1-13 一週間
エルトールたちとパーティを組み、森へとチャレンジしてから現実時間で三日が過ぎた。たかだか三日と言えどいろいろあったのだ。
あの反省会の後、すぐに準備を行い森へ向かった俺は、ひたすら出現するモンスターたちを切り倒して実戦経験を積んだ。
しばらくは擬態による隠ぺい奇襲攻撃や、群れによる連携に苦戦させられたものの、攻撃パターンが読みやすかったのと、それまでの戦闘経験が活きたおかげで、なんとか死亡せずにレベルを上げることができた。少しだけ敵を察知する感覚も鋭くなった気がする。
予想外だったのは敵との遭遇頻度が上がった事だ。最初の時のように狡猾に隠れることも無く、俺を発見すると同時に襲ってくる。検証したわけではないので、あくまで推論だが、俺がひとりだったことに起因するのではないかと思う。
知っての通り、フォレストドッグたちの警戒心は強い。だから戦力、この場合は人数だが、敵が多い場合は警戒してあまり近づいてこない。もっとも、所詮はモンスターなので、最終的には襲ってくる。基本的に、4~6匹ほどの群れで行動するフォレストドッグは、たったひとりで行動している俺を見つけて、御しやすい相手と判断したのではないか?というわけだ。
レベルが13に上がり、ある程度資金が貯まってからは、鍛冶に時間を費やした。鉄を熱する時間や叩くタイミングと箇所を見直し、時に工房の職人NPCに意見を聞きながら技量上昇を目指したのだ。おかげでナイフ程度ならば合格がもらえるようになった。
さらに鍛冶の納品依頼を受けて指定数のナイフを納品したこと。一定の技量が認められた事で職人ランクも九級に上がった。もちろん冒険者としても討伐経験が認められて八級になっている。
ちなみに冒険者として九級に上がる基準はサリテリドッグの討伐ができることだそうだ。八級はフォレストドッグの群れ討伐が可能な技量を持っていればいいらしい。
と、まぁこのような感じでゲーム開始から一週間が過ぎたわけなのだが、少しだけ変化したことがある。
先ほど少し触れたが、鍛冶の際に職人NPCに意見を求めたことだ。いくらネットなどから鍛冶に関する情報を集めてみても一向に上手くいかなかった俺は、半ば自棄になってNPCに愚痴ってしまったのがキッカケだ。
すると意外にもNPC……パトリックと言うらしい老齢の職人は、言葉少なながらも実際に作業を横で見ながらアドバイスをくれたのだ。
藁にもすがる思いでパトリックさんのアドバイスに従った結果が、職人ランク九級という結果である。
まさかNPCとそんな細かい会話ができると思っていなかった俺にとって、それは衝撃の事実だった。もしかしたら鍛冶の難易度に対する救済用の仕様なのかもしれない。そう考えた俺は、町の中でいろいろなNPCに話しかけてみたのだ。
もののついでとばかりに、周辺のモンスターに関してだったり、食事の美味しい店だったり、本当にどうでもいいくだらない内容の話などを振ってみた結果、ほとんどのNPCがしっかりと返答をしてくれたのだ。
まともに取り合ってくれなかったNPCも居たが、それが逆にリアルな、人間味あふれる反応だとも思えた。
それはありえない事だった。いくら処理能力の高い機器を揃えていようと、現代科学でここまで忠実に「人」というものを再現できるものだろうか?
極少数という事ならあり得たかもしれない。重要な人物に高度なAIを搭載していればあるいは……という程度の話ではあるが……。
しかし、俺が話しかけたのは、街中を歩いている普通の、何の変哲もない一般NPCだ。それこそ普通にプレイしていれば、話しかけることなどないのではないかというような、ありふれた感じのNPCにそこまで高度なAIを搭載するはずがない。
それだけ容量を取られる上に、不具合の原因にもなるかもしれない。リスクを考えればありえない事だ。
この件を期に俺は少しだけこの『ロウジット』というゲームに疑問を持つようになった。
とはいえ、使えるものを使わないのも馬鹿馬鹿しいので、今後も情報収集などに積極的に利用するつもりではあるのだが……。
あとはエルトールたちの近況だろうか?
彼らはあの後、パーティメンバーを募って人数を増やすことにしたようだった。これはエルトールたちに限った事ではなく、大多数がそういう選択をしているらしい。
当然のように俺もパーティに誘われたのだが、当初の予定通り断っておいた。やはり、いつでも自分のタイミングで動けたほうが気楽だからな。
ただ俺が既にソロでフォレストドッグを狩れるようになったと報告したら、奇人変人すっとばして「戦闘狂」扱いされるようになった。理不尽だ。
そして今日、俺が何をしているかと言えば相も変わらず鍛冶である。ただひとつ違うのは作っているのがナイフではなくショートソードだという事だ。
言うまでも無く自分用の武器だ。できれば二本……いや、三本は作っておきたい。一本は予備として。残った分を両手に装備……そう!二刀流である。宮本武蔵だ!
剣一本で戦うのもいいが、せっかく扱いやすい短剣なのだから、二刀流とかやってみたいよね?むしろやるべきだ!
アノダさんのように盾を装備しても良かったが、実用性よりも趣味に走ってしまった結果だ。一応盾にもできるように一本は少し頑丈に作るつもりなのだが、素人が下手な趣向を凝らすものでもないだろう。
パトリックさんの指導通り、基本に忠実に、まずは実戦に耐えうるものを作ろう。
「叩く場所が偏ってるぞ」
パトリックさんの注意が来た。ダメだ、今は集中しなければ!
炉の炎だけが光源の薄暗い部屋で、カンッカンッと金属を叩く甲高い音が響く。刃が歪にならないように細心の注意を払いながら、時間も忘れてひたすら作業に没頭した。
そうして続けること数時間。ようやくすべての作業が終了した。
できあがったショートソードをパトリックさんに確認してもらい、静かに言葉を待つ。そして……
「うむ……ダメだな」
ダメだった。
劣化した鉄の短剣
耐久値5
攻撃力5
製作者リケット
腕輪で確認してみても、やはりダメだった。うん、わかってた。
ちなみに市販品の鉄の短剣のステータスは
鉄の短剣
耐久値15
攻撃力20
製作者――
と言った具合だ。惨敗である。
とはいえこれでも上達した方なのだ。以前の技量のまま短剣を作ったとしたら、短剣の形をしただけの鉄屑扱いをされていたかもしれない。それを考えれば格段の出来だった。
まぁさすがにこれで満足する事はまず無い。
フォレストドッグやサリテリドッグを狩りまくったおかげで、現在は資金も潤沢だ。時間にも余裕があるし、今日は短剣作成が上手くいくまでとことんやってやろう。
結局、俺がまともに短剣を打てるようになったのは、所持金が底をつくギリギリになってからだった……。




