3-01 ひとり旅
今回から第三章です。相変わらずリケットくんはぼっち
早朝、王都アグリーアを出発した俺は、パトリックじいさんに教えてもらったひとつめの村を目指していた。
ヨモ村と呼ばれているらしいが、それは行商を行う商人たちが、村や町を区別するために便宜上そう言っているだけで、ほとんどの村には明確な名前は無いらしい。ヨモというのも、村長の名前なんだそうだ。
見渡す限り広がる平原は、最初こそ感動を覚えたものだが、今ではもう見飽きている。どれだけ歩いても風景は変わらず、出現するモンスターも雑魚ばかりだ。
狩ったところで経験値にもならず、せいぜい非常食になる程度。自分で獲物の解体をしなければならないため、余計に時間を食ってしまう。
最初のうちこそ、解体作業は精神的にキツいものがあったが、今では慣れたものだ。特に感慨も無く、できるようになってしまった。解体のやりかたなどは、ギルドの素材買取カウンターにいた強面のおっさんに教えてもらった。
面倒なときは死体を丸ごとアイテムインベントリに放り込む事もあったが、そんな事をしていればすぐに重量制限に引っかかってしまう。
結局は、できるだけ戦闘を避け、必要な素材以外は放置するしかない。
気楽なひとり旅だと、意気揚々と歩いていた俺だが、数時間も歩き続けていると、早くも気分がダレてきた。風景にも見飽きた。戦って面白い敵も居ない。暇だ!
この状況をなんとか打破できないかと考えてみるが、何も思いつかない。ブースト走行の訓練でもしようかと思ったが、アレはスタミナを大量に消費するため、安易に使用できない。黙って歩くしかないのだ。
それからさらに数時間、ようやく平原の終わりが見えた。目線の先に小さな川が流れており、向こう岸は林になっている。ああいう場所で森林浴とかすれば気持ちいいかもしれない。
そんな事を考えていると、林から立派な角を持つ雄鹿が姿を現した。まだ距離があるため俺の存在に気付いていない。鹿は川に口をつけて水を飲んでいる。見ていて癒される光景だった。
今日まで戦闘や鍛冶などで自身を強化することに傾倒していたが、こういう風に自然を満喫するのもたまにはいいかもしれないな。なんて思っていた俺だったが、林が近づくにつれて妙なことに気付いた。
鹿のサイズが明らかにおかしいのだ。体長は二メートルを超えており、マッサークルよりデカい。慌てて腕輪を操作してみれば『クルーエルディア Lv27』と表示された。
モンスターじゃねぇか!
ウサギといい虫といい、デカけりゃ良いってもんでも無いだろう。サイズさえ普通なら「大自然が見せる癒し」とかそんなタイトルが付けられる光景だったと言うのに……。
俺が密かに『ロウジット』の意外な理不尽さを嘆いていると、クルーエルディアが唐突にこちらを見た。そして次の瞬間、異常な跳躍力を見せ、こちらへと突っ込んできたのだ。
その巨躯にも関わらず、重さを感じさせない軽やかな足運びで、こちらへ突進してくるクルーエルディアだが、いかんせん距離がありすぎた。
俺は慌てることなく二本の短剣を抜き放ち、迎撃の準備を整える。あっという間に距離を縮めてきたクルーエルディアは、角を突き出すように頭を下げ、俺に襲い掛かってくるが、すかさず横に逃げて攻撃を躱す。
クルーエルディアが走り抜ける瞬間に短剣で切り付けてみたが、タイミングが合わずブーストは不発だった。
何度も試してわかった事だが、システムブーストはタイミングがかなりシビアだ。マッサークル戦の時はありえないほど集中力が増していたため気にならなかったが、通常の戦闘で使おうとするとなかなか発動しない。
システムブーストの発動タイミングは攻撃が当たる直前、コンマ何秒の世界だ。かといってシステムブーストにばかり気を取られていると、敵は容赦なくその隙をついてくる。 なので今では、上手く発動できれば儲けもの程度の認識でブーストを利用している。もちろんいくつか例外はあるが……。
何度も戦って行動パターンが読めている敵ならばかなりの高確率でブーストが発動する事も実証済みだ。逆に、今回のように初見の敵はほとんど発動できないのが実情である。
とはいえ、短剣自体の性能もなかなかの物なので、ブーストが発動しなくてもそれなりにダメージは入る。今も切り付けた場所が大きく裂け、血が流れ出している。
それで少しは怯むかと思ったが、一度馬のような嘶きを上げると、再びこちらへと突っ込んできた。先ほどよりも距離が近いため、本当にあっという間に距離が潰される。
だが、マッサークルの攻撃速度を知っている俺は、その程度で驚くことは無い。すぐに攻撃に反応してギリギリで避けると、そのまま左前脚を切り飛ばす。そこで止まらず後ろ足も膝っぽい場所から下を切り離してしまう。
そうなってしまえば、もうバランスなど取れるはずも無く、突進の勢いと自重によって盛大に転倒し、不可に耐え切れなかった首があらぬ方向へ折れ曲がる。
転倒後しばらくビクビクと痙攣していたが、次第に動きは弱り、ついに動かなくなった。戦闘終了である。
以前の俺ならブーストを使用してない状態でこんな芸当はできなかった。それができるようになった理由はマッサークルの毛皮から作られたハイドアーマーに付いていた特殊効果【怪力】のおかげだ。名称の通り装備者の筋力値を上昇させる効果を持つ。効果時間はおおよそ三十秒ほどだ。さすがに常時発動とはいかなかったらしい。
単純な筋力値上昇のため、攻撃力だけでなく移動速度も上昇する。ブーストの同時使用も可能なので、その汎用性はかなりの物だと言える。
ただ、通常時よりもブーストの成否判定が相応に厳しくなるのが欠点だ。装備が完成してから何度か挑戦してみたが、慣れた敵が相手であってもほとんど成功した事が無い。
ブーストと違って使用後のクールタイムなども必要らしく、一度使ってしまえば五分間は再使用が不可能になってしまう。一対一の勝負ならいいが多対一の場合は使いどころには慎重になりそうだ。
まあ、この程度の敵が相手ならば、ブーストの成否などほとんど関係ないので、こちらとしては良い肩慣らしの相手だ。鹿肉の味にも興味がある。
ギルドのおっさん(名前は忘れた)直伝の解体を活用し、クルーエルディアを解体していく。とはいえ、今のところ欲しいのは角と肉だけで、念のため数本の骨だけ確保するに留め、あとは放置だ。
川で手を洗い、ついでにここで休憩を入れておくことにした。ここなら水分補給も楽だし、モンスターが出てきたとしても発見は容易い。早い段階で出現モンスターが確認できれば、林の中で出会ってしまっても対処しやすくなる。なので、休憩とは言ったが、ある意味敵情視察でもある
などと考えていたのだが、かれこれ一時間近く過ごしたにも関わらず、小動物すら姿を見せなかった。見事に空振りだ。
これみよがしに手に入れたばかりの鹿肉を焼いて食ったのがいけなかっただろうか?そういえば焚き火って本来、野生動物を寄せ付けないための処置だっけ?
