2-05 ブースト【BOOST】
マッサークルが他のプレイヤーを発見する前に、俺が三度目の突撃をする。マッサークルの目はすぐに俺の姿を捉え、迎撃態勢に入った。
振り下ろされる棍棒を方向転換することで躱した。いつもならこのまま懐に入り込んで一太刀あびせるくらいはやるのだが、今はただの時間稼ぎだ。どうせダメージなどあって無いようなものなのだから、回避にのみ気を使えばいい。
俺を押しつぶそうと、何度も振るわれる棍棒を寸でのところで避けていく。最初に驚かされた速度も、目が慣れた今ではある程度見ることはできるようになっている。
動体視力などにも熟練度のようなものが隠しパラメータとしてあるのだろうか?もしあるとすれば、その熟練度はありえない速度で上がっていることだろう。なんたって相手は完全な格上だ。いっそ完全に見切れるくらいまで上がってくれ。
肉体的な余裕は無くとも、こんな事を考えられる程度の思考的余裕はできつつあった。
回避が成功する度に、忌々しげにこちらを睨みつけてくるマッサークル。敵からすれば、俺はさしずめ夏の夜、寝る直前に現れた蚊ぐらいの鬱陶しさだろう。そのせいでどんどん動きが単調になってきている。
現状、その方が攻撃を避けやすいのだが、どうにも嫌な予感がぬぐえない。時間と共に妙な焦燥感がどんどん増してくるのだ。
なんだ?なんで俺はこんなに焦っているんだ?現状は悪くない、敵の攻撃も見えている。体もまだまだ動きそうだし、少し無理をすれば攻撃だって当てられるだろう。
確証はないが、おそらく逃走もできると思う。では……なぜ?
完全に思考が行き詰った……そのときだった。
マッサークルが唐突に動きを止め、棍棒を今までと違う持ち方に変える。その姿を見た瞬間、一気に血の気がひいた。
ブォンと言う音と共にその圧倒的な重量物が俺に向かって投擲される。既に回避行動に移っていた俺は、なんとかそれを躱した。
俺の後方にあった木々は棍棒によって大きな破砕音を響かせながら、なぎ倒される。
その光景を見る暇もなく、もう一方の棍棒もこちらへと飛んでくる。それも何とか転がって避けるが、斜め上方から振り下ろすように投げられた棍棒は、深々と地面に突き刺さり、地響きとともにその動きを止めた。
あぁそうか、俺が恐れていたのはコレか。
こんな状況で、そんな事を考えていた。目の前には棍棒を失ったにも関わらず、その恐ろしさを倍増させたような威圧を放つマッサークルの姿。
地面に突き刺さってビクともしないような金属の塊。それが一体どれほどの重さになるのか、それをあれほどの速さで振り回していた奴が、その重りを手放した場合、どれほどの動きをするのか。
考えたくも無い。だからと言って敵が待ってくれる訳ではない。俺は即座に立ち上がり、その場から距離をとろうとする。予想では一気に俺を叩き潰しにかかるかと思っていたが、予想は裏切られ、追撃は来なかった。
どうしたのかと疑問に思い、マッサークルがいたはずの場所を見てみるが、そこには何も居なかった。嫌な予感は消えていない。慌てて敵の姿を探すが全く分からない。
「リケット!上だ!!」
エルトールの声が聞こえた次の瞬間、巨大な何かが俺の近くの地面に激突した。位置はさきほどまで棍棒がめり込んでいた辺り、なんとかそれだけ確認できた。
まさかあの巨体で飛びあがっていたとは、完全に予想外だった。滞空時間を考えれば、相当な高さまで飛んでいたことになる。もしも、直接俺の真上に下りてきていたら、それだけで殺されていただろう。
あれほど俺を殺すことに執着していたにも関わらず、どうして俺に追撃をしなかったのか、疑問に感じたがそれはすぐに解決した。
マッサークルはおもむろに棍棒を引き抜くと再び投擲のモーションに入った。一瞬また俺の方へ投げつけてくるつもりかと思ったが、少しばかり方向がおかしいことに気付く。
「……まさかっ?!」
こいつ上から残りのプレイヤーたちの位置を把握したのか?!
