06 ―― 鬼蜘蛛vs戦鬼
親玉見物なんて軽くは言えどサムライは油断無く、警戒を緩める事なく進む。
ゆえに、その背を追うビスノスカも、息を殺すようにして静かに歩む。
どれ程に進んだ頃か、ビスノスカの呼吸が少しづつ乱れだしたのをサムライの耳が捉えた。
さもありなん。
疑問を感じる事も無くサムライは1人、納得する。
薄暗い迷宮の中、常に警戒し続けながら歩くという事は簡単に人を消耗させる。
子供であれば特に。
初心者であれば当然に。
故にサムライは、言葉を操る。
「少しだけ休もう」
「あっ、はい」
小休憩の声掛けにビスノスカは、自覚せぬままにホッとした雰囲気で言葉を返した。
KEL-TECを抱え込むようにしゃがみ込む。
小さな体が、更に小さく見える。
子供なのだ。
事実、子供なのだ。
そんな子供を鉄火場に入れねば成らぬという事に、それが是非もない ―― Cとして呼ばれたが故である事を理性で理解しても、納得はしたくない。
それがサムライは自身の品性、そして矜持だった。
自責。
苛立たしさと歯がゆさとをかみ殺しながらサムライは、念のために魔力探知端末を確認する。
赤い輝点は見えない。
「ん、敵は見えないな」
その事を言葉にするサムライ。
少しでもビスノスカが気を抜けるようにとの心遣いだ。
そして水筒を差し出す。
「飲むか?」
「ありがとう御座います」
その小さな手で大きな水筒を両手で抱えてゴクゴクと飲む。
余程に緊張して疲弊していたのか、勢いが良い。
そんな様を微笑ましげに見ていると、サムライはポケットに甘いものを入れていたのを思い出した。
果たして、念の為にとタバコなどと一緒に防水ビニル袋に入れていたそれは、水が入った様子も無く無事だった。
焦げ茶色の包装紙に包まれた魔法の職人製のソレは、日本製の味を100%再現したチョコレート、ミルク・チョコレートだ。
体温なんかでだろうか、摘まんでみればクニクニと柔らかくなってはいるが、味は大丈夫だろう。
「腹は減ってないか? 良いものがあったんだが食べないか?」
「え、っあっ!?」
飲み終わって人心地ついた ―― そんな所で差し出されたチョコに、ビスノスカは目を丸くして驚く。
「チャカラート、なんですか?」
「ロシア製じゃないが日本製だって悪くないぞ、甘くて美味しいぞ」
両手でそっと握ったチョコレートに、ビスノスカの視線は釘付けとなって動かない。
包装紙の隙間から漂う甘い匂いに、鼻を小さくヒクヒクとさせた。
マジマジと手の中のチョコレートを見る姿はまるで小動物の様であり、年相応の幼さを漂わせている。
「食べて、食べて良いんですか」
おずおずと問う声に、サムライは笑みを隠さずに促す。
「ああ。甘いものを食べると、疲れも飛ぶさ」
笑み崩れながらチョコレートを齧るビスノスカの姿に、サムライは子供は銃持つよりもお菓子を持って頬張っている方が似合っているとほろ苦さを感じていた。
否、銃を持たせたのは俺か、とも。
世界がソレを強要しても、拒める強さが欲しい。
そんな夢想染みたことを割合に真剣に考えながら、サムライは自らの装備の確認に取り掛かる。
蜘蛛達の首魁とのご挨拶は直ぐ近いと判断してだった。
とはいえ基本的なモノに問題は無い事を確認しているので、行うのは切り札の在庫チェックだ。
44AoutMagにあるのは対魔万能弾ではない。
小銃てき弾の用に拳銃の筒先に取り付けて使用する対魔外装弾だ。
その名の通り魔獣が纏っている魔力による障壁を打ち消す弾殻と、モンロー効果によって魔獣の外皮を貫いて痛打を与える弾芯という二重構造になっているのだ。
只の拳銃に、上位の魔獣をも屠る手段を与えるという、実に凶悪な代物であった。
その対価という訳ではないが、当然、欠点はある。
先ず問題なのは値段であり、並みの拳銃よりも遥かに高額なのだ。
拳銃弾ではない、拳銃だ。
その余りの値段から金塊を投げるような弾 ―― 金弾なるあだ名もある程だった。
更にもう1つの問題としては、劣悪過ぎる命中精度だろう。
