2-06 狂戦士
「うおっ?!」
ズドンッという音と共に先ほどまで俺がいた場所の地面が深々と抉れる。狂化したマッサークルは凄まじいの一言だった。
先ほどまでの攻防がお遊びだったかのように、目にもとまらぬスピードで拳や蹴りが飛んでくる。さすがに先ほど傷つけた足だけは治らないようで、何とか攻撃を回避することに成功しているような状態だ。
回避を成功させている要因としてもうひとつ、システムブーストだ。使っていて気付いたのだが、このシステムは何も攻撃力の強化だけでは無かったようなのだ。
どうやら短剣を使用した戦闘そのものに影響しているらしく、短剣を使った攻撃や防御だけでなく、短剣を装備した状態での体捌きなどにも影響しているようだった。
今行っている回避行動もそのうちのひとつだ。タイミングよく発動させることで脚力のみを瞬間的に強化し、攻撃を避ける。もちろん攻撃同様に発動の成否はあるものの、集中力がオーバートップ状態の今の俺なら使いこなせる。
だが、さすがに反撃するような余裕など微塵も無い。完全な手詰まり状態だった。
足を負傷しているのだから、逃げられるかとも思ったが、そんな事はない。俺だけは逃がさないとでも言うように、全力で食らいついてくるのだ。今背を向けでもしたら、間違い無く一瞬で殺される。
このままじゃいつかやられる。無理やりにでも仕掛けるべきか?
ダメだ。今だってギリギリなんだ。とてもじゃないが、あの猛攻を掻い潜って攻撃を当てるなんてできるとは思えない。ならどうする?このままやられるのを待つのか?
「冗談じゃない」
せっかくブーストの使い方がわかったんだ。ここで死んで、もし記憶を失ったりしたらまたやり直しじゃないか。戦闘経験だってリセットされてしまうかもしれない。あれだけ頑張った鍛冶も何もかも、こんなやつ相手に失ってたまるか。
結局、覚悟を決めて行くしかないか、と結論を出そうとしたとき、唐突に矢が飛んできた。飛んできた矢は二本。一本目がマッサークルに命中すると、すぐ後に二本目が当たった。どちらも太い腕に阻まれたが、一瞬でも俺から気が逸れたのは間違いなかった。
これを見逃す手は無いと判断し、瞬間的に脚力にブーストをかける。
マッサークルとの距離を一気に詰め、その勢いのまま胸の辺りをめがけて短剣を突き刺した。
突き刺さる瞬間にもブーストを発動して威力を上げるのを忘れない。刃は半ばまで突き刺さったが、そこで動きが止まってしまった。急所であるためか、他の部分より硬かったのだ。
できればもう一撃加えたいところだが、そんな余裕などあるはずもなく、マッサークルの腹を蹴って短剣を抜き、距離を取ろうと再び脚力にブーストをかけた。
「……やべっ」
だが、タイミングを外してしまいブーストが不発。スピードが足りないまま無理やり体を動かすが、敵の動きの方が早かった。
振るわれる拳が目の前に迫り、とっさに短剣をクロスさせて防御の姿勢を取った。ついでに軽く後ろへと飛んで、できるだけ衝撃を減らせるように工夫する。
「ぐっ!!」
振るわれたアッパーカット気味の拳が直撃し、ズシリと重い衝撃が伝わってくる。攻撃を受けた短剣は数秒ともたず二本とも砕け散り、俺の体は軽々と吹き飛ばされた。俺の小細工などものともしないと言わんばかりの威力に成す術なく、しばらくの浮遊感を味わった後、まともに受け身もとれず地面へと叩きつけられた。
これだけ派手に叩きつけられれば、意識を失いそうなものだが、幸か不幸か意識はハッキリとしていた。腕輪に念じて自分のHP残量を確認してみれば、今の攻撃だけで四分の三近くが吹き飛んでいた。もしも木などに叩きつけられていれば、追加ダメージで死んでいた可能性もあったので運は良かったのだろう。ノックバック効果なのか体が痺れて上手く動かせない。
反応の鈍い体を無理やり動かして、アイテムインベントリから回復ポーションを取り出し、三本ほどを一気にがぶ飲みする。薬効が強いためか苦いばかりで美味しくないが、飲まないと死んでしまうので我慢する。
HPも全快近くまで回復し、体の痺れも取れた。ついでに干し肉を食べて空腹も抑える。壊れてしまった短剣を放棄して、新たに二本短剣を取り出す。手持ちの短剣はこれで最後だ。これで仕留められなければ、もう勝ち目など無いだろう。
「リケットさん!大丈夫ですか?!」
「え?あっアノダさん?」
