1-10 友人
ロウジット開始三日目。ログインしたのは21時。
ゲーム内時間では15時。今日は再び鍛冶にチャレンジするための資金を稼ぐ予定だったのだが、用事ができてしまったため一時中断だ。
用事というのは、先日届いていたメッセージの件だ。あのメッセージの差出人は、俺と同じく「ロウジット」をプレイしている友人だった。
彼は『エルトール』という名前でキャラを作っているらしく、一度ゲーム内で合流しないかと提案された。ログイン前にそれを見て返信したところ、予想外に即返事が来たので、これから合流する事になったというワケだ。
待ち合わせと言っても、移動する必要はない。プレイヤーの集合場所と言えば、スタート地点の広場かギルド、もしくは町の外へ出る門くらいのものだ。それなりに人も多いが、見つけられない程じゃない。
待ち合わせ時間まで残り数分となった所で、個別チャットの受信を知らせるシステム音が聞こえた。腕輪を操作して確認すれば、案の定エルトールからだ。
『今到着。どこにいる?』
その簡潔な文章を確認すると同時に周囲を見渡す。近くにいるのは十数人、腕輪の機能でプレイヤーの名前は把握できるため、ぐるりと見渡してみればプレイヤー名「エルトール」はすぐに見つかった。
180センチはありそうな身長に、綺麗な金髪を真ん中分けにした少し長めの髪。少々たれ目がちだが綺麗な青い瞳で、どことなく柔和な印象を与える。言うまでも無く目鼻立ちは整っている。体もがっしりとしているため、騎士鎧でも装備していれば間違いなく絵になる事だろう。よくもまぁここまで作り込んだものだ。
キョロキョロと周囲を見回している友人に近づいていくが、一向に気付く気配がないため、軽く肩を叩いて声をかけた。
「よっ」
「お?おう。リケットね、相変わらず深い意味のなさそうな名前付けてるな」
「その時の気分と思いつきだからな。後付けの理由で良ければいくらでも考えてやるけど」
「後付けって……聞く意味あるのかソレ」
「聞いてみたら面白いかもよ?」
「……聞いてみたいような、どうでもいいような……まぁ試しに聞いてみようか」
「えー?あー……うーん……その……何だ。アレだ。り……り……」
「…………リケット、お前その場の雰囲気と気分で喋るの慎めよ」
呆れられてしまった。まぁ思いついたときにでも披露しよう。
「くだらないやり取りはこれくらいにして、いい加減本題入ろうぜ」
「リケットが振ったんだからな?!」
「いや、名前に言及したエルトールが悪い」
「めんどくせぇ?!」
「ほら、いいから」
「その態度がスゲェ腹立つ……。まぁいいや、確かにこれ以上お前と言い争っても仕方ないしな」
やっと本題に入るらしい。無駄なやり取りだったな、もっと大人になれよ。
「本題って言っても、単に互いの近況報告するだけなんだけどな。ついでだし、どっかで飯食いながら話そうぜ」
「そうだな。せっかくエルトールのおごりだし、旨い物食いたいな」
「誰がおごるなんて言ったよ!」
「おごれよ!」
「逆切れすんな、腹立たしい!」
「ほら、いいから行くぞ」
「おごらないからな?おごらねぇぞ絶対」
「わかったわかった。ほら、そこの店でいいだろ?」
俺が広場の近くにあった食堂らしき建物を指さしてそういうと、どこか疲れた顔をしてエルトールがうなずく。
店内に入ると恰幅のいいおばちゃんの「いらっしゃい!」と威勢のいい声が聞こえてくる。人もまばらで、それなりに年季の入った、あまり大きくも無い大衆食堂といった感じの店だ。いいね、好きだよこういう雰囲気。
どうやら空いている席に自由に座ればいいようなので、店の隅にある二人掛けのテーブルに着いた。別に誰かに聞かれて困るような話をするわけではないが、なんとなく気分的なものだ。
メニューも何も無かったため、少し困惑してしまった。どうもこの店は日替わり定食一択らしく、唐突に品物が二人分テーブルに置かれたときはさすがに驚いた。同時に料金も徴収されたのだが、動揺していたのもあって普通に支払ってしまった。
「あー、エルトールに奢らせて一食分浮かせる計画が……」
「お前、やっぱ本気でおごらせる気だったのか」
「もちろん」
「やめろ、腹立つ」
改めてテーブルに置かれた定食を見てみれば、クリームシチューっぽいものとパン、サラダと言った無難な組み合わせのものだった。
さっそくひとくち食べてみたが、普通に旨かった。うん……普通だ。
「それじゃあ本題と行きますか」
そう言って、話を切り出すエルトール。
「ああ、つっても近況報告だったよな」
「だな。とりあえず言いだしっぺの俺から言おうか。俺は今レベル5で、メインウェポンはこの片手剣だ。今後のプレイ方針としては順当に戦闘でのレベル上げがメインの予定。できれば攻略組に食い込みたいね」
「レベル5か。ってことは主に狩ってるのはスロウラビットだけか?」
「そうだな。さすがにまだ森に入る勇気はないからさ。できればもう少しレベルを上げてから挑みたいところだ」
ん?こいつもしかして気付いてないのか?
