02 ―― アロッズ4
広域探査拠点は、徒歩で約3日の所にあった。
2頭の馬に荷物を載せて、ついでに体力の衰弱しているウィンドも背中に乗せて6人は往く。
この辺りは戦闘力に乏しい根の民の探し屋が居た事からも判る通り、魔獣魔物の類は少ない場所であり、その道中に襲われるという事も無かった。
昼は森を越えて移動し、夜は焚いた火を囲んでの野営。
下生えを適当に刈り取って作った野営場所の真ん中でパチパチと焚き火が燃える。
夕食後のひと時。
馬は眠り、エリックとジャンは深夜の不寝番に備えて寝具に包まれ、ツィーは繕い物をしている。
明日には目的地にも着こうという事もあって、穏やかな時間が流れている。
そんな中でサムライは塔界の新人であるビスノスカとウィンドに色々な事を説明していた。
世界講座、今宵はCに関してだった。
「Cと総称される理由は、俺たちが登る者であり挑む者であるからだ」
塔に挑み、魔物魔獣へと挑む。
故に、略してCであるという。
だがしかし、とサムライは続ける。
「挑むというのは大きな事だ。死んでも生き返れるCとはいえ、死ぬのは辛いことだ。だから挑めなくなる奴も居る。最初から挑まなかった奴だって居る」
生き返れるとはいえ、死という痛みは耐えがたい苦痛を与えてくる。
幾度も死んで生き返った歴戦のCが、ある時、急に心が折れるのをサムライは見た事があった。
それに、死なないCとはいえ、例外だってある。
消滅 ―― 魂すらも根こそぎ消えうせるという事だって、極々稀にあるのだ。
気の良いフロネシスはもう居ない。
もはや居ない友人を思い、戦うという事の恐ろしさをサムライは新人である2人に説明していく。
手に汗握る冒険談等という生易しいものではなく、正に生と死の境界線を往復するような酸鼻なる日々の詳細だ。
腕が食われ、肺腑を焼かれる。
無論、被害者になる事と同じくらいに加害者になる。
撃ち斬り殺し、果ては空腹に耐えかねて相手を喰った事だって。
そんな、むせる程に血生臭い日々だ。
サムライが逸話を1つ話すたびに顔色が悪くなっていく。
ワイバーンという大型翼竜に下半身をガジガジと齧られながら相手の脳天にM14 RASの7.62mm弾を1マガジン分叩き込んだという下りでは、ウィンドなど卒倒しそうになっていた。
或いは、ドン引きしていると言うべきか。
少し言い過ぎたか知らんと、内心で反省するサムライ。
とはいえ、サムライも気は使っていたのだ。
話した内容は、盛っていない所かオブラートに包んでいたのだから真に救いが無い話である。
とはいえ、逃げ道が無いわけではない。
それが根の民。
不老不死に極めて近い肉体という利点と神の枷に縛られるという欠点を併せ持つCの身を捨て、有限定命儚くとも自由な命へと生まれ変われるのだ。
大地と共に生き、そして死ぬ。
大地に根を張るが故に、根の民という。
「だから誰も君たち2人に戦う事を強要する事は無い。だが、1つだけ忘れてはいけない事がある。それは故郷には戻れなくなるという事だ」
大地に、塔に根をはるという事はそういう事なのだから。
朝靄の中を、口数少なく進む一行。
中でもウィンドとビスノスカは静かだ。
否。
俯き加減で歩いているのだ、打ちのめされての意気消沈というのが近いだろう。
そんな2人の様子に、サムライは一計を案じる事とする。
チョイチョッとツィーを呼び、そっとMg金貨の詰まった皮袋を渡す。
「ベースに付いたら、あの子達を頼む。服とか諸々と甘いものでも食べてきてくれ」
Mg金貨は1枚で1万Mg分の価値を持つ。
それが3桁近く入って、決して軽くない皮袋をツィーはおしいだいた。
「お任せ下さい我が君」
「頼む。暗い顔は嫌いなんだ」
過酷な現実に折れそうになるのは仕方が無いが、折れないように手助けするのは大人の義務だ。
そうサムライは考えていた。