唐突に近くから声が聞こえた事に驚き、声の主を見てさらに驚いた。
「どうしてここに?撤退してたんじゃ……」
「エルトールさんが、リケットさんと協力して戦うと言っていたので、微力ながら私も協力しようと思いまして」
「あっ……それじゃ、もしかしてさっきの矢って……」
「九弦さんが放ったものですね」
「やっぱり……、という事はタロットさんも?」
「はい、三人は今あの化け物を足止めしています」
なるほど、そのおかげで俺への追撃が無かったのか。正直助かった。
「そうですか。……そうだ、撤退していたヤツらは?」
「途中までは上手く行っていたようですが、先ほどの攻撃で、棍棒に押しつぶされた人たちが多数います。おそらく当初の半数も生き残ってはいないと思います」
「……わかりました。ありがとうございます」
どうしようもなかったとは言え、さすがにキツいな。……まぁ今は感傷に浸っている場合でも無いか。
「さて、それじゃ俺も加勢に行きますね」
「あっ……はい、私も行きます」
「それなら、お互い死なないように頑張りましょう」
「はい」
脚力にブーストをかけて一気に加速する。ブーストを使ってもギリギリだったあの化け物を相手に、三人がかりとは言え長く持ち堪えられるとは思えない。
一刻も早く加勢するために、タイミングを計って連続でブーストを発動させて、通常では出せないほどの速度で森の中を走り抜けていく。
すでにアノダさんは遥か後方に置き去りになっているが、待っている余裕などない。しばらく全速力で走っていると、戦闘音が聞こえ、その先にマッサークルの巨体が見えた。
その周囲に二人、片手剣を持ったエルトールと槍を持ったタロットさんが、マッサークルの猛攻に辛うじて耐えていた。時折矢が放たれている。姿は見えないが、どこかに九弦さんも隠れて攻撃しているのだろう。
九弦さんの急所を狙った矢でマッサークルの気を逸らし、身軽なエルトールが毛に覆われていない部分をチクチク攻撃して敵の注意を引く。そして背後からタロットさんが強烈な槍の一突きを食らわせる。
旨い具合に連携攻撃が噛みあっているようだ。一瞬俺の助勢などいらないか?などと考えたが、すぐにそんな考えは振り払った。
マッサークルはただのモンスターじゃない。最初の内こそ単純な動作しかしなかったが、途中、棍棒を投擲したあたりから明らかに行動パターンが逸脱しはじめた。
こちらの裏をかこうと独自の思考でもしているように動いていると感じたのだ。可能性としては限りなく低いが、もし万が一、マッサークルが思考しながら戦っていた場合、拮抗はすぐに崩れることになる。
走りながら、どう攻撃するかを考える。狙うは生物の急所、その中でも最も脆く、致命的な部分。目だ、そこからなら脳を傷つけることもできるかもしれない。鉄仮面に覆われているため難易度は高いが、成功すれば短剣の長さでも充分に致命傷になる。
だが、正面から行っても防がれてしまうだろう。ならば背後から頭までよじ登り、抵抗される前に突き刺すしかない。
プランは決まった。幸いマッサークルは俺に気付いていない。
俺は少し遠回りをして、マッサークルの背後に回る。そのままスピードを緩めることなく、敵のところまで一気に駆け抜けた。
そうして、攻撃を実行すべく飛び上がる直前、最悪の事態が起こった。
九弦さんが放った矢をマッサークルが掴んで止めたのだ。それだけならまだ良かった。ヤツはその矢をエルトールへと投げつけた。
パーティ内でのフレンドリーファイアが無いとはいえ、その状況ではダメージを受けない確証は無かった。そのため、エルトールは咄嗟に回避行動を取るしかない。
マッサークルはそれをわかっていたかのように、機敏に動いた。エルトールの逃げ道を塞ぐように伸ばされた腕はガッチリと彼の体を掴み、その拳をそのまま振り上げた。
何をしようとしているのか、その姿を見れば考えるまでも無かった。叩きつけるつもりだ。地面にクレーターができるほどの怪力で地面に叩きつけられれば、俺たちのHPなど簡単に吹き飛んでしまう。
俺にできるのは一刻も早く奇襲を成功させて、ヤツの動きを止める事だ。逸る気持ちを押さえつけ、ブースト機能を使って飛び上がる。
(間に合え!!)
即座にマッサークルの体毛を掴んで、強制的に自身の体を半回転させ、その遠心力を利用して敵の目玉めがけて短剣を思い切り突き刺す!