「なあ、ちょっと聞きたいんだが、エルトールってレベル5に上がってどれくらい?」
「ん?俺は今日が初日だからな。お前と合流する直前に上がったばっかだよ」
「ああ、なるほど、そういうことか。んじゃ苦労する前で良かったな」
「え?なに?なんかあんの?」
「まだ確証があるわけじゃ無いんだが、たぶんお前スロウラビット相手じゃそれ以上レベル上がらねぇぞ?」
「マジかよ!あー、もしかして経験値の取得制限みたいのがあるわけ?」
「それに関しちゃ俺もまだ把握できてない。けど、自分より3レベル低い敵を狩っても、ほとんど経験値が入ってこないはずだ。下手したら全く入らない可能性もある」
「厳しいな。けど、そうだとしたら、もう森に入るしかレベル上げる方法ないって事か」
「そんなことは無いが……まぁそっちの方が無難かな」
「え?何その言い方?すごい気になるんですケド」
「あー、じゃあ説明より先に俺の報告もしとくか。俺のレベルは8。初期武器は短剣だ。今後の方針としては、戦闘と鍛冶の両方をやっていくつもりでいる」
「レベル8って……。いやそれより鍛冶ってマジか!聞いた話じゃこのゲームの生産系ってスゲェ難しいらしいじゃん!」
どうやら生産系の難易度などの情報は、既にある程度出回っているらしい。まぁ敢えてアレをやろうとする人間は少ないだろうな……金もかかるし。
「生産に関してエルトールがどの程度把握しているかは知らないが、まぁそうだな。かなりハードルが高いよ。その分リターンも大きそうだけどな」
「へー……。ちなみに鍛冶って具体的にどうなん?」
「まず鍛冶をやろうと思ったら初期投資で最低でも6000Eは必要になる。それか……」
「ちょっと待て!初期投資6000Eって何だよ!?スロウラビットの素材でもひとつ5Eだろ?最初の所持金の1000Eを引いて残り5000E。ウサギの素材で賄おうと思ったら1000匹?!……うわー、ねぇわ……お前それやったの?お前Mなの?」
「失礼な事を言うな!ってか今ウサギの買い取り5Eなのか……」
「そうだろ?……ん?今はってことは前は違ったのか?」
「ああ、最初は素材ひとつにつき10Eだった。そのあと、供給過多で値崩れしたらしい」
「うわっ、そんなのまであんのかよ。後続組地獄だなコレ」
「だろうな……」
なんとなく空気が重くなってしまった。なんとか空気を元に戻そうとしたのか、エルトールが鍛冶についての続きを促してきた。が、それは逆効果だ。俺は如何に鍛冶が難しいかを心情を込めて語った。もうこれでもかと言うほどに語りつくした。……主に愚痴を。
「もういい……よくわかった。俺は絶対生産なんぞやらん」
そして出来上がる生ける屍。うんざりした顔で机に突っ伏した彼の名はエルトール。優しげな雰囲気のさわやか系イケメンは、見事に俺の愚痴り攻撃によって撃沈していた。
対して俺はと言えば、言いたいことを言いまくったおかげで、いいストレス発散になった。余は満足じゃ。よし、次の鍛冶こそ成功させてみせるぞ!
「あー……話がそれたな。鍛冶の事はこのくらいでいいとして、レベルに関しての話に戻そう」
「……そういえばそうだったな。話の腰を折って悪かった」
「気にするな。それで、問題は草原地帯の出現モンスターだ。エルトールの知っている通り、昼の間はスロウラビットしかいない。もしかしたら別のモンスターもいるかもしれないが、今のところ俺が見たのはスロウラビットだけだな」
「ああ、夜はやばいらしいからな。今は昼間だけしか狩りをやってないよ」
こちらの情報も出回ってるか……まぁ当然だな。
「知っているなら話は早い。俺が言おうとしていたのはソレだよ。昼間はスロウラビット。そして、夜に出るのがカーニヴォラスモウル、モグラだ。レベルは5」
「リケットが知ってるってことは、戦ったんだな?」
「おう、これでもかと言うくらいにな」
「けどレベル5ならそんな脅威になるとは思えないんだが……」
「ああ、単体なら全然脅威にはならないな。上手くやればウサギより楽に狩れる。けどな、あいつら基本団体行動なんだよ。ああ、勘違いするなよ?一体、二体じゃない、数十単位で襲ってくるんだ。唐突に来る地面からの奇襲。それを凌いだかと思えば、次から次に地面から這い出してくるモグラの群れ。気付けば体に取りつかれて、全身モグラまみれだ。あいつらの攻撃方法知ってるか?かみつきだぜ?全身にまとわりついたモグラたちが一斉に自分の体にガジガジガジガジ噛みついてくるんだよ。地面の上でピラニアに襲われたみたいな感覚かな?それを必死に振り払っても、町への門は閉まってて逃げ場は無い。夜が明けるまで延々モグラを相手にし続けなきゃいけないんだ。この意味わかるか?」
「…………」
ある種トラウマのようなものも含めて、まくしたててしまったが、エルトールの表情を見るに、どうやらその壮絶さは伝わったらしい。いや、良かった良かった。
「ああ、ちなみにモグラの素材も買い取り価格下がってるらしいからな。あいつら相手にするメリットってほとんど無いのかも」
「よくわかった。俺は素直に昼間、森へ行くことにしよう」
「それがいいのかもな。レベル差で多少の苦戦はあるかもしれんが、どうにかなるレベルだろうし」
「そうだな。パーティでも組めば安全に行けるだろうし、なんとかなるだろ」
「うん?」
「うん?」
はて、こいつは今なんと言ったのだろうか?
