2-01 変わる世界
ログアウト不能になってから既に三日が経った。
その事実が発覚した当初、プレイヤーの反応は様々だった。理不尽な状況に怒る者、現状を悲観し嘆く者、理解が追い付かず混乱する者、事態を把握するために動き出す者など、本当に様々だ。中にはすぐに改善されるだろうと楽観視し、通常プレイを続ける者たちもいたのだが、三日経った今になって事の重大さに気づき取り乱していた。
俺はといえば、最初の数時間を無為に過ごしてしまったものの、その後はすぐに事態の把握へと動いた。
早い段階で、この状況に危機感を抱いて動いていたプレイヤーたちと合流し、情報交換を行ったのだ。
そうしてわかった事をまとめると
・敵や自分以外のプレイヤー、NPCなどのHPバーは表示されなくなっている。
・敵からの攻撃を受けた際、与えられたダメージに比例した痛みを感じるようになっている。
・ダメージによる体の痛みは回復ポーションなどでHPが回復すると消える。
・敵は死亡しても死体は消えず、ドロップアイテムも落とさない。
・疲労、空腹などは現実の体同様に感じるようになっている。
・プレイヤーは傷を負っても痛みを感じるだけで、目に見える負傷はしない。仮に部位欠損をするような攻撃であっても見た目上は何も問題が無い。
・プレイヤーが死亡した場合、ゲーム開始当初と同じく王都中央広場のスタート地点で初期化された復活する。
・腕輪の機能がいくつか使用不能になっている。
だいたいこんな所だろうか。
俺自身では未確認なものもいくつかある。特に死亡しても甦るというのは重要だ。本当にそうならばログアウト不能にはなったが、デスゲームでは無いということになる。
面倒なのは、痛覚を含む五感が現実のものに近い事だ。体を動かせばその分、疲労がたまり、腹が減る感覚もしっかりとある。
ただこの部分にも変更はあったようで、丸一日何も食べなくても、餓死するような事はないようだった。その分動きが鈍るということはあるようなのであまり安心もできないが、現実に近い仕様になったと考えればいいだろう。
不気味なのは、発汗や出血などに関してだ。俺たちプレイヤーがいくら運動をしようと、全く汗をかかず、どれだけ傷がつきそうなダメージ、それこそ死ぬような目に逢ったとしても一切の出血は見られなかったのだそうだ。
そこまで再現する余裕が無かったのではないかと言う意見も出たが、モンスターの死体の状態などを例に挙げてしまえば、その意見が正解ではないとすぐにわかった。
各自の情報を持ち寄った話し合いの結果は、「何もわからない」だ。
どうしてログアウト不能に陥ったのかも、なぜこのような仕様になってしまったのかも、どうすればゲームからログアウトできるのかも、何もわからなかった。
結局、今はプレイヤーそれぞれがやりたいようにやるしか道は無いのだ。行動した結果、解決の糸口をつかめるかもしれない。
もちろん行動することに反対するプレイヤーも居たが、それはそいつらの勝手だ。動きたくないのなら動かなければいい。行動しないことを選択するのもそいつの自由だ。
それ以上、その場に居ても面倒事しか無さそうだったので、すぐに俺が逃げるように場所を移動したのは言うまでもないだろう。
行動の早い連中の多くは『攻略組』として、それぞれのチームを作ってゲーム攻略に乗り出した。これが定番であり、一番可能性が高いと思ったのだろう。
次に有名になったのは『支援組』だ。難易度の高い生産を行っているプレイヤーに呼びかけて集め、前線のプレイヤーを支援するつもりらしい。
まぁこれに関しては、希少価値的な意味で噂になっただけであり、実情は上手くいっていないようだ。
資金面にせよ、技術力にせよ、職人の絶対数にせよ、早々に上手くいくものではないだろう。今後、資金面だけでも何とかすることができれば、多少はマシになるかもしれない。
代表的なものと言えば、この二種くらいだ。他にも、どうしていいかわからず、痛みが伴う戦闘も嫌だと言う『居残り組』や、『攻略組』が現状打破することを期待して、自分たちは現状維持のみ行う『傍観組』など、いろいろあるにはあるが、この辺りは『その他大勢』で十分だろう。
かく言う俺はと言えば、やはり『その他大勢』の中にカテゴライズされてしまうのだろう。厳密に言えば『準攻略組』と呼ばれるものに含まれる。
先に述べた『攻略組』と何が違うのかと言えば、それは人数の差だ。複数人で協力して、本格的な攻略を目指す者たちを『攻略組』と呼び、それ以外、つまり個人個人が単独でゲームを攻略しようとする変わり者たちを『準攻略組』と呼ぶ……らしい。