少し筋張ってはいたが、それなりに美味しかったし……いいか。
まあ、ゆっくり休憩できたことだし良しとしよう。ひとり旅は気持ちの切り替えが大事だ。
焚き火の処理をして、荷物をまとめる。アイテムインベントリに放り込むだけなので簡単だ。
そうして改めて林を眺め、未知の領域へと踏み出した。
林の中に生息するモンスターはバラエティに富んでいた。最初に見たクルーエルディアを始め、イービルボア(背中にトゲトゲの付いた猪)、アグリーウィーズル(不細工なイタチ)などの動物型モンスター。シルバードラゴンフライ(大きな銀色トンボ)やフラットダングビートル(平たいフ〇コロガシ)のような昆虫型モンスターと、様々だ。
動物型はその身体能力には目を見張るものがあるが、弱点もわかりやすく、対処はそれほど難しくない。昆虫型もしぶとくはあるが、刃を当てるだけで楽に足を切り取る事もできるのでこちらも数さえいなければほとんど問題にならない。
厄介なのは擬態していたり、地中に潜って待ち構えている植物型モンスターの存在だ。
こいつらはしっかりと根付いているせいで行動範囲こそ狭いが、罠のような嫌らしさとバカみたいな生命力は、短剣しか攻撃手段のない俺には限りなく厄介な相手となった。
「ああ!くそっ、キリが無い!!」
現在も俺の体へと迫ってくる枝を切り払うが、次から次へと再生して追加されるらしく、まったく途切れる気配が無い。逃げようにも似たようなモンスターが密集しているため、下手に動けば絡め取られる。
幸い、枝自体はそれほど硬くは無いので、切り裂く分には問題ないが、本当にそれだけなのだ。
苦し紛れに敵の情報を確認してみれば
『マンイーティングツリー Lv40』
などと表示される。俺が近づくギリギリの位置までただの木に擬態して、俺が通り過ぎようとした瞬間に襲ってきたのだ。
さすがに枝がガサガサと騒がしいのでどうにか回避には間に合ったが、運悪く密集地帯に入っていたらしく、攻撃してきた食人木以外にも同種四匹が俺の周囲に出現して、完全に逃げ道を塞がれた状態だった。
さすがに手数が違うため、反応が間に合わず避けきれない攻撃が結構ある。ギリギリ直撃だけは受けないようにしているが、どうしてもカバーできない部分があるのだ。
枝が当たるたびに皮膚が裂けたような痛みが走る。それを何とか耐えて、いい方法が無いか考えてみるが、そもそも俺はそんなに頭がいい訳でない。
結論。もういいじゃない全力で突っ込めば。
という訳で【硬化】アンド【怪力】発動。
特殊効果【硬化】も【怪力】と同様に任意発動型だ。一時的に装備者の皮膚を硬化させて物理ダメージを軽減する。効果時間は一分間。クールタイムは三十分とかなり重い。
効果が発動したのを確認して、全力で一匹に向かって踏み出す。練習の成果もあって、最初の一歩だけなら【怪力】発動状態でも脚力にブーストをかけられる。
弾丸のごとく枝の包囲から飛び出し、一瞬で接敵した俺は、両手に構えた短剣を振るって本体を切り飛ばす。こちらはブーストを発動させるだけの余裕などないため力任せに当てるだけだ。
もちろん長さが足りないのは理解しているので、一撃で止まらず連続して二度三度と切り付けた。
数秒で行われた作業に、食人木も対応が追い付かなかったようで、あえなく一本目が横倒しになった。これで既に包囲を抜けているが、さんざん痛めつけてくれた礼をしなければ治まらない。
結局、残りの四本も全て切り倒してしまった。レベルもアップして31だ。林に入ってから既に6回もレベルアップしている。
「あー!疲れた!」
特に意味も無くそんな声を上げてその場に仰向けで寝転がった。
先日、攻略組について話題が上がり、九弦たちと話したが、その時聞いたトップレベルは39だったので、この調子で狩っていれば追いつくかもしれないな。
疲労した体で漠然とそんなことを考えながら、赤く染まった空を見上げた。
どうやら俺のひとり旅一日目は、この物騒な林で野宿らしい。
次回更新は未定です。
三章終了まで書き上げてから一気に投稿するべきか、不定期でも一話書きあがるごとに投稿するのがいいのか、少し悩んでます。