「エルトール、お前誰かとパーティ組むの?」
「え?うん。そのつもりだけど、どうした?」
「組む相手とかいたのかお前……」
「失礼だな!ちゃんといるよ。てかさっきまで一緒に狩りやってたし、明日も組む約束はしてるからな」
「なん……だと……」
「なんでそこまでショック受けてんだよ!?」
「いや、あまりに想定外だったために、少々おどろいてしまった」
「話し方おかしいぞオイ!」
「そういえばあったなパーティなんてものも……」
「うん?」
言われてみれば、確かにパーティを組んで狩りをしているプレイヤーもいたな。気付かないうちにソロプレイすることが自分の中で確定していたせいで、無意識のうちにほかのプレイヤーもそうだと決めつけていた。いや、うっかりしていたな。
「ちょっと待て。リケット……お前まさかずっとソロで?」
「何をいまさら。てかそもそも鍛冶やることにしたのだって最終的には自己強化が目的だぞ?今後の方針の中にもPT組んでどうこうってのは思いつきもしなかったし、基本ソロでのプレイしか想定してない!」
「胸張って答えてんじゃねぇよ!!バカだ……本物のバカがいる」
「バカとかお前にだけは言われたくない」
「うっせぇぼっち!」
「ぼっちじゃねぇよ!」
「どう考えてもぼっちじゃねぇか!!つかお前レベル8だとか言ってたよな?モグラの事も知ってたし……。まさかお前あれだけトラウマっぽく話してたモグラもひとりでやったのか?!」
「だから言ってるだろ、PTとかそもそも忘れてたって」
「うわ、ありえねぇ!いくらアシストあるからって無茶やりすぎだろ?!」
「ん?俺アシストじゃなくてブーストだけど?」
「……え?お前ブースト選んだの?あれだけ酷評されてたのに?」
「いや、そもそも酷評されてること自体知らないし。初日からやってる人間が、ゲーム開始以降の評判を知ってもどうしようもないだろ?」
「聞いた話じゃ、ブースト選んでた人の内で結構な人数がキャラ作り直したらしいけど」
「え?うそだろ?」
「いやいや、マジだよ。なんとなくでブースト選んだ人たちが、後からアシストの性能聞いてキャラ作り直したって話。後発でロウジットやろうって奴らはほとんど知ってるよ」
「確かに現段階じゃブーストの魅力薄いかもしれないけど、後半になればいろいろ開花するかもしれないだろ?大器晩成みたいな感じでさ」
というか、その見込みの方が圧倒的に高いだろう。
「そうかもしれないけど、このゲームの難易度考えたらわりに合わないってさ。だから今プレイしてる人たちでブースト選んでるのは極少数だと思うぞ」
「へー……まぁなんでもいいけどな」
「今からキャラを作り直すつもりは……無いんだろうな」
「当然だろ」
「だよなー……。つか、数十単位で襲ってくる敵の群れをアシスト無しで乗り切るとか、どこの戦闘狂だよ」
「さすがの俺も一回死んだからな。成功したのはしっかり準備をした二度目だけだ」
「それができてりゃ充分だろ。むしろ二回目で成功させるとか、リケットって意外とすごいやつ?」
「なんだ?急にどうした?まぁいい、褒めるならもっと褒めろ。むしろ褒め称えろ」
「ぼっちさんマジすげー」
「ぶっころす」
そんなこんなでエルトールとバカ話をしながら、お互いの情報を交換し合った。その流れでパーティに誘われたが、断っておいた。レベル差もあったが、俺としては自由に動けるソロが一番心情的に楽なのだ。
それを言ったら「真正のぼっち」認定されてしまった。不本意だ。