おそらくそれは偶然だったのだろう。最初は俺を仕留めるつもりでマッサークルも動いていたはずだ。だが、仮にこいつの目的が、より多くのプレイヤーを殺すことだったとしたら?最初の「皆殺し」発言を考えれば、ありえない話じゃない。
無情にもマッサークルの怪力によって放られた棍棒は、撤退中だったプレイヤーたちの真っただ中へと突っ込み、巻き込まれた十数人が断末魔の叫びをあげた。
それを見届けたマッサークルは、再び飛びあがって、自らも撤退中のプレイヤーたちの方へと向かい始めた。
さすがにそれを見逃す訳にもいかない。なんとなくではあるが、マッサークルの着地点を予想してそこへ向かって走る。
予想より近い位置に着地したマッサークルが、再び飛び上がろうとするのが目に映る。
俺は全身のバネを使って一撃に集中した。狙うのは足の腱だ。毛に覆われていない、尚且つ一番効果が高そうな場所。そこさえ深く傷つけることができれば大幅に機動力が削れる。
右手の短剣を強く握りこむ。短剣の底の部分を左手で支えた。切るのではなく突き刺すことに重点を置いて、敵と接触する瞬間にタイミングを合わせ短剣を突き出した。
――カチリ
その時、そんな音が頭の中に響いた気がした。
同時に短剣が深々とマッサークルの足へと突き刺さる。予想外に深く刺さった事で一瞬呆けそうになるが、無理やり体を動かした。即座に腕の力だけでは不足と判断し、体ごと捻って傷口を抉る。飛び散る血液を無視して剣を引き抜こうとしたが、筋肉が邪魔をしているのか抜けなくなっていた。
仕方なく短剣を放棄して、アイテムインベントリから予備の短剣を取り出して、構えなおす。
「ゥガァァァァァァァァァ!!?」
軸足を傷つけられたうえ、飛び上がる直前だった事もあり、マッサークルは受け身もなにもできず無様に地面へと倒れ伏した。今回の戦闘で初めて与えた明確なダメージだ。
しかし、どうしてあれほどの傷をつけることができたのだろうか?今までの攻撃を基準に考えるならば、せいぜい出血があれば上出来程度だったのだ。短剣もあれほど深く突き刺さる事無く、半ばで折れていただろう。
考えられるのは直前に感じた音だ。まるでスイッチが切り替わるかのような感覚。別のゲームならばジャストガードやパリィが成功した感覚に似ている。
だが、このゲームではそんなスキルは存在しなかったはずだ。ならば、何が……。
そこまで考えて、俺はひとつだけ思いついた。たったひとつだけ、スキルの代わりにプレイヤーに与えられた物がある。効果を考えれば、ありえない事でもなかった。
……これは、試してみるしかないだろう。
片足を引きずるようにして立ち上がったマッサークルが、今まで以上の憎悪を瞳に宿して俺を睨みつけてくる。さきほどまでの俺なら多少なりとも竦んでいたかもしれない。だが、今は別の事で頭がいっぱいだ。
俺は両手に短剣を構えた二刀流の状態でマッサークルへと突っ込む。敵はそれを迎撃するように、ありえない速さで拳を振るってきた。棍棒を持っていた時とは段違いの攻撃速度。
にも関わらず、俺はギリギリのところでそれを回避して、一気に懐まで入る。
――ブースト!
頭の中でシステムブーストの事を意識しながら、がら空きの足を切り付けた。
だが、この攻撃は薄皮を切った程度で、ほとんどダメージにはなっていない。タイミングが合わなかったのか、先ほどのような感覚は無かった。
――次だ!ブースト!
もちろんそこで諦めるはずもなく、追撃を受けないように注意しながらも、二撃目を叩き込んだ。
瞬間、再びスイッチが切り替わるような感覚と共に、力が増したような気がした。
切り付けた部分の皮膚が裂け、血が飛ぶ。マッサークルの攻撃を回避しながら、そのタイミングを掴むために何度も何度も切り付けた。
体毛に覆われていない部分だけでなく、体毛も切り付けてみたりもした。結果は大成功。ブーストが上手く使用できた場合ならば、体毛の有無を無視してダメージを与えることができたのだ。
「ははっ」
気付けば笑いが漏れていた。あれほど絶望的だった状況が、これほど楽しくなるとは思わなかった。
目の前には傷だらけで膝をついたマッサークルの姿。俺自身は返り血で真っ赤に染まっている。これではどちらが悪役かわかったものではない。
そんな時、唐突にマッサークルの体に赤い靄が噴出した。この現象も他のゲームで見覚えがあった。『狂化』や『バーサークモード』と呼ばれ、ボス戦などで敵のHPが既定の割合を下回ったとき、ステータスが強化されるというものだ。
やばい調子に乗った。これは……
「終わったかもしれん」
読んでくださっている皆さんありがとうございます。
キリングモブ戦はもうちょっとだけ続きます。




