2-03 討伐隊
エルトールたちとキリングモブの話をしてから、特に何事も無く五日が経とうとしていた。何事も無かったとはいっても、犠牲者が出なかったという意味じゃない。飽くまで俺にとっては何事も無かったというだけの話だ。
今日も既に日課となりつつある狩りによる資金稼ぎと鍛冶修練を終えて、あとは寝るだけの状態だ。
そんなとき、再びエルトールからメッセージが届いた。俺は何事かと、すぐに内容を確認する。
『キリングモブの被害者が20人を超えた。目撃情報もどんどん王都に近づいているらしい。対策としてプレイヤーを募って討伐隊を組むことになった。参加者は明日午前八時にギルドに集合。俺たちは参加するつもりだ。できればお前にも参加してほしい。』
「……討伐隊」
レベル不明の敵を相手に数で攻める。それが今最も有効な手段であるのはわかる。わかる……が、果たしてこの『ロウジット』の世界でそれは可能なのか?
現実の世界で、なおかつ白兵戦なら数による物量作戦は効果的だろう。だが、ここは良くも悪くもゲームの世界だ。レベルと言う明確な力量の目安がある世界だ。それはつまり個人の武勇が発揮される世界だという事でもある。
俺が圧倒的な数のモグラを相手に生き残ることができたように、ちょっとした力量の差や技量によって、数をひっくり返すことも可能なのだ。
さらに言えば、物量作戦とはつまり、犠牲が出ることを前提に考えられた策でもある。圧倒的な格上が相手だ、間違いなく死人が出る。一体この作戦、何人が集まるのか微妙なところだ。
「行きたくないってのが正直なところだけど……」
さすがに知り合いを見殺しにするようなクズにはなりたくない。明日、一度エルトールを説得してみて、ダメなら俺も参加するしか無いだろう。あっ、なんかこれフラグっぽい。
大きなため息をひとつ吐いてから、ベッドに寝転がって眠りについた。
そして翌日、俺は今ギルドにいる。時刻は午前七時四十八分。エルトールたちの姿は……居た。
「おい、エルトール!」
「っ!?リケット!来てくれたのか?」
「まず先に確認しておく。今回の討伐戦、何人集まるのか知らんが、こちらがかなり不利だ。それでもやるつもりか?」
「ああ、メンバー全員で話し合って決めたからな。やるぞ」
どうしよう、説得できる気がしない。昨日のあれはやはりフラグだったのだろう。
「チッ……わかった。俺も参加するよ」
結局、俺はろくにエルトールたちの説得もできず、討伐隊への参加が決定した。
そして予定の午前八時。四十人ほどのプレイヤーがギルドのオープンスペースに集まっていた。物量作戦と言うには少なすぎるその人数に、不安ばかりが大きくなる。せめて百人くらいは欲しかった。その全員の注目を集めるように、大剣を大仰に掲げた男性型プレイヤーが大声で話し始めた。
「まず今日は集まってくれてありがとう!私がこの討伐隊の発案者、ロウジット攻略組『踏破する者』の団長エルドだ!レベルは21、団員数は十二名で既に城門前に待機している!」
ロウジット攻略組『踏破する者』。それはこのゲームを攻略する事に重きを置いた集団の内のひとつだ。呼び方としてはギルドであったりクランであったりと、その集団によってさまざまだが、まぁそれはどうでもいい。
さらに言えば、先ほど言ったギルドやクランなどの集団。そのほとんどが未だ非公認の組織だ。要はプレイヤーが幾人か集まって名乗っているだけの集団なのである。
というのも、ギルドやクランとして認めてもらうためには、きちんと役所で手続きを行わなくてはならない。その手続きを行うためにも結構な額の金が必要となるらしく、ゲーム開始からあまり時間が経っていない現状、どこもそんなことをする金銭的余裕など無いのだ。
まぁそれでも団長と言うだけあってレベル21となかなかに高い。現在トップレベルの人間がどの程度かは知らないが、今目の前にいるエルドとのレベル差はあまり大きい物ではないだろう。
彼の言う通りならば団員十二名を合わせて総勢五十名強か。どちらにせよ微妙な数字だ。
ちなみにパーティの最大数は六名だ。それ以上の人数で組もうとした場合、レイドと呼ばれるシステムを使用することになる。
レイド【RAID】とは本来、複数台のハードディスクを並列接続し、全体を一つのディスク装置として制御する技術であり、データの読み書きの高速化と、障害に対する耐久性の向上を図ると言う意味の用語だ。
そこからもわかる通り、レイドはひとつのパーティをハードディスクに例えて、それを並列接続、要はより大きな集団にする事を可能とするシステム名として起用されている。
メリットは今回のような強力な敵が出現した場合や、別の集団に対抗する場合など、多人数のプレイヤーたちと協力をする際に、誤射などのフレンドリーファイアを防げる事。グループ内でのボイスチャットを使用することで、スムーズに連絡が行える事などだ。
デメリットは、人数が多い分、個人が獲得できる経験値も分散してしまう事。作戦後の報酬で揉めたりする可能性が多い事などだ。ほとんど赤の他人ばかりになるのだから、その分不平不満も多くなるだろう。
眼前で今回の作戦について説明するエルドの声を適当に聞き流し、対キリングモブ戦について考える。
事前に仕入れておいた情報では、標的であるキリングモブは、仕様武器などから考えても完全なパワーファイターだと予想される。噂ではキリングモブの攻撃を一撃受けただけでHPが全損するほどらしい。
つまり俺がキリングモブと戦うなら、全回避が絶対条件という事だ。エルトールのところの九弦のように、弓で遠距離攻撃というのが一番だろう。