10mも離れれば、移動する魔獣には先ず当たらないという、別の意味で凶悪な代物なのだ。
手間やコストを考えれば自動小銃や或いは機関銃などを持ち歩いたほうが余程に使い勝手が良いだろう。
要するに対魔外装弾とは、如何に拳銃に大火力大威力を付与するかという事だけを突き詰めた、趣味の兵器であるのだ。
サムライはそれを2発、持ってきていた。
本人は『携帯性に優れたお守りだ』等と嘯いてはいるが、本人の趣味人的な性格が大きな理由であろう。
兎角、その高価な2発を取り出して確認する。
直径は4cm、全長で15cm程。
金色の塗装がされた風帽が特徴的な外観に異常があるようにも見えない。
その事に満足してか、無精ひげの隙間から覗くサムライの口元が小さく歪む。
笑った。
「サムライ?」
「食べ終わったか? なら、行こうか____」
と見れば、チョコレートは半分ほど残っている。
美味しくなかったのか? と尋ねれば、凄く美味しかったとビスノスカは反した。
なら何故に残したのかといえば、それは友の為だった。
「こんなに美味しいのを独り占めって嫌です。ウィンドにもあげたいんです」
健気過ぎる理由に、サムライは只々嘆息する。
こんな娘を戦場に放り込むなんて、間違えている。
そしてそれをやらかしたカミサマは本気でクソッタレ野郎だ、と。
口から飛び出しそうな罵声を噛み殺し、朗らかに笑う。
そこにぎこちなさが無いのは、年の功だろうか。
「ならとっとと助けてやらないとね」
「はい!!」
対魔外装弾を腰のポーチに戻したサムライは笑い、緊張感を漂わせる事もなく自然体で歩き出した。
ビスノスカはその背を緊張に身を張りながら、だが此方も笑顔で追うのだった。
前に進む2人。
油断の無いしっかりとした足取りは、何時しか蜘蛛たちの親分が居る場所へと辿りつかせた。
「居るな」
扉みたいな人工物は無いものの、今までの洞窟構造とは明らかに違う風情の場所 ―― 広間の入り口だ。
魔力探知端末を見れば赤い光点が2つ、そして青い光点も見える。
親玉蜘蛛の居室兼食料部屋といった按配だろうかと、サムライはあたりをつけた。
「居ますか」
「ああ。君の友人だっている。生きてる」
「良かったぁ」
ギュッとKEL-TECを握る手に力が篭った。
目には目の輝きに決意が加わる。
対してサムライの様には変化は無い。
常に戦う仕度は整っているのだ。
常在戦場、重ねられてきた経験がその身に与えた力、只の17歳の小僧っ子が塔界に捉えられ、培わざる得なかった力だった。
ビスノスカの初々しさに、少しだけサムライは過去を見た。
血と涙と汗、そして小尿を撒き散らして泥まみれになって殺して死に続けた日々を。
新人と古参。
この子も又、自分の様になっていくのだろうか、と。
否、失禁とかしてないだけ、俺より上等かもしれない。
そんな愚にもつかない事を一瞬だけ考え、それからサムライは目前の戦闘に意識を集中させた。
「戦だ」
笑うサムライ。
その口元に浮かぶ笑みは、兎角、攻撃的な彩りに満ちていた。
さて戦であるが、先鋒となったのはサムライだった。
ビスノスカを入り口に待機させ、只1人で勢い良く広間へと突入する。
床を蹴り、砂を巻き上げて奔るその様は、正に勇躍と言うが如しだ。
両手に持った44AoutMagの射程に捉えんとするが、広間の中央に居たのは老成していると思しきアラクネが1体だけだった。
「居ないっ!?」
舌打ち。
そしてサムライは発砲するよりも全周警戒を行う。
背を伸ばして警戒してくるアラクネに注意しつつ左右を確認、居ない。
牽制に発砲しつつチラリと見上げた天井にも、居ない。
ならば何処に ―― そこまで考えた瞬間、サムライの脳裏をチリチリと焼く様な痛みが流れた。
それは直感。
Cに与えられた、根の民には持ちえぬ神の恩寵、技巧と呼ばれる技術体系の中でも戦闘特化の戦闘技巧の1つだった。
効果は被奇襲時の警告。
「っ!!!」
カースという呪いの名通りに発動 ―― 敵の奇襲を察知した瞬間に流れた痛みに、サムライは反射的に跳んだ。