ボタン付きのポケットへと皮袋を収めたツィーに、そういえばとサムライは言葉を続けた。
「それからツィーも自分用にナニかを買えば良い。それだけあれば、かなりの豪遊したって使い切れない筈だ」
「欲しいものは選んで頂いたものです」
1人だけ買い物から仲間外れなんてという気持ちに、慰労も込めての発言だったが、ツィーの返事は違っていた。
どうせなら、プレゼントをして下さい、と。
「判った。なら今度、一緒に回ろうか」
「はい、有難う御座います」
頭を下げたツィーの顔は僅かに綻んでいた。
たどり着いた広域探査拠点は“キャンプ”などと名づけられているが、決して天幕、テントの群れではなく、れっきとした木材での家々が立ち並ぶ場所であった。
川から適度に離れており、林を切り開いて作られている。
物見櫓も立てられ、外周には建設が面倒となる強固な壁こそ無いものの、有刺鉄線が2重に張り巡らされ組み立て式の簡易防護塀が用意されている。
無論、これは対人などではなく、魔獣魔物への警戒だった。
小さな、だが紛う事なき要塞だった。
名は第341広域探査拠点、開設者の名前を取って“アロッズ4”と呼ばれていた。
運営しているのは大誓約議会の機関の1つである攻略局の支援部だ。
名前の通りCの塔攻略を全般的にサポートする組織である。
広域探査拠点は、探査組による未踏破領域解明の支援 ―― 活動基盤の提供が目的であった。
大型都市並みとまでは行かないが、衣食に始まってある程度の武器整備や医療サービスまで提供しているのだ。
当然ながらも有償ではあるが、それ故に探索で稼げた魔力を金に換金する事も出来るようにしている辺り、至れり尽くせりという按配であった。
木製の門を抜けた先、アロッズ4の街中は、大小様々なテントやら小屋やらが立ち並び、賑やかであった。
人が翼人が獣人が、様々な人間が居た。
モノを食う人。
モノを売る人。
モノを飲む人。
笑っている人。
騒いでいる人。
喧騒、人の営みがあった。
「へぇー」
圧倒された様に感嘆の声を漏らしたのはビスノスカか、或いはウィンドウか。
どちらにせよ2人とも久しく見なかった社会に驚いていた。
彼女たちは、連れて来た探し屋が全滅した場所まで人跡の疎らな森を1週間近く掛けて来ていた。
厳しい情報の保護、否、秘匿。
それは他の探し屋に情報を探られない為の処置だった。
ビスノスカ達を支配していた情報屋は、確度の高い情報として、あの全滅した森に何らかの構造体が存在している事を掴んでいた。
だがそれだけでは金にならない。
明確な場所を発見してこそCは、大誓約議会は情報を買うのだから。
小さいモノでも、人が1年は遊んで暮らせる金を。
大きなモノともなれば、一生遊べるだけの金を。
万が一にも、塔界を繋ぐモノであれば、3代に渡って豪遊出来る様な金が支払われる ―― そう言われていた。
だからこその情報は秘されるのだ。
尤も、そうでなかったとしても探し屋は、Cの作った場所を使おうとはしないものであったが。
それは彼らが根の民であるが故の僻みであり憧れであり嫉妬であり垂涎であり、種として上位的存在であるCに対する複雑極まりない矜持が故にであった。
とはいえ大抵のCは、そんな根の民の感情にはトンと関知せず、根の民への忌避など無かった。
或いは、それもまた根の民の感情を傷つけているのかもしれないが。
兎も角、だ。
情報漏えいを恐れ、町や村などでは人目を忍ぶ日々が続いていた2人は、只の喧騒であっても眩しいものに見えていた。
そんな微笑ましげな2人の後ろにそっと控えているツィー。
興奮した2人が行方不明などにならないように、との配慮もあった。
エリックとジャンは宿に備えられた厩舎に馬を入れ、様々な道具を入れた箱 ―― 異次元空間に直結して容積よりも大きな容量を持った魔法の道具箱を背負う準備をしていた。
そうこうしている内に、サムライが帰ってくる。
