2-04 キリングモブ
意外と書けましたので投稿いたします。
今回は残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
最初にキリングモブに到達したプレイヤーは、名前も知らない片手剣使いの男性型プレイヤーだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
気合の声と共に、キリングモブの無防備な背中めがけて剣が振り下ろされる。敵もこちらに気付いたようだが、すでに回避は不可能なタイミングだった。
ガキンッ
「なっ?!」
まるで金属が硬い物にぶつかった時のような音が響き、剣を振り下ろしたプレイヤーの顔が驚愕に染まる。
彼が驚くのも無理はない、信じられない事に、キリングモブの体は一切傷がついていなかったのだから。
その一撃で、どれだけ敵の耐久力が高いのかが判断できた。続いて女性型プレイヤーが敵を貫こうと槍を繰り出すが、それも同じようにはじかれる。
さらに、最初に放たれた矢は、キリングモブが動くたびに、力なく地面に落ちていくのが見えた。奇襲で放った矢でさえ体毛に引っかかっていただけで、一本も刺さっていなかったのだ。
攻撃された敵が不気味な赤に染まった棍棒を掴み、立ち上がる。たったそれだけの動作で攻撃を仕掛けていたプレイヤーたちの恐怖心を煽った。
「ミ゛ナ゛ゴロ゛ジ」
……シャベッタァァァァァァァァ?!
とまぁ冗談はさておき、今キリングモブは確かに人間の言葉を発した。それはとても拙く、物騒な言葉ではあったが、使いどころとしてはバッチリだ。どこのホラー映画に出てもおかしくない。
ダメだ。あまりに動揺して、考えがおかしな方向に行ってしまう。言葉を発するということは、ある程度の知性はあると考えられる。
あの一言だけでは少し判断に困るところではあるが、最悪のケースは考えておくべきだろう。
俺はその場で一旦足を止め、キリングモブの挙動に注目する。今のところ、動きは遅い。あれくらいならば、落ち着いて対処していれば避けるのも難しくはないだろう。
しかし、俺のその考えは次の瞬間には誤りだったと理解させられた。
キリングモブが無造作に棍棒を振り上げ、振り下ろす。それだけの動作のはずだった。
だが、その速度が異常すぎた。ギリギリで躱してカウンターでも入れるつもりだったのだろう。敵の近くで冷静に構えていた男性型プレイヤーが、次の瞬間には棍棒で押しつぶされていた。
持ち上がった棍棒の下からは傷ひとつ無いプレイヤーの姿が見て取れた。出血どころか打撲した様子も無い状態。なのに
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
耳を塞ぎたくなるような悲痛な絶叫が周囲に響き渡る。声の発生源は今しがた棍棒に押しつぶされたプレイヤーだ。
HPバーが吹き飛び、すでに死亡判定されたはずのプレイヤーが、今まさに断末魔の叫びをあげている。体は徐々に半透明になっていき、数秒後完全に消失するまで声は響き続けた。
何が起こったのか、この場にいるプレイヤーのほとんどが理解した。
今プレイヤーとして活動しているこの体は、絶対に外傷を受けない。けれど、それだけなのだ。傷を負うようなダメージを受ければ、その分の痛みを確かに感じる。
そして今回、人ひとりが即死するようなダメージを受けた場合どうなるのか。それは今、目の前で起きたことを見れば一目瞭然、意識がはっきりとしたまま、死ぬほどの痛みを味わわされる。それはきっと普通に死ぬよりも辛い事なのではないだろうか。
そんなこちらの心情など気にもせず、キリングモブは再びその猛威を振るう。近くにいたプレイヤーが慌てて回避しようとするが、先ほどの光景で足でも竦んだのか、上手く動けていない。
その結果は……言うまでもないだろう。逃げ遅れたプレイヤーが次々に殺されていく。
まるで阿鼻叫喚の地獄絵図。その場に一切血が残っていないのが、俺たちにとっては殊更不気味に感じた。
あまりの事態に恐慌に陥ったプレイヤーたちが、一目散に逃げ始める。それにつられるように他の奴らも逃げ出そうとするが、敵に容赦の文字は無かった。
キリングモブが棍棒を振るうたびに、痛みに耐えかねたプレイヤーたちの悲鳴が上がる。
なんとか戦線の崩壊を止めようと、エルドたち『踏破する者』の連中が喚いているが、最初から大した繋がりも無い連中だ。言う事など聞くわけがない。
後方部隊だって、すでに恐怖で使い物にならないのだ。もうこのなんちゃって討伐隊も終わりだろう。
キリングモブは想像以上に強かった。そんなことは最初からわかっていたはずだ。ここまで来てしまった以上、今更逃げるなんて選択肢は俺の中にはない。
「エルトール。先に行くぞ」
「……えっ?あっ、おい」
エルトールの声を無視して、一直線にキリングモブに突撃する。これだけ騒々しければいちいち足音など気にする必要はない。
キリングモブを射程内に捉えた瞬間、一切の躊躇なく短剣で切り付けた。だが、予想通り硬い感触が返ってきただけで、傷どころか体毛一本すら削ることはできなかった。
俺はすかさず距離を取り、キリングモブの視界内に入らないよう移動する。毛で覆われた部分は切れそうにない。ならば毛で覆われていない部分はどうだ?