バック・ステップ、後方への退避。
直感に加えて、戦闘経験によって研ぎ澄まされた感覚が、敵が地中に居ると教えたのだ。
だがその反応は少しばかり遅かった。
足元から吹き上がる砂と共に、影が飛び出す。
そして一閃。
鮮血が迸り、影が落ちた。
サムライの右腕が。
「サムライ!」
ビスノスカが悲鳴を上げた。
吹き出た血がサムライの服を、大地を染める。
まがう事なき致命傷 ―― 普通であれば。
根の民であれば、極普通のcであれば。
だが、サムライは違う。
かつては塔界攻略の最前線に居て、今でも最上層の未発見迷宮探索を1人で行う様な、根っからの攻略者なのだ。
切っ先の名は伊達ではない強者、戦鬼。
故に、呆れる様な激痛の下で、笑った。
流れ出た血で頬を汚して、凄惨に。
「バアルか、油断したよこの野郎」
砂中から飛び出しサムライの腕を断ったのはバアル、鬼蜘蛛等とも呼ばれる、蜘蛛の体に鬼の様な牛の様な顔を持つ魔獣だった。
上の中から下に居る、アラクネよりも更に上位の魔獣だ。
そのバアルがアラクネの前に立ち、その身を護るようにしている。
このアラクネの良人なのだろう。
アラクネから離れて接近戦を仕掛けてこないのはCの持つ遠距離攻撃手段への警戒、アラクネへの直接攻撃を防ぐ為だろう。
奇襲を仕掛けてきた事もそう。
上位の魔獣は本当に知恵が回ると、痛みを誤魔化す様にサムライは考えた。
まだ余裕を、余力を失っていなかった。
だが完全に余裕を無くした者も居る。
ビスノスカだ。
「引いて下さい、サムライ! 支援します!!」
後ろから投げられた悲痛な声、だがサムライは苦笑と共に断る。
この程度で、と。
「そんな、右腕が! 血だって!!」
悲鳴を宥めるようにと、サムライは見られた右腕を掲げで見せた。
血は既に止まっている。
そして傷口に光が集ってくる。
「えっ?」
そして再生。
魔力が編み上げられ、無から有が生まれる様に右腕が生まれる。
これも又技巧 ―― 生体技巧の1つであり、身体に重大な損傷を受けた際に自動的に発動する、自動修復であった。
「まぁ見てろ。これからが俺たちCの戦闘って奴だ」
言葉は背中へ、視線は前へ。
油断なく強敵の様を見ながらサムライは右腕の再生に伴った痛烈な痛みを噛み潰し、確認する様に右腕を動かす。
握って開いて。
傷ひとつ無いまっさらな指先は滑らかに動き、自動修復発動後特有の倦怠感はあるが痺れなどの後遺症は見られない。
その事に満足しつつ、サムライはバアルを見る。
バアルも又、油断無くサムライを見ている。
交差する視線。
「コレだけやられたのは久方ぶりだよ」
戯言の様に言葉を連ねるサムライ。
無精ひげに覆われた口元が緩み、そしてその重心がゆっくりと前に掛かっていく。
疾駆。
走りながら44AoutMagを連続射撃。
1発2発3発 ―― 全弾が命中するが、ダメージを与えられない。
否。
弾丸がバアルへと着弾していないのだ。
それ程の強度を持つ魔力障壁を、バアルは持っていた。
「おうおう硬い事で」
軽口を漏らし、それまでの直線的な突進からコースを変える。
動きづらい砂地ではあるが、足を取られる事も無く軽快に、そしてジグザグと不規則に動きながら44AoutMagの弾倉を交換する。
「グゥゥツゥ!!」
うなり声を上げ、小賢しいとばかりに首を振るバアル。
サムライの腕を切り飛ばした鋭い前足が大きく振り上げられる。
体を大きく見せる。
威嚇だ。
威嚇でしかない。
バアルにとって、サムライは脅威足りえていないのだ。
その事にサムライは屈辱よりも可笑しさを覚える。
このバアルはまだ若いな、と。
「Cの怖さを教えてやろう。御代は____ 」
命だと禍々しくも嘯く。
いや、それはサムライにとって奢りでも過信でも無く、事実だった。
ゆっくりとした、だが隙の無い動作でマガジンを交換、初弾を再装填する。
その動きに何かを感じてか、バアルも動き出す。
身を小さくし、体にバネを蓄える。
にらみ合うサムライとバアル。
両者の撒き散らす緊張が、空間をゆっくりと軋ませていく。