馬場の手続きをしていたのだ。
「じゃぁ、後は予定通りに。合流は何時もの店で」
「飲んでていいんですか、いいんですよね!」
「ああ。持ってやるから店の酒蔵、空にしてみろ」
喜色満面で内臓を消毒したいというエリックに、サムライは、むしろ嗾ける様に笑った。
楽しみの無い森の中につき合わせているのだから、との事だった。
タダ酒宣言に、ジャンも笑う。
酒の嫌いな奴は居ない。
特に、ただで飲める酒を。
「よっしゃーっ! 流石我らが主殿、話が判る!! こりゃぁ、とっとと仕事を終わらせないとな!!!」
「そうだな。先ずは食料品から回るか」
常以上のやる気をかき立てられた男性陣は、食料その他、野営に必要な消耗品の補充に動き出す。
女性陣は、ツィーが先導する。
が、その前にビスノスカは買い物のお金をサムライが全部持つと聞いて、慌てて振り返った。
視線の先には、サムライ。
離れて遠く見える背中だが、ビスノスカには大きく見えた。
その横にウィンドがそっと立つ。
「後でお礼を言いましょう」
「はい」
1人となったサムライは、アロッズ4を管理する建物に来ていた。
他の建物と同様に簡便な組み立て式ながらもその外観は貧相ではなく、大誓約議会の威というものを感じさせる作りであった。
尤も平屋作りの間取りは4Dk程度なので、あくまでもそれなりでしか無かったが。
「良いかな」
事務室の入り口、その扉を叩いて来訪を伝える。
中に居るのは2人の事務員と事務長 ―― この第341広域探査拠点の主でもあるアロッズだ。
中肉中背の体格を、白いシャツに紺色のズボンに収めるという、実に没個性的な装いをしている人であった。
否、只の人ではない。
右の額からニョッキリと角を生やした鬼人だった。
外見年齢と実年齢が合致しないのがCであるが、このアロッズという鬼人は、外見だけで言えば中年風であった。
彫りの深い顔に刻み込まれた皺と、白髪の入った髪。
眼鏡が目元を柔らかくしている。
それが大誓約議会攻略局支援部第4課第1隊長を務める男であった。
書類から顔を上げたアロッズは、サムライを見ると相好を崩した。
「サムライか、お帰り」
「ああ」
立ち上がったアロッズの所作には隙は無く、流れる様に歩く。
その様、寸鉄を帯びずともこの男も又、一角の武人である事を示していた。
「君が短い時間で顔を出すという事は成果があったか? この場ではなく応接室で話そう ―― 珈琲を頼む。濃い目にな」
最後の言葉を事務員に告げるたアロッズは、サムライを奥の応接室へと誘った。
応接室に設えてあるテーブルやイスなどの調度品は基本的に持ち運びの楽そうな、簡素なモノで揃えられている。
イスはパイプフレームにカンバスを張っただけの粗末なモノであったが。
テーブルも簡素な折りたたみ式である辺り、ここアロッズ4が仮設の場所である事を示していた。
とはいえ、配慮としてイスにはクッションが敷かれ、テーブルにもクロスが掛けられてはいたが。
サムライがクロスの掛けられたテーブルに差し出したのは魔力探知端末だ。
幾つかの操作で探索過程が表示される。
「地下のトンネル構造体を発見した。規模はB、バアルが出た」
赤裸々に表示される戦闘経過に、アロッズは楽しそうに笑う。
血の気の多い鬼人にとって、サムライの行った救出劇は実に素晴らしい冒険であった。
「ほう。上位魔獣とも単独戦闘、そして撃破か」
駆け出しは後ろも見ないで逃げ出せ ―― それで逃げ出せれば幸運。
中堅なら対上位魔獣編制のチームで立ち向かえ ―― それで死なずにすめば幸運。
それが上位魔獣なのだ。
とはいえバアルは単独で、しかも護るべきものがあって行動の自由が限られていたのだ。
倒す相手として困難ではなかったとサムライは笑う。
「流石、元最前線組といった所か?」
「まだ現役の積もりだ」
「なら、復帰出来る日を楽しみにしておく」