ぐちゃりと生々しい感触が手に伝わり、奇襲が成功したことを確信した。
しかし、ほぼ同時にドシンッと地面を叩く重たい音が耳に届いた。
振り下ろされたマッサークルの拳、大地にできたクレーター、そこに転がるエルトールの体。
――間に合わなかったのか?
「ガァァァァァァァァァ?!!」
マッサークルが痛みによって大音量の悲鳴を上げる。同時にエルトールの悲鳴も聞こえた気がした。タロットさんやアノダさんも何か叫んでいるが聞き取れない。
マッサークルはがむしゃらに動き回り、俺を振り落とそうとしてくる。マッサークルの手が俺を捕えようと伸びてくるが……関係ない。
俺はかまわず右目に刺さった短剣をさらに深く突き刺し、そこから一旦手を放すと、こちらへと伸びてきた手を切り払う。
ブーストが発動したため、威力の上がった短剣による攻撃はマッサークルの小指を切り落とした。
それを確認すると、マッサークルの肩を踏み台にして軽く飛び上がり、着地の直前、右目に刺さったままの短剣を掴んで勢いよく引き抜いた。
傷口から大量の血が溢れ、鉄仮面を赤黒く染めていく。
そのまま着地して、すぐに脚力へのブーストを発動させた。死角に入るように動き、ブーストを発動させてマッサークルの体を切り刻んだ。
何度も切り付けたせいで、既に短剣はヒビが入り、壊れかけの状態になっていた。あと一度でもあの硬い皮膚を切れば、刃はダメになってしまうだろう。
精神疲労もすでに限界値を超えている。エルトールがやられた事で、怒りに任せてギリギリの攻防を繰り返したが、それも既に燃料切れだ。
疲れのせいか頭はクラクラするし、空腹ペナルティでも来たのか、体の反応も鈍い気がする。できることなら今すぐに眠ってしまいたい。
なんにせよ、俺が全力で攻撃できるのは、装備の面でも気力の面でも次が最後だ。だから、一旦冷静になる。どうすれば一番いい結果を生み出せるのか、必死に頭を働かせる。
『アノダさん!タロットさん!九弦さん!協力してください!』
ボイスチャット機能を利用して、三人に呼びかけた。俺が今出せる最善手、それは人の手を借りることだ。
『っ?!は、はい!何をすればいいですか?』
『私も協力します。指示をください』
『俺の矢では威力不足だと思うが、いいのか?』
『ありがとうございます。威力の方は大丈夫です。三人はマッサークルの注意を少しの間だけ、俺から逸らしてください。あとは俺が全力で攻撃を叩き込みます』
『そういうことなら……わかった、引き受けよう』
『頑張ります!』
『やれるだけやってみます』
作戦と呼ぶには、なんともお粗末なその内容に、誰も文句を言うことなく賛同してくれた。これで絶対に仕留めてやる!
俺はマッサークルの大振りになった拳を、敢えて見えている目の方へと回避し、視線を誘導した。
それを合図に、九弦さんが死角から矢を速射し、次々と命中させていく。矢の続く限り放たれた矢の一本が、偶然にも俺が傷つけていた部分へと命中し、初めて突き刺さった。どうやら硬いのは体毛と皮膚だけのようだ。
そこに痛みを感じたのだろう、一瞬だけ俺から視線が外れた。そのタイミングでアノダさんとタロットさんも攻撃を仕掛けた。
アノダさんは足へ、タロットさんは脇腹へとそれぞれ攻撃し、小さかった傷口を抉る。
おかげでマッサークルの意識は完全に俺から外れ、目の前の二人へとターゲットが切り替わる。
俺は即座に脚力にブーストをかけて、死角へと回り込み、最後の攻撃を仕掛けた。
狙うのはやはり目だ。先ほどは殺しきれなかったが、今度こそあの眼孔を抉って脳を破壊してやる。
そう思って突撃した直後、ズブリと刃が肉に食い込む感触が伝わってきた。
「なっ?!」
しかし、その思いを叩き折るように、マッサークルはその太い腕で俺の攻撃を防御していた。見えていないはずの攻撃を、敵はおそらく直感だけで防いでしまった。
だが、ここで止まる訳にはいかない。
俺はすぐに意識を切り替える。刺さるタイミングを外されてしまった事でブーストは不発だったが、運よく傷口を抉る形になったため、攻撃の続行は可能だった。
『作戦変更だ!全員離れてくれ!!』
ボイスチャットで簡潔に支持を出すと同時に、傷口を広げるように短剣を動かして引き抜く、そしてそのまま同じ場所へと二撃目を叩き込んだ。
今度こそブーストが発動し、重い手応えを感じた。
マッサークルの腕の骨を削った所で刃が折れるが、構わない。折れた刃を、短剣の柄の部分で殴りつけて、無理やり傷口を広げていく。