空気が凍る。
立っていられない程の緊張感に、ビスノスカは固唾を呑んでKEL-TECのグリップを握りなおした。
掌を湿らせた汗が、KEL-TECを覚束ないものに感じさせるのだ。
戦闘に立ち会った事は多かったが、当事者となったのは今日が始めての少女にとって、ベテランのCと上位魔獣の対峙は刺激的過ぎていた。
そんな恐怖にも似た緊張感に包まれつつ、ビスノスカは必死になってサムライへの支援を考えていた。
既に初弾から対魔万能弾を装填しているので、ダメージは ―― その多少は問わずとも、与えられるだろう。
だが同時に状況が動く。
戦がどう動くか判らない。
故に決断が出来ない。
だから撃てない、迷うのだ。
ビスノスカは銃を撃てる。
当てるのも得意だ。
だがそれは射撃であって戦闘ではないのだ。
戦士ではなかったのだ。
今は、まだ。
そんなビスノスカの苦悩を無視するが如く、サムライとバアルの戦闘は唐突に始まった。
先手はバアル。
溜め込んだバネを放ち、跳ねる。
水平に、真っ直ぐに、サムライを狙う。
「ヴォォォォォォァッ!!」
涎を撒き散らし、獣のままに吼えるバアル。
鋭利にして重々しい右の前足が振り上げられ、袈裟懸けに振り下ろされる。
だが、その鉈のような前足の先にサムライは居ない。
前へと飛び、前足の内側へと潜り込む。
「ああっ!!!」
負けてならずと言わんばかりにサムライも吼え、そして撃つ。
1丁となった44AoutMagを両手で構えて撃つ。
前に飛んでからのと、めくら撃ち近い形だが距離が近く、相手は大きい。
だが.44AMPはバアルの身を抉れない。
突進してきた勢い、そのまま真横に跳んだのだ。
その3mを優に越える巨躯からは容易に信じられない程の身軽さで、回避したのだ。
だがサムライとて歴戦。
バアルの咄嗟回避に慌てる事無く、その動きを追う様に撃つ。
1発、2発、3発 ―― 命中せず。
跳ねる、跳ねる、跳ねる。
バアルは縦横に跳ね、避けようとする。
4発目 ―― 至近弾。
如何に上位の魔獣といえど、バネを溜めずに跳ねる事は不可能なのだ。
そこにサムライの射撃が追いつく。
5発目、6発目、7発目 ―― 命中。
命中はした。
だが.44AMPが魔力障壁を貫通する事は出来なかった。
根本的に、威力が足りていないのだ。
その事に気付いたバアルは嗤い、雄たけびを上げる。
「ヴゥホォォォォォォッ!!!」
両の前足を振り上げ、雄雄しく吼えるその姿は、正に魔獣だ。
その迫力たるや、少し離れた場所にいたビスノスカが怯える程であった。
「サムライっ!?」
膝をつき、KEL-TECを構えるのではなくお守りの様に握っている。
まだ幼いビスノスカにとってバアルは、その存在自体が暴力であった。
身を縮め、必死に歯をかみ締めている。
だが目だけは違う。
目尻に涙を浮かべてはいてもサムライとバアル、そしてアラクネから視線を外していない。
自分が今、死線に居るのだと理解しているのだった。
対してサムライは嗤った。
余裕と嘲りを込めて口元を歪め、マガジンを交換する。
これで予備は残り1本となった。
残り14発。これを使い切れば後はより威力の弱いJericho 941Lしかない。
だが、焦りは無い。
傍から見ると違い、本人としては予定通りなのだから。
「ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッ!!!!」
走りだすバアル、サムライへ向けて一直線だ。
そこに小細工は無い。
力あるモノの、覇者の道だ。
土埃を跳ね上げる様に走るバアル。
その威武に臆すること無く、サムライは半身を引いて両手で44AoutMagを構え、放つ。
7発の連続射撃。
バアルの牛の様な、鬼の様な顔へと.44AMPが叩き込まれるが、その悉くが弾かれる。
中る。
だが、通らない。
魔道障壁に中った.44AMPは、火花を散らすだけに終わる。
バアルの顔が凶貌に歪む。
勝利を確信し、己に逆らう愚か者へと喰らいつく。
