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LOWDIT ONLINE  作者: 芳右
22/28

2-08 代償

とりあえず二章終了までは書けましたので、そこまでは毎日更新します。

 重量オーバーのペナルティを乗り越え、なんとか俺たちは街に帰り着いた。

 街の様子は変わらない。討伐に参加していなかったプレイヤーも、NPCもいつも通りに過ごしていた。

 先ほどまでの死闘を思うと、なんとなく疎外感を感じてしまう。


 余計な事は考えまいと、軽く頭を振って切り替える。

 まずはこの重たい荷物を何とかしなければならない。エルトールの状態を確認する必要もあるだろう。

 とりあえず棍棒やら腕の扱いについては中央広場に向かう途中で、パトリックじいさんに相談するのがいいだろう。おそらく頼めば一時保管くらいしてくれるはずだ。


「あの……リケットさん?」


 ああ、そういえばアノダさんたちも居るんだ。別に一緒に行動しなくても、エルトールの状態確認はアノダさんたちに頼めばいいのか。

 ……よく考えたら直接会わなくてもメッセージなりボイスチャットなり送ればいいじゃないか。


「すみません、少し考え事をしていました。これからですが、俺は重量オーバーで動きが遅いので、この荷物をどうにかしたいと思っています。なので、すみませんがアノダさんたちは一足先にエルトールの方をお願いできませんか?俺も一旦荷物が置けたら、すぐに広場に向かいます」

「そうですね。わかりました、では先に私たちは中央広場の方へ行こうと思います」

「ありがとうございます。では一応、例の赤い棍棒二本と腕の扱いについても、報酬分配もありますので、その時に話しましょう」

「え?あ、あの……分配って、私たちほとんど何もできてませんよ?」

「確かに、俺たちは戦力で言えばほとんど役に立っていなかったからな。これで報酬など貰っていいのか微妙だな」

「いやいや、ちゃんと考えてみてください。アノダさんたちの活躍が無かったらあの結果は無かったですよ?これは謙遜でも社交辞令でもなく、心からそう思っての事です。それにエルトールが死に戻った以上、ハイデスペナルティで何もかもが初期化されているはずです。この報酬はあって然るべきだと思いますよ」

「確かに、そうですね。リケットさんがこう仰っている以上、私たちが拒否するのも失礼でしょうし、正直な話、報酬をもらわないと今回の損害は大きすぎます」

「……そうだな。タロットのいう事も一理ある。ではリケット、報酬に関してはまた後で話し合うとしよう」

「わかりました。では一旦解散して、あとで落ち合いましょう」


 そういって、俺たちは一度別れ、それぞれの目的地へと向かった。

 別れたと言うよりは歩く速度の差で置いて行かれたというのが正しいかもしれないが……。


「こんちわー!じいさんいるかー?」

「……そんなデカい声出さんでも、聞こえとる」

「おう、じいさん。唐突で悪いんだけど、ちょっと預かりものしてくれないか?」

「預かりもの?」

「うん、今日ちょっと大物とやりあってさ、それでその戦利品で少しばかり荷物がかさ張ってるんだ。だからそれを一時的にここに置かせてもらえないかなと」

「そんなもん、ギルドにでも持って行けばいいだろう?」

「いや、それがちょっと特殊でさ……。まぁとりあえず見てくれないか?」

「そうだな、一応見せてみろ」


 パトリックじいさんの許可も出たので、マッサークルの置き土産をインベントリから取り出す。

 最初にマッサークルから切り落とした小指と人差し指、続いて腕を取り出した辺りでじいさんが目を見開いた。少し楽しくなって赤い謎金属でできた棍棒を取りだし、じいさんの目の前に置いてやる。


「っ!?」


 じいさんの絶句した顔を見て満足した俺は、もう一本の棍棒を取り出して口を開いた。


「で、これ、預かってもらえる?」

「えっ?なっ……ん……あ、ああ」


 よし言質はとった。


「じゃあ、少し用事があるから出かけてくる。後でまた来るからそれまで保管よろしく!ついでに鑑定とかもしてくれよ」

「は?……おい!ちょっと待て!」


 じいさんの声が背後から聞こえたが、身軽になった俺は無駄にブーストを使いながら走り出していた。

 しかし、思ったよりもスピードが出ない。ブーストが上手くかからないのだ。マッサークル戦で発動タイミングは完璧に掴んだと思っていたのだが、どうも違ったらしい。

 こればっかりは慣れるしかないため、特訓あるのみだ。


 ブースト発動の練習をしながら走っていると、すぐに中央広場に到着した。


 広場にはプレイ開始直後と変わらないくらい大勢のプレイヤーが居た。その中にちらほらと先ほどマッサークルに殺されていたヤツの顔があるのに気付いた。


 どいつもこいつも、妙にキョロキョロと挙動不審だ。その光景を見て、脳裏に『記憶喪失』の事が浮かぶ。

 そんな中で、視線を彷徨わせていたところ、エルトールを見つけることができた。既にアノダさんたちがエルトールに何か話しかけているようだが、様子がおかしい。


 嫌な予感が急激に増す。これが現実であれば心臓が早鐘を打ち、変な汗をかいていたかもしれない。


「エルトール!」


 ただ急いで彼らに走り寄った。大丈夫だ。あのエルトールに限ってそんなことは無いはずだ。ひたすら自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返すが、困惑した顔でこちらを見るエルトールの様子に、一瞬頭の中が真っ白になる。


「……リケットさん」

「おい、エルトール。大丈夫か?ハイデスペナルティ食らうの初めてだったよな?アレ結構キツいんだよな」

「あ、あの……」


(聞きたくない)


「ペナルティ食らった後はしばらく何もする気力がなくなるんだよな。まぁお前にはアノダさんたちがいるし、すぐに元のレベルまで上がるさ」

「……リケットさん」


(そんな顔で俺を見るな!)