サムライが探査組に居る理由を知っているアロッズは楽しそうに笑い、珈琲を口にしていた。
さて、サムライがアロッズの所に訪れた理由は、別に自分の冒険話を聞かせる為ではない。
商売に来ていたのだ。
商品は情報、バアル達の居たトンネル構造体の位置情報だ。
これは階層と階層を繋ぐ主要構造体を攻略すると共に、階層の構造を明らかにする事で世界構造を解明し、より攻略を効率的に行おうというものであった。
但しコレは、理由の半分である。
のこる半分の理由として、大誓約議会資源局が関わっていた。
そう、資源局だ。
これは魔獣魔物が居住したトンネルや迷宮などの構造体から、魔獣魔物などへと魔力を補充する石、魔力充填石 ―― 一般に魔充石などと略称される資源が取れる事が理由だった。
魔充石は石炭染みて燃やすなどの燃料にしたり、或いは武器を作る際に砕いて混ぜて魔法への親和性を高める等の使い方が出来る、正に万能鉱石だった。
トンネル構造体の詳細な位置情報と、設置した誘導灯の魔力探知端末への受信コードを伝える。
対して、暫定の対価が払われる事となり、秘書役の女性がテーブルには数枚の紙を用意する。
契約書と小切手だ。
発見の対価は決して安くない。
階層を繋ぐ規模Aの発見に比べれば安いが、それでも複雑規模の規模Bとなれば家の一つや二つは建てられるだけのお金が支払われるのだ。
それも暫定で、だ。
魔充石の鉱脈を査定して支払われる正式な対価では、その鉱脈の規模次第で更に1桁上の金額さえ発見者は受け取れるのだ。
そして大事な事が1つ。
その対価は情報に対して支払われるものであり、そこにCや根の民に差は無いのだ。
根の民からすれば、一生掛かっても得られない大金を得る手段なのだ。
故に、命の危険を冒して尚探し屋をする根の民は多かった。
兎も角。
契約を交わし、小切手を受け取ったサムライを珈琲片手に眺めつつアロッズは尋ねた。
次はどうするのか? と。
「幾つか魔力反応が出たオススメのエリアがあるんだが__ 」
「いや、悪いが野暮用が出来てな」
「野暮用だと?」
「ああ。ひな鳥を拾ったのでね、中央区に行ってくる」
アロッズ4に幾つか有る酒場兼業の宿屋でサムライが定宿としているのは、高くを望む者亭という店だった。
太陽と月とが描かれた看板が目印であり、宿代などやや割高ながらも美味い料理と酒を出す事で知られていた。
「ご免」
開き戸を押して入るサムライ。
もう夕暮れだ。
窓から差し込む夕日が赤く染めた店内は、猥雑な活気に包まれていた。
エールやラガー、ワインなどで満たされた杯が盛んに傾けられ、テーブルに載せられた料理が次々と消えていく。
乾杯の声、笑い声、或いは自慢話や苦労話に花が咲く。
今日の苦労を洗い流し、明日への英気を養う。
正しい酒場の姿だ。
今が盛りといった喧騒に、少し遅れたかなとサムライは内心で思いつつ店内を見渡す。
遅れた理由は別にたいしたものではない。
アロッズの所でセントラル ―― Cが初めに降り立った場所であり、支援3種族の拠点であり、大誓約議会の本部が置かれてもいる、Cにとって世界の中央、中心となる都市への移動に関わるアレコレを済ませ、雑談と情報交換をしていただけなのだ。
しかし、思いのほか時間を食った様であった。
と、奥の方で特徴的な翼が見えた。
激しくピコピコと動いている。
待ち合わせには最適だな、などと思いながら、テーブルの隙間を縫っていく。
「盛り上がっているな」
疑問符は、無い。
テーブルに溢れんばかりに並んだ料理、酒瓶、空きジョッキに空き皿の山。
そして笑顔。
実に楽しそうな笑顔がテーブルを囲んでいるのだ、確信する他無いだろう。
「遅かったですな!」
おどけた風にジョッキを掲げてみせるのは、宴会大将のエリックだ。
「何、野暮用だ」
空いていた席に座る。
と右隣に座っていたツィーが、そっと店員を呼んで注文してくれる。