顎を開き、閉じる。
砕く ―― 砕けない。
「ッ!」
何故ならサムライは跳んでいたから。
眼前に迫ったバアルの顔に足を掛け、空へと身を躍らせていたから。
跳びながら最後のマガジンを44AoutMagへと差し込む。
初弾装填。
着地。
ふわりとした挙動、足をバネに衝撃を殺して大地へと戻る。
そして射撃。
1発、2発。
バアルに己の場所を教える為に。
喰らいそびれた獲物の、儚い抵抗に嗤いを強めるバアル。
そして再び突進を開始する。
それは正に慢心。
故に気付かなかった。
獲物が懐からナニかを取り出すのを。
44AoutMagの筒先に取り付けたのを。
否、気にもしなかった。
貧弱な抵抗しか出来ない相手は、鎧袖一触であると確信したのだから。
だから、死ぬ。
確信するように誘導された事に気付かぬままに、その頭へと対魔外装弾が放たれる。
命中。
弾ける血肉。
だがそれはバアルの頭ではなく、体だった。
対魔外装弾の命中精度の劣悪さは、ここでも発揮された。
だがそれは即死でなかったというだけの話。
体の半分を砕かれては、致死である事に変わりは無かった。
「ヴォヴォヴォッ!? ヴォヴォーーーーーー!!」
バアルは哀れなる悲鳴を上げ、痛みに苦しみ悶える。
血を体液を腑物やらを撒き散らす。
それはもはや強者ではなく、哀れなる弱者でしかなかった。
だが、その姿を見るサムライに憐憫も油断も哀れみも無い。
何故なら有り余る魔力を内包する上位魔獣は、魔力障壁と共に身体の修復能力を有する事が多いからだ。
だからこそ、止めをさす。
バアルの頭部へと、もう1発の対魔外装弾を向ける。
Cの自動修復にせよ魔獣の修復能力にせよ、魔力を制御する脳味噌をふっ飛ばせば無効化するからだ。
「Godspeed」
無常の乾音。
そして湿った砕ける音。
バアルは片がついた。
だが残っているものも居る。
アラクネだ。
情夫が戦っていたのに加勢もせず、かといって逃げもせず。
ただじっとしていたアラクネ。
その理由は直ぐに判った。
近づけば威嚇はすれども攻めては来ないその身、その背に卵を護っていたのだ。
「母親って奴だな」
嘆息するサムライ。
ビスノスカも何とも言いがたい表情になっている。
憎むべきと信じた敵が、情を持った相手であると知ったのだ。
引き金に掛けた指に込める力も抜けるというものだろう。
だがサムライは違う。
幾度もの死線を潜り抜け、或いは潜れぬ日を越えて戦ってきたのだ。
躊躇するなど今更だった。
この後に対して迷いなど無く1つ、決断をし、それからビスノスカへと声を掛ける。
「さてビスノスカ、にらみ合いを続けても始まらない。友達を見つけよう」
「あっ、はい!!」
駆け出したビスノスカ。
目指すのはこの場で唯一、中身が詰まって見える繭、糸玉だ。
他にも残骸ッぽいモノが転がってはいるが、生きていそうなのは1つきりだ。
おそらくはソレがビスノスカの友、ウィングなのだろう。
必死に走るビスノスカに微笑ましいものを感じたサムライは小さく笑った。
笑ったままに、アラクネに視線を合わせる事なく懐のポーチから魔道手榴弾を取り出す。
緑の地に赤と青のラインが1本1本ずつ入ったソレは、被害半径10mなlv1の攻撃魔法が封入されている事を示している。
サムライの動きにナニかを感じたのだろう。
アラクネの挙動に怯えが走る。
だが、同時に退こうとはしない。
逃げようともしない。
只ひたすらに、自らを継ぐ命を護ろうとする。
その姿は尊い。
だが、その命を紡ぐ為には人の命が必要なのだ。
根の民も、Cも、等しく喰らう魔獣、それが吸魂の蜘蛛なのだから。
だからサムライは容赦をしない。
「渡世の義理ってやつだな、恨んでくれていい」
やさしく言い切ったサムライは、迷いの無い仕草で魔道手榴弾を投げた。
爆炎。
悲鳴。
生き残ったアラクネには銃弾を。
残った3発の.44AMPで決着はついた。
「だが、謝罪はしない」
返り血を浴び、焔に照らされたサムライの横顔。
それは歴戦の戦鬼の貌だった。