「そうだ!さっきマッサークルの置き土産も鑑定してもらえるよう頼んでおいたんだ。あとで報酬分配についても話し合わなきゃな!」

「リケット!!」


 九弦さんの声に、思わず言葉が止まる。辛そうな表情でこちらを見ている九弦さんと、不安そうな表情で俺を見るアノダさんとタロットさん。そして、知らない人でも見るかのようなよそよそしい態度を取るエルトール。


「……エルトールの記憶……無くなったのか」

「ああ、確認の途中だが、おそらく現実世界での自分すらも覚えていない」

「嘘だろ?」

「俺たちも信じたくは無いが、たぶん間違いない。俺が言わなくてもリケットはわかっているだろ」

「……エルトール」

「え、あの……それは俺の事ですか?」

「……ああ、お前の事だよ。お前がこのゲーム『ロウジット』で作ったアバターの名前、それがエルトールだ」

「ゲーム……ロウジット……アバター……」


 そう、ゲーム、ゲームのはずなのだ。傷も負わず、本当の意味で死にもしない。不死身の肉体を持ち、レベルアップという概念で身体能力が底上げされる。回復ポーションを飲んでHPを回復すれば痛みが治まり、食べ物を食べれば疲れが癒える。システムブーストなんてものを使えば格上だって相手にできるし、システムアシストを使っていれば、どんな不器用なやつでも一人前の狩人にだってなれる。


 仮想現実は現実じゃない。だから面白いし、無茶だってできた。

 それなのに、何だこの仕打ちは?


 確かに生き返った。五体満足な状態だ。だけど……根幹の部分が壊れていてはどうしようもないじゃないか!!


「なあ、覚えてないか?俺とお前でいろんなゲームやったよな?前のゲームでは一緒にギルドも作ったし、バカみたいな縛りプレイとかもやったんだ」

「……すみません」

「そう……か」


 いや、待て。おかしくないか?


「エルトール。お前も混乱していると思う。けど悪いが、ひとつだけ答えてくれ」

「なんでしょう?」

「自分の事に関して、何を覚えてる?」

「……なにも、わかりません。自分がどういう人間だったのか。皆さんの言うゲームや『ロウジット』に関しても、何も、わからないです」


 やはりそうだ。


「それは……おかしいな」

「おかしいって、現にエルトールさんは記憶を失ってるんですよ?」


 俺が呟いた言葉にアノダさんが反応する。不謹慎だと言わんばかりの表情だが、話は最後まで聞いてほしい。


「ああ、わかってる。それに関しては疑っているわけじゃないんだ。俺が言ってるのはその失った記憶の多さだよ」

「……どういうことだ?」


 今度は九弦さんだ。ちゃんと言いますから睨まないで。


「そもそもハイデスペナルティって、すべてをゲーム開始時と同じ状態に戻す物だったはずだ。だけど、今のエルトールはゲームを開始する以前の記憶まで失っている。これっておかしくないか?」

「記憶喪失はハイデスペナルティとは関係ないと言いたいのか?」

「九弦さんの言う通り、俺はそう考えています」

「確かに可能性はあるな。だが、あの大幅な仕様変更があった後だ。ハイデスペナルティによる影響と考えるのが普通じゃないか?」

「単に技術的な問題で、記憶を奪う細かい範囲を指定できなかったという可能性もありますよ」


 九弦さんとタロットさんが冷静に告げてくる。


「確かにその可能性も勿論ある。けど、よく思い出してくれ。エルトールたちが死に戻る直前、記憶を失ってもおかしくない事があったはずだ。もし仮に、そういった事で失った記憶なら、戻る可能性がある」

「そうか!……確かに、死ぬような痛みを十数秒とは言え味わい続ければ、防衛本能で記憶を失う可能性もある。痛みの度合いを考えれば、確かに納得がいくか」

「そうですね、あり得るかもしれません」

「だとしたら……」

「ああ、時間はかかるかもしれないが、エルトールの記憶は戻る可能性は十分ある」


 俺が言った瞬間、周囲の空気が和らいだ気がした。誰もがいつかは記憶が戻ると思っていた中で、気休めでは無くある程度の根拠を持って俺が断言したからなのかもしれない。


「だから、エルトール。お前はお前で大変だろうが……頑張れよ」

「……はい。ありがとうございます」

「あとその敬語やめろ。お前にそんな話し方されると気持ちが悪い」

「えぇ……」

「ぶっ」


 上げて落とされたと言わんばかりの微妙な表情をしたエルトールに、思わず噴き出してしまった。


 正直なところ記憶が戻る確証などどこにもない。それはここにいる全員がわかっている。けれど、ささやかな希望を持つことくらいは許されるはずだ。なんならここにいるエルトールをその確証にしてしまえばいい。

 まだまだやらなければいけないことは沢山ある。さっさと頭を切り替えよう。


「それじゃ、そろそろ移動するか。分配についても話し合わなきゃいけないしな」

「そうですね。行きましょう」


 皆が一様に頷く中、エルトールだけがどうしようか迷っているようだ。


「エルトール、何してるんだ行くぞ」

「あ、はい」


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