない、この状況で勝利してこそ意味があると思うのだ。
仕方ない。早々にヨモ村を発つつもりだったが、予定を変更して数日滞在する。三日だ。三日の間にゴーストに対して有効な攻撃が見つからなければ、潔く敗北を認めよう。幸いそれらしい情報はすでに手に入れているのだから、今晩にでも確認してみればいい。明日の昼間は決戦の準備に充てて、その夜決着をつけてやる。
そう決意した俺は、早速今夜の検証のために準備を開始した。
現状用意できそうなのは松明くらいだ。メインとして使う訳にはいかないだろうが、緊急時用にいくつかそのまま確保しておく。
次に松明が有効だった場合の考察。もし仮に松明が有効だったとして、それは何故なのか。
話を聞いた中で注目すべきは「消火直後だった」と言う点だろう。わずかでも火が残っていれば、ゴーストに対して有効なのかもしれない。そういえば炭には浄化作用があるなんて話もどこかで聞いたことがある。関係ない可能性もあるが、それは今夜検証してみればいい。
いや、そもそも火が灯っていたら、その光でゴーストが近づいてこないからこそ、消火直後でしか試せないのか?だとしたらかなり限定的だ。炭が弱点だったらそれで武器を作ろう、木炭剣……大丈夫かな……少しだけ不安だ。
火であぶっただけのナイフとかでもダメージは入るのだろうか?ゴーストに触れると呪いがかかると言っていたが、じゃあ逆にマッサークルが持っていた呪いの棍棒で攻撃をしたらどうなる?なんだ、考えてみればいろいろあるじゃないか。
待ってろゴーストども、俺を敵に回してタダで済むと思うなよ……。
リケットくん、思考回路が相変わらずです。
今のところ連日投稿ができてますが、そろそろ執筆速度落ちそうです。