ラガーだ。
すぐさまによく冷やされたガラスのジョッキに並々と注がれた、キンキンに冷えた黄金色の液体が届く。
「我らが主!」
エリックがジョッキを掲げ、ジャンもそれにならう。
ツィーがグラスを掲げる。
サムライも力強く持ち上げる。
ビスノスカは慌ててコップを掲げ、ウィンドは食べかけていた肉を口の中に頬張りながらコップを掲げる。
「乾杯!!」
唱和する声。
ぶつかり合うガラスの鈍くも澄んだ音が、酒場の賑やかさに華を添えた。
基本的に無礼講となる飲み会は、サムライの参加をもって益々加速していた。
2杯目のジョッキをチビチビと飲み、濃い味付けの料理に箸をつけながらサムライはテーブルの面々を見る。
何がしの馬鹿話をしながら楽しそうにジョッキを傾けるエリックと、静かに相槌を打つジャン。
ツィーは楚々とした感じでワインを片手に綺麗に料理を食べ、或いはサムライに給仕をしたりしている。
幼くてこの手の雰囲気が初めてのビスノスカは、周囲を見ながらオドオドとした感じでペロペロとシードルを舐め、料理を味わっている。
そしてウィンドは、喋るよりも飲むよりも食うに走っている。
美味しいのだろう。
美味しくて堪らないのだろう。
一口頬張り、味わい、飲み込むたびに羽がピコピコと動いている。
宴会主催として、楽しそうで何より。
そんな風に思いながらジョッキを傾けるサムライ。摘みをと手を伸ばした所でビスノスカがじっと見ていた事に気付いた。
目線が合う。
「ん?」
酒精もあって、ほんのりと目の周りを朱色に染めて、口元はコップを両手で持って隠している。
何となく小動物っぽい可愛らしさがある。
何かを言いたそうな、でも言い辛い ―― そんな態度だ。
「あっ、あの・・・・」
そこまで言って、押し黙る。
沈黙。
俯いてしまう。
それから一気にコップのシールドを飲み干して勢いをつけ立ち上がり、ヒラリとその場で一回転。
シャツの裾がふわりと浮き上がった。
だがそこから、オドオドとした感じで尋ねてくる。
「に、似合いますか」
可愛いとしか言いようの無いビスノスカの仕草に、サムライも破顔する。
子供らしいな、と。
「よく似合ってるよ」
焦げ茶色のズボンにベージュ色のシャツ。
こんな場所の店の商品なので華というものは無かったが、それが逆にビスノスカという少女の持つ可愛らしさを強調させていた。
「そうですかっ!」
「ああよく似合ってる。可愛い服は街で買おうな」
「色々と、ありがとう御座います」
「どう致しまして ―― ?」
と、見ればウィンドも食べる手を止めてサムライを見ている。
咀嚼はまだ止まらない。
モゴモゴモグモグ、ゴックン。
嚥下音が、何故かサムライの耳には大きく聞こえた。
コレは自分もという事なのだろう。
そうアタリを付けたサムライは、マジマジとウィンドを見る。
濃い緑色のカーゴパンツに、上は体のラインがハッキリと出る伸縮性が高い素材の黒いタンクトップを着込んでいる。
タンクトップというには首元まで隠れている辺り、アンダーシャツ風でもあったが。
恐らく、その背中の羽との兼ね合いでのチョイスなのだろう。
似合ってはいる。
黒のタンクトップと白い翼は綺麗なコントラストをしていて、実に良い感じである。
我侭とまでは言わないでも中々のバストが上半身のラインを綺麗に描かせており、そのラインをタンクトップにて見せ付けている辺り、自信だってあるのだろう。
だが、とサムライは思う。
視線が顔から下がる。
乳房から下がる。
腹から下がる。
下腹部を見る。
可愛くもポッコリとなったお腹。
「似合ってはいるけど、食べすぎは注意だな」
視線の具合から、過たずにサムライも意図を理解したウィンドは大きく叫んだ。
顔を真っ赤にして、立ち上がって力いっぱいに。
「セクハラ禁止ぃっ!!!!」
高くを望む者亭の夜は賑やかに暮れて行く。