見えている部分で毛に覆われていないのは手足のみだ。俺は再びキリングモブに接近し、毛に覆われていない踝から下の辺りを切り付ける。
すると、微々たるものとはいえ傷がついたのを確認できた。たった薄皮一枚ほどだったのだろう。出血すらしていないが、確かに傷をつけることには成功したのだ。
思わず口元が吊り上る。敵は完全な格上、圧倒的な化け物。それでも俺は戦える。そんな思いが恐怖心を塗りつぶしていく。
次の瞬間、キリングモブと目があった。不気味としか言いようのないその目に射竦められ、先ほどの恐怖が再び戻ってきそうになる。
そんな場面でさえ、俺は笑った。振り上げられる棍棒を見て、すぐにその場を離れる。次の瞬間には巨大な棍棒が硬い地面をへこませ、小さなクレーターを作っていた。
それでも俺を捉えようと、地面を抉り取りながら横薙ぎに振るわれた棍棒をギリギリで避けきり、なんとか背後に回り込もうとした。
だが、敵もそんなに甘くない。今までにないほど機敏な動きで俺と相対し、正面から攻撃を加えてくるのだ。
縦横無尽に振るわれるふたつの棍棒を、なんとか隙間を縫って避け続ける。一撃でも食らえば終わる。その緊張感が無理やり俺の集中力を上げていた。
反撃の隙など一切なく、ただひたすら躱すことだけに意識を向ける。
棍棒が振られるスピードは既に俺に対応できるものではなくなっていた。今俺が避けていられるのは、攻撃パターンがある程度読めてきたからに他ならない。
敵の攻撃は、ほぼ直線でしか動かないのだ。棍棒を上に振り上げれば、下に向かって振り下ろされる。右斜め上に掲げていれば左斜め下に向かって、右なら左へと言った具合に、一直線でしかないのだ。だからこそ俺はその先を予測し、避けていられる。単純な動きだからこその威力なのだろうが、今はそれが俺にとって都合がいい。
それでも反撃ができないほどに素早い攻撃なのだから始末に負えない。避けているだけでは勝てないのだ。勝とうとするなら敵にダメージを与えなければならない。
そんなとき、再びキリングモブに向かって矢が降り注いだ。俺の近くにも飛んできたせいで一瞬ビクついてしまったが、フレンドリーファイアが無いというのを思い出して、すぐに冷静になる。
おかげで敵もそちらに気を削がれ、俺から意識が離れた。その期を逃さずいったん後退し、近くの茂みに身を隠した。
そこから敵の背後に回り込むように移動し、再び突撃しようとして……
「待て、今度は俺も行くぞ」
「お?エルトール、いつの間に」
いつの間にか近づいてきていたエルトールに声をかけられた。キリングモブに集中しすぎて、他への配慮ができていなかった。これがエルトールでは無く、他の敵だったら危なかったな。
なんにせよ、攻撃する余裕がなかったのだから、エルトールの申し出は素直にありがたい。だから伝えることは簡潔に
「狙うなら毛に覆われてない部分だ」
「わかってるよ」
「それじゃ、行くぞ」
「おう」
特に合図もなく、走り始める。エルトールとはいろいろなゲームを一緒にプレイした。これほどまで精緻な動きができるものではなかったが、ある程度ならクセなどもわかる。
俺が右足へ向かえば、エルトールは左足を狙う。ほとんど同時にキリングモブを切り付けてからは、追撃が来る前に少しだけ距離を取る。
こういう場合、以前やっていたゲームなら、レベルが高い方、動きが素早かったり、耐久値の高い方が敵を引き付け、もうひとりが隙を狙って攻撃を入れるような事をしていた。
今回の場合、囮役は俺だろう。エルトールもわかっているようで、キリングモブとの距離を俺よりも大きく取っていた。
軽く頷いてやると、エルトールがさらに距離を取って茂みに姿を隠した。
キリングモブはエルトールを見失ったようで、残った俺の方へと向かってくる。俺はその時、ついクセで相手のステータスを見ようとしてしまった。既に敵のHPは表示されなくなっているというのに、なんとも無駄なことをしてしまった。
などと考えていたのだが、予想外にもひとつだけ情報が表示されたのだ。
『デビル・オブ・マッサークル(Devil of Massacre) Lv.???』
相変わらずレベルはわからなかったが、名前だけはハッキリした。だが、なぜ今更?