別にソロだっていいじゃない。とか思ってしまうのだが、効率を考えれば複数人での攻略が一番に決まっている。という意見らしい。納得いかん。
この三日で起きたことを振り返り、思わずため息を吐く。
空いた時間で楽しくゲームをやるはずが、なぜこんな雰囲気になってしまったのか。
目の前の光景を見ていれば、考えるだけ無駄だと思っていてもつい考えてしまうのだ。
「今を悲観することは無い!私たちは選ばれたんだ!ここはもうゲームの世界なんかじゃない!異世界だ!力を与えられ、不死の体も手に入れた!恐れるものなんて何もないんだ!」
自分に酔ったように大声で演説する赤い髪をした美男子。名前は……ラグナ六。うん、きっと先に名前を登録されてて仕方なかったんだろうな。
ログアウト不能になって以降、こういう輩もごく少数ながら居た。一部では『歓喜組』『現実負け組』などと呼ばれている、現実世界に戻れなくなったことを喜ぶ連中の事だ。
現状を『異世界転生』『異世界トリップ』などと言い、稀にああやって演説などを行うのだ。全員が全員、あのような行動を取るわけではないが、傍から見ている分には良い賑やかしだと思う。
あれに感化される人間はいないだろうが、発言は控えたほうがいいと思う。実際問題、俺たちプレイヤーに特別な能力など何も備わっていないのだ。レベルの概念はNPCにだってあるし、生産系の技能に至ってはNPCの方が圧倒的に上だ。敵だって一筋縄ではいかないし、不死の体と言っても、生き返るたびに初期状態に戻されるのではほとんど意味を成さないだろう。ただ死なない、それだけだ。
あれは本当の意味で「英雄的な発言をしている自分に酔っている」だけのヤツなんだろう。せいぜい今後、問題を起こさないようにしてくれればいいな。……というか、どういう目的であの演説を行っているのだろうか?……宗教勧誘?
妙な熱気を持って演説をする似非イケメンを素通りし、見慣れた道を進んでいく。向かうは工房だ。
俺のプレイスタイルはゲーム開始当初と変わらない。ひたすら戦闘経験を積み、ついでに金を稼いで、その金を鍛冶の修練につぎ込む。
痛みを感じるようになってからは、それが原因で戦えなくなることが無いよう、積極的にモンスターと戦った。
ほかにも五感が芽生えた事で鍛冶の最中、炉の熱を感じるようになってしまい、克服するのに苦労している。
どちらも安定するまでは無理するわけにもいかず、俺は未だに森で燻っている。『攻略組』の連中は既に先に進んでいるらしいので、少しもどかしい思いもあったが、仕方のない事だろうと割り切る。
「じいさーん、また来たぞー」
「……ふん」
工房に入ると同時に、この数日で大分仲良くなった(と俺が勝手に思っている)パトリックじいさんに声をかけた。じいさんはいつもと同じように無愛想な態度でこちらに視線を送るのみ。本当にどうしてこの人が受付なんてしているのだろうかと甚だ疑問に思うところだ。
「今日は二万持ってきたから、これで頼むわ」
「……わかった」
じいさんは俺から金を受け取ると、腰に下げた袋に仕舞い込み、鍛冶場へ向かって歩き出す。最初は案内だけだったのだが、最近は俺が特に何も言わなくても、鍛冶の手ほどきをしてくれる。
受付に居なくて大丈夫なのかと聞いてみたが、「心配いらん」と言うだけだった。まぁ俺以外の利用者を見たことが無いからな。それはそれで別の意味で心配になるが、まぁその分俺が頻繁に利用すればいいだけだろう。うん、何も問題ない。
その後は、素材と金がある限り、みっちり鍛冶修練を行った。炉の熱に対する根源的な恐怖心を押し殺し、ひたすら作業に没頭する。
もう何本目かも忘れるほど、何度も何度も鉄を打ち、鍛えた。
そうして所定の時間を過ぎた頃には、動く気力がなくなるほどの疲労感が襲ってきた。だからと言って鍛冶場に居座る訳にはいかない。なにせ、借りている分だけ追加料金が取られるのだから……と思っていたら、パトリックじいさんが水をくれた。
俺がきょとんとしていると
「……今日はお前しかいない。しばらく休むくらいなら金はとらん」
「じいさん……今日は、じゃなくて、今日もだろ?」
「今すぐ出ていくか?」
「申し訳ありませんでした!」
なんとか体が動かせるようになるまで休み、じいさんに礼を言って工房を出る。
そのまま馴染みの宿屋へと戻り、食事をとって眠った。
そして、翌日、プレイヤーたちに驚愕の情報が届けられ、事態はさらに混迷を極めることとなった。




