2-10 不足
目の前に置かれたマッサークルの腕。
俺はそれに向かって短剣を振るう。タイミングを計ってブーストを発動し、表面の皮を切り裂く。そこから慎重に皮を剥がして洗浄した。
「あとは乾くのを待って、それから人数分に切り分けよう」
「驚いた……、あの短剣でホントに切れるのか」
「どうよ?すごいだろ?」
「凄いんですけどねぇ……」
「……素直に褒めたくなくなるな」
「素直に褒めろよ!!」
マッサークルの腕をいとも簡単に(見えるだけ)切り裂いてしまった俺に、驚いた表情を向けるパトリックじいさんと、なぜか不満そうなタロットと九弦。アノダは一歩引いた位置から生暖かい視線を送ってくる。おい、なんか一番腹立たしいぞ。
何に使えるかわからないので、肉や骨も丁寧に解体しておいた。皮膚や毛皮に比べると、やはり肉の部分は相当柔らかい。当然のことながら、骨もかなりの硬度だった。ブーストが発動していたとはいえ、よく砕けたものだと我ながら感心してしまった。
腕の解体が終わると、次はついに棍棒の加工だ。パトリックじいさんの工房の中で最も高温に耐えられる炉に案内してもらい、火を入れて温度を上げていく。
炉の熱気が離れた場所まで届き、部屋の温度まで急上昇させた。あまりの熱気にエルトールたちは早々に部屋の外へと非難した。
残っているのは俺とパトリックじいさんの二人のみ。
「よし、いいぞ」
パトリックじいさんからの合図が入り、俺は棍棒を車輪付きの台に乗せ、炉に持って行く。その大きさのせいで一部分ずつしか熱する事ができないため、根気強くやるしかないのだが、いくら熱しても棍棒はまったく変化しなかった。
それでもしばらくの間粘ってみたのだが、結果は変わらず、あえなくパトリックじいさんから加工不可との結論が出てしまった。
「そう上手くはいかないよなぁ……」
「そんなに落ち込むな。この工房じゃ加工できないと言っただけだ」
「ん?てーことは、コレを加工できそうな場所があるわけ?」
「ああ、一応心当たりくらいはあるぞ」
「マジか!?どこどこ、すぐ行こう!今行こう!」
「……お前、たまに性格変わったようになるな」
「そんなのいいから!で?どこよ?!」
パトリックじいさんが引いているが、どうでもいい。今欲しいのは棍棒を加工できるだけの施設だ。情報だ。おら早う寄越せジジイ!
「悪いが場所までは知らん」
「チッ……」
「おい」
「いや、何でもないよ。でも上げて落とすのは、ちょっとなー、どうかと思うのよー」
「お前が勝手に盛り上がってただけじゃろ」
「まぁいいや、それで、結局のところ心当たりって何?」
「……態度悪すぎやせんか?」
「気のせい気のせい」
「ふん、まあいい。心当たりと言っても、大したもんじゃない。大昔に、どこかの国で呪いの武具について調べている変わり者がおると聞いたことがあってな」
「ほう……まぁ俺も加工しようとしたひとりではあるし、そんなヤツが居ても不思議じゃないな」
「ああ、それでその時知人に聞いた限りじゃ、このアグリーアから南に行ったトラディという国に居るって話だったはずだ」
「なんだ、場所知ってるじゃん」
「もう何十年も前の話だ。未だ同じ場所にいるかどうかもわからん。もしかしたら死んでいるかもしれんからな」
「言われてみればそうだな。確証が無いからって意味でああ言ったのか」
「そういうことだ」
確かに何十年も前の話じゃ確度として薄い。それに仮にその研究者が居ても、加工できなければ意味が無い。……そういやコレ、溶かせたとしても剣に打ち直したりする技術が俺にあるのか?
「……なぁじいさん」
「なんだ?」
「仮に、仮にだけど、この棍棒を溶かせたとして……俺に打ち直せると思うか?」
「無理じゃろ」
「即答かよ!いや、そうだろうとは思ったけどね!知ってたけどね!」
「じゃあ聞くな」
「いや、一縷の望み、とか奇跡的に、とかあるじゃん!」
「一縷の望みも奇跡もないな」
「辛辣だな!」
「事実じゃろ」
いや事実なんだろうけどさ……。
「んじゃ、どれくらいの技量があれば行けると思う?」
「……難しいところじゃが……、職人ランクが最低でも五級は欲しいところじゃな」
「俺まだ九級なんだけど……」
「知っとるわ。まぁ今なら八級くらいにはなれるだろうがな」
「おお、そうだったのか。よし、また納品依頼受けておくか」
「調子いいなお前」
「でも五級か……。具体的にどうすりゃいいのかね?」
「ひたすら経験積むしかないじゃろ。合金が一丁前に扱えるようになれば、五級くらいには届くかもな」
「合金ね……。売ってたっけ?」
「売っとる場所もあるじゃろうが、高いと思うぞ」
「高いってどれくらい?」
「まぁ単純に鉄の三倍、いや四倍はするかの?」
「なんでそんなに高いんだ!?」
「そりゃ、手間も暇もかかるうえ、配合比率もあるからな」
「うへぇ……どんどん五級への道が遠のく」
「そもそも五級まで上げようと思うなら、自分で合金くらい作らんとな」
鉄の扱いですら持て余している俺に合金を作れだと?……いや、まぁ便利そうな合金の比率だ何だは前もって調べてたし、ある程度なら覚えてるけど……。
いやいや無理だろ。クソッどんだけ面倒なんだあの棍棒!
「なんにしても、トラディまで行くつもりなら剣の腕も鍛えて行けよ。あっちの方にゃ、ここらのモンスターより強いのがウヨウヨしてるらしいからな」
鍛冶の技量不足、施設不足、資金不足、おまけにレベル不足と……、もう何から手を出していいかわかんねぇよ。