そんな疑問が頭に浮かぶが、悠長に考えている暇など無かった。
すでに敵は攻撃モーションに入っている。俺はとっさに前方へと飛び、マッサークルの足の下を潜るようにして攻撃を回避する。ついでに足も切り付け、タイミングよく腕の力を使って即座に立ち上がる。
「ヴォォォォォォォォォォ!!」
マッサークルは唐突に雄叫びを上げると、攻撃が当たらない事に苛立ったのか、バランスが崩れることも厭わず、無理やり体をひねって背後にいる俺へと横薙ぎの攻撃を放ってきた。隙をついて攻撃を仕掛けようとしていたエルトールも、その行動に驚いたように立ち止まったのが視界の端に映った。
今までに無いほどの速さで繰り出されたそれを、必死に後退して避けた。目の前数センチの距離を赤い棍棒が通り過ぎていく光景と風圧には、肝を冷やした。
無理な体制での攻撃で体勢を崩したマッサークルが、ドシンッという音と共に地面にうつ伏せの状態で倒れ込む。これは好機と一気に切りかかろうとするが、直前で嫌な予感がしたため、思いとどまった。
次の瞬間、いつの間にか振り上げられていた二本の赤い棍棒が勢いよく地面に叩きつけられた。
その衝撃で巻き上げられた土が、煙幕のように辺りに立ち込め、俺たちの視界を一瞬にして奪い去る。
この状態は危険だと判断して、一旦その場を離脱した。
すると、土埃の向こうからブォンブォンと重い物を振るう音が聞こえてくる。おそらく手当たり次第、棍棒を振り回しているのだろう。後退していなければ、アレの餌食になっていたかもしれない。
土埃が落ち着くまで、静かに様子を探ってみるが、どうやら見える範囲であの攻撃の犠牲者は出ていないようだ。
それにしても、あのマッサークルというモンスターは異常すぎる。正直言って現状、何人プレイヤーが集まっても勝てる気がしない。とりあえずエルトールと連絡を取っておくか。
『おーい、エルトールさんやーい』
『なんだね、リケットさん』
『おぉ、無事だったか。何にしてもコレ、そろそろ撤退を考えたほうが、ええんでないかい?』
『ワシもそう思うよ』
『ですよねー』
『……時間的な余裕も無いし、真面目に行くぞ。正直今の戦力でアレに勝てるとは思えん』
『あぁそうだな。ちなみにさっき敵のステータス見てみたんだが、名前だけはわかったぞ』
『え?マジか?!』
『マジマジ、名前はデビル・オブ・マッサークルだ。それ以外は依然変わらず不明』
『まぁそうだろうな。なんにせよ一応収穫は収穫だろ。とりあえず今わかってる事をグループチャットで情報として流して、撤退を申し入れる。了承の返事があれば、多少他の奴らが逃げられる時間を稼いだうえで、俺たちも逃げよう』
『了解』
『そろそろ土煙も治まってきたみたいだ。気を抜いてミスるんじゃねぇぞ』
『お前それ誰に言ってるんだよ?』
『ぼっちさん』
『お前絶対後でシメる』
舞い上がっていた土埃がようやく治まり、マッサークルの姿が確認できた。苛立たしげに周囲の地面を叩きつけ、周囲に小さなクレーターをいくつも作っている姿。
このまま逃げてしまった方が俺としては安全なのだが、そういうワケにもいかない。いざ戦闘となれば、それなりにやる気も出るのだが、一度冷めてしまった今では億劫で仕方ない。
……はぁ、それじゃ時間稼ぎと行きますか。
次回投稿は未定ですが、できるだけ早めに仕上げられるよう努力いたします。