作戦を聞いた限りでは、近接戦闘しかできない俺のようなプレイヤーは、主にキリングモブの足止めを行い、後方から弓などの遠距離武器で確実にダメージを与えると言うものだった。シンプルイズベストとでも言えばいいのか。正直当たり前すぎて聞いている間に眠くなってしまった。
結局、ここに集められた者の内、近接戦闘しかできない俺のようなプレイヤーは、肉壁でしかないということだろう。せいぜい体を張って後衛を守れよ、とそういうことだ。
ダメだ、こんなことを考えていたら、目の前で説明をしているエルドの顔がとても憎らしいものに思えてきた。落ち着け、俺は冷静だ。Be Cool。
と、そんなことを考えている間に、エルドの説明も終わり、全員で城門前へと移動することになった。
四十数人のプレイヤーたちが王都のメインストリートを進んでいく。それは傍から見ればさぞ目立つ光景だろう。なにせどいつもこいつも美形なのだ。先ほどから街の人々……NPCも何事かとこちらを見ている。
そんな注目の中、俺たちはどんどん進んで行き、特に問題なく城門前にて『踏破する者』の団員たちとも合流できた。
これから向かうのは森だ。もちろん昨日まで俺が狩りをしていたような浅い場所ではなく、より強力なモンスターが出現する深部への侵入となる。
出現モンスターはフォレストドッグのような動物型モンスター数種に加えて、虫型のモンスターが数種類と対応が難しそうなものにグレードアップしている。
もちろんレベルも相応に高いため、今まで以上に注意する必要があった。
俺はひとまずエルトールたちのパーティに参加しておき、あとはリーダーであるエルトール任せだ。
しばらくすると、レイドパーティも組み終わったらしく、再びエルドの号令がかかった。
森へ向かう道中、エルトールが今回の作戦の補足事項などを説明してくれた。
レイドパーティの総数は五十五人、その内弓を使えるプレイヤーは八人しかいないらしい。弓使いの八名を除いた残り四十七人は第一から第五までの班に分けられた。
第一から第四までの班は突撃班として前線でキリングモブを足止めを担当し、第五班は弓使いたち八人の護衛を担当するらしい。
それぞれの班には『踏破する者』の団員が指揮官として組み込まれ、その指示の下で俺たちは行動することになるらしい。まるで俺たちが『踏破する者』の傘下に入ったような感じだ。……この時点で無駄にやる気を削がれた気がする。
ちなみに俺たちは第二突撃班などと名付けられたらしい。使い捨てにする気満々じゃねぇか。意地でも生き残ってやる。
当然のことながら、エルドたちは事前にキリングモブの現在地について下調べしていたらしく、迷うことなく森を進み、ついに標的を見つけるに至った。
と言っても、俺には未だその姿は見えていない。最初に発見したのは弓使いのうちのひとりだ。どうやら弓用のアシストシステムを取っていると、視力などにもある程度補正がかかるらしく、通常よりも目が良くなるらしい。なんだそれ羨ましい。
そこからは物音をたてないように慎重に歩みを進め、とうとう俺の目にも敵の姿が確認できる距離までたどり着いた。
こちらに背を向けるようにして座り込む一匹の大きな人型の獣。二メートル以上ありそうな巨体に、全身を覆う赤黒い毛。よく見てみれば、器用に両手を使って何かを食っている最中らしい。そいつの周りにはおびただしい量の血痕が残っており、とぎすまされた耳にはピチャクチャと獲物を咀嚼する生々しい音が聞こえてくる。そいつの両脇に置かれた巨大な赤い棍棒がとても不気味だ。
耐性のなかった数名のプレイヤーは、その光景に吐き気を催したのか、口元を手で押さえていた。やはりそう簡単に慣れるものではないだろう。
グループチャットでエルドから陣形を整えるよう要請があり、しぶしぶながら言われた通りの陣形に並んでいく。第一から第四までの班が横に並べられ、その後ろに弓兵護衛の第五班が控え、安全地帯から弓を構えたプレイヤーたちが攻撃するようになっている。
『それではこれより作戦を開始する。第一、第二班は敵に気付かれないよう慎重に前進し、いつでも攻撃できる位置まで移動してくれ』
エルドからボイスチャットが聞こえて、第二班に組み込まれた『踏破する者』の団員が偉そうにこちらに指示してきた。
……よりにもよって一番最初に突撃する役目かよ。
内心悪態をつきながらも、エルトールに促されて仕方なく移動を開始する。
音をたてないように慎重に進み、奇襲をかけるには十分な距離まで近づいたとき、班全体が止まる。
そして次の瞬間、後方の弓兵組から攻撃が開始された。
八人から放たれた矢は、多少のズレはあるもののそのほとんどはキリングモブの体に当たったようだ。
食事を邪魔されたキリングモブが、ピクリと動きを止めて、ゆっくりと首を動かす。どうやら俺たちを探しているらしい。
キリングモブの横顔が見えたとき、ゾクリと悪寒を感じた。口から上の部分を覆う武骨な鉄仮面。先ほどまで食べていた動物か何かの血が口の周りにこびり付き、口元からは頑丈そうな歯が見える。一番不気味だったのは、そいつの目だ。本来白目の部分は赤く染まり、小さな黒目の部分がギョロギョロと辺りを探っている。
そして、完全にこちらから視線が逸れた瞬間
『今だ!突撃!!』
接近してた第一、第二班に突撃命令が下り、全員がキリングモブに向かって走り出す。
こうしてキリングモブ対討伐隊の死闘が始まった。
ついにストック分がなくなりました。
以降、更新速度が落ちると思われます。
次回更新は未定ですが、できれば長い目で見ていただけるとありがたいです。




