2-02 脅威と恐怖
俺が朝目を覚ますと『キリングモブ遭遇情報』というタイトルで、エルトールからメッセージが届いていた。
それを見た俺の感想は「やっぱり居たか」程度のものだ。『ハイデスペナルティ』があったのだから、当然あるだろうとは思っていた。前作でも十分に話題性があったシステムを、わざわざ取り除くことも無いだろう。
だからこそ、本文に目を通すのも敵の情報を事前に確認しておく程度の認識しかない。だが、事態はそんな甘いものではなかった。
それを読んだ俺は、すぐさま確認のためにエルトールに連絡を取った。幸いエルトールも俺に直接連絡を取るつもりだったらしく、すぐに集まることになった。
集合場所は俺が宿泊している部屋だ。どうも数日分を一気に支払っているプレイヤーは俺だけだったらしく、どうせなら落ち着いて話せる場所がいいという事でこうなった。
集まったメンバーは俺、エルトール、アノダさん。さらに九弦と言う名の弓使いらしき男性型プレイヤー。タロットと言う名の槍を持った女性型プレイヤーの計五名だ。
どうやらメンバーの追加には成功していたらしい。メイン武器も遠距離と中距離なので、なかなかバランスのいいパーティ編成だろう。全員が思い思いの場所に適当に腰かけている。
「あー、今日集まってもらったのは例のキリングモブに関してだ。一応全員に面識があるって事で、この場は俺が仕切ろうと思う」
そういって、一人立ち上がって話し始めるエルトール。もちろんそれに異論はないので、無言で先を促す。
「じゃあ、とりあえずリケットと初対面の二人に自己紹介してもらおうかな」
「それなら俺から。名前は九弦、見ての通り弓を使う。レベルは11だ。よろしく頼む」
「タロットです。槍使いです。レベルは9です」
九弦と名乗った男性型プレイヤーは身長百八十センチほどの割とガッチリした体系だ。髪は短めのウルフヘアで、髪色は緑だ。顔の掘りも深めで、威圧感のあるイケメンと言ったところか。正直弓を使うより大剣を使った方が見栄えしそうな人物だった。
対してタロットと名乗った女性型プレイヤーは、フワッとしたミディアムヘアの金髪に切れ長の瞳。身長は俺と同じくらいの百七十センチ前後。クールビューティーって表現が一番しっくりきそうな雰囲気だ。
そんな初対面の二人に対して、俺自身も当たり障りのない自己紹介をした後、本題に入る。
「それで、エルトール。あの情報ホントなのか?」
「ああ、たぶん間違いない。今回、情報が出回ったキリングモブは名前もレベルも不明。おそらくレベル差がありすぎて情報表示ができなかったんだろう。外見の特徴は、体長二メートルを超える巨体に鉄仮面を着けている事。全身が赤黒い毛で覆われていること。両手に巨大な赤い金属製の棍棒を持っていることだけだ。そして、遭遇して死んだプレイヤーは……記憶喪失になっていた」
「……それはハイデスペナルティによる物なのか?」
「わからん……が、その可能性もあるかもしれない」
普通に考えればそんな事はありえない。ゲームの中で死んだからといって、どうして記憶まで失う事になるというのだろうか。
しかし、あのデタラメな仕様変更を考えると、一概に否定もできない。可能性としては十分あり得る事だろう。なんにせよ嫌な情報だ。
「聞いてわかる通り、危険度は今まで以上だ。そこでリケットに提案なんだが……、事態が安定するまでパーティを組まないか?」
やはりそうなるだろう。少なくとも今確認されているキリングモブを討伐するまでは、危険を冒すべきじゃない。
「……それはやめておこう」
「なんで?!記憶が無くなるかもしれないんだぞ?」
「だからだよ。だからこそ俺なんかと臨時でパーティなんぞ組むべきじゃない」
「っ……そんな」
「エルトール、お前が一番知ってるだろう?俺は集団戦向きじゃない。周囲に気配りなんてできないし、付け焼刃の連携なんぞ危険なだけだ。今の状況が危険だって言うなら、選ぶべきは何か、よく考えろ」
エルトールが俺から目をそらし、悔しそうに歯を食いしばる。俺はなぜこんな辛辣な言い方をして、コイツの好意を無碍にしているのだろうか。バカだなぁ……。
記憶が無くなるかもしれない。それはゲーム内で不死の肉体を持つプレイヤーにとって、唯一死をもたらすものだ。回復するかもしれないが、そうじゃないかもしれない。恐怖心を煽るには十分だ。
一体何を格好つけているのだろう?一緒に行かせてもらえばいいじゃないか。何も考えず、プライドなどかなぐり捨てて、今からでもお願いすれば、エルトールだって頷くさ。
「俺は今まで通り、ソロで動く。仮にそれで記憶喪失になったとしても、自業自得だ。エルトールが気にすることじゃない。お前はお前の仲間をしっかり守れ」
もうやだ、何良い事言った風な空気出してるの?バカなの?死ぬよ?……もういいや、もしキリングモブに遭遇したら全力で逃げよう。逃げるよな?ダメだ、いまいち自分が信用できない。
「……そうだな。リケットの言う通りだ。けど、お前恰好つけすぎじゃね?何イケメンオーラ出してるの?それでモテると思ったら大間違いだぞ?」
「お前そこは『ありがとう』の一言で締めとけよ!いいだろ偶には格好つけたって!見ろよこの顔!イケメンに間違いないだろうが!オーラだけじゃなくて、紛れも無くイケメンだろうが!」
「黙れ偽イケメン!本体はどうせフツメンだろうが!」
「お互い様だろ!」
「残念でしたー、俺はリアルもイケメンですー」
「嘘をつくならもうちょっとマシな嘘つけよ」
「急に真面目なトーンに戻ってんじゃねぇよ……」
先ほどまでの深刻な空気はどこへやら、気付けば周囲から冷めた視線を送られていた。
結局、俺たちは自身が最善だと思う事をやっていくしかないのだ。ソロとパーティの差はあれど、最終目標は変わらない。たまに会ってバカな話をするくらいがエルトールと俺の関係性としては丁度いいのだ。
その後、エルトールが知る限りの情報を聞き、そのうえで全員の意見交換を行った。結論としては『極力無理なことはしない』という、何とも無難なものに落ち着きはしたものの、現状それ以上やれることがないため仕方がない。
「それじゃ、そろそろ行くわ」
「おう、判断ミスって死ぬんじゃないぞ」
「当たり前だ。リケットこそ、ソロ根性こじらせて死ぬような事が無いようにな」
「せいぜい気を付けるよ」
「またな」
「おう」
「なんだか私たち空気過ぎませんか?」
「仕方ないだろう。アレに加わろうとは思わん」
「……そうですね」
エルトールより先に部屋を出ていた三人が何か言っていたが、気にしない。だって空気ですもん。
彼らと別れた後、パンっと自分の両頬を叩いて気合を入れた。
それじゃ、今日もいつも通り、気合を入れて資金稼ぎと鍛冶修練をがんばりますか!