刃が折れて柄だけになっていようと、それは武器情報で『壊れた短剣』になっただけであって、短剣である事に変わりは無い。つまり、今の状態でもブースト機能が有効だという事だ。
攻撃力に物を言わせて、剣の柄を使った打撃を繰り返す。
一撃死を狙った攻撃が不発に終わり、剣も折れてしまった以上、あとはひたすら殴るしかないのだ。結局のところ、俺がマッサークルに殺されるのが先か、マッサークルが力尽きるのが先か、そのどちらかでしかない。
精神的な疲労感は拭えないが、そんな無駄なことを考えるのはもうやめた。今は力が続く限り、マッサークルを殴ることだけである。
マッサークルの右腕は、先ほどの攻撃で骨や主要な筋肉を根こそぎ断ち切られたため、俺が殴るたびに傷口が広がり、千切れそうになっている。ぶっちゃけとてもグロイ。
あれではもう右手に力など入らないだろう。いい気味だ。
「っ?!リケットさん!!」
不意にタロットさんの焦ったような声が聞こえた。同時にゾクリと背筋に冷たいものが走った。条件反射のように体を丸めて身を守る体勢に入るのと、重い衝撃が体に伝わるのはほぼ同時だった。
耳元でブチリと嫌な音が響き、大量の血が視界を埋め尽くす。何が何だかわからないまま俺の体は横殴りに吹き飛ばされ、勢いよく地面に体を叩きつけられながら転がった。
全身の骨でもやられたんじゃないかと思うほどの痛みが俺を襲う。目に血が入ってしまったようで、上手く目が開けられない。
「リケット!!」
すぐ近くで九弦さんの声が聞こえた。こちらへ走ってきているようで、足音が近づいてきている。
唐突に水をかけられ、驚いたが、それはどうやら回復ポーションだったようで少し体が楽になった。目にこびり付いていた血もある程度洗い流されたようで視界も晴れた。
すぐさま自分のインベントリから残った回復ポーションを取り出して飲み干す。
戦況を確認しようと、戦闘音のする方へと目を向ければ、俺にとどめを刺そうとこちらへ向かってくるマッサークルをアノダさんとタロットさんの二人が必死に攻撃して邪魔しているようだった。
マッサークルの右ひじから先は完全に千切れており、既に無い。どうやらあの化け物はあの状態の右腕で俺を殴り飛ばしたらしい。体に付着した血はマッサークルのものだろう。一瞬自分の血かと思って焦ってしまった。二度もあの化け物に殴られて生きている俺も相当悪運が強いと思うが、喜んでいいのか悲しむべきかは悩みどころだ。
残りの干し肉と水をすべて口の中に放り込み、無理やり咀嚼して飲み込んだ。すると、体の疲労度がかなり楽になるのを感じる。こういうところが未だにゲームなんだよな。
「九弦さん、助かりました。ありがとうございます」
「良いさ、矢の無くなった俺にできることなど、もうこれくらいしか無いんだ」
「……十分ですよ」
おかげでまだ戦えるのだ。あれだけ手痛い思いをしたにも関わらず、両手にはしっかり短剣(柄だけ)が握りしめられている。
「ああ、そうだ。良ければコレを使ってくれ」
「ん?」
そういって九弦さんが俺に手渡してきたのは、一本の短剣だった。
「まだパーティを組んでいなかった時期に、弓だけではどうしようもない時があってな。お守り程度の意味合いだが一応買っておいたんだ。俺が使うよりリケットが使った方が有益だろう?」
「そういうことなら、ありがたくお借りします」
初期武器と大差ない性能だが、柄だけしか残っていない短剣に比べればかなりマシだろう。ブーストを使った戦いにもかなり慣れてきた。回復ポーションも非常食も全部使い果たした。次に攻撃を食らえば、たとえHPが残っていても追撃を受けて殺されるだろう。
もう後が無い。負ければ記憶が無くなるかもしれない。そんな状態なのに、どうして俺は笑ってしまうのだろう?以前からこんな性格だっただろうか?そんな事は無かったと思うが、正直言えばわからない。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ、頼む」
九弦さんの言葉に軽く頷いて、走り出す。もういい加減、この戦闘にも幕を閉じよう。
「戦闘狂か……、エルトールの言葉もあながち間違いでもないな。さしずめ……狂戦士といったところか?」
聞こえてますよ九弦さん。誰が狂戦士か!狂ってないよ!!あとエルトール、お前は九弦さんたちに何を吹き込んでいやがる。
次回でやっと決着です。
投稿の方はもう少々お待ちください。




