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タワー&クライマーズ  作者: アハト・アハト
第1幕  白い少女と蜘蛛に纏わるDisturbance
6/9

05 ―― 誰かを襲うという事は、誰かに襲われるという事

 44AoutMagの使用する.44AMP弾は中々に強烈なストッピングパワーを持つ。

 どれ程のものかと具体的に言えば、1発で全長0.5m級の蜘蛛をバラバラに出来る程と言えば判るだろうか。

 要するに2丁の44AoutMagが火を噴くサムライの通った道は、蜘蛛の死屍累々という訳である。



 返り血の如く体液を浴び、粉砕した四肢を踏みにじって進む。

 極少数の立ち向かってくる奴は殺す。

 大多数である逃げようとする奴も殺す。

 目にした敵はすべからく皆殺しにして進むその様は悪鬼羅刹か或いは修羅か。


 とはいえ、別にコレはサムライが残忍残虐(トリガー・ハッピー)という訳ではない。

 彼我の兵力比で優勢な敵テリトリーで行動する際に、見敵必殺キャッチ・アンド・キルは最低限必要な行為(セオリー)なのだ。

 攻め寄せる敵を粉砕するのは当然であ。

 そして逃げる敵に関して言えば、逃げた先で集団を作り、小さな部屋で待ち受けられた場合が非常に厄介であるからだ。

 如何なCとて所詮は人間。四方八方から攻められてしまっては不覚を取りかねないのだ。

 故の、皆殺し戦術。


 発見。

 照準、発砲、粉砕。

 前進、索敵。

 前進、索敵。

 確認。

 前進、索敵。

 発見。

 照準、発砲、粉砕。

 前進、索敵。

 発見、発見。

 照準、発砲、発砲、粉砕、粉砕。

 確認。


 7発を撃ちきったら、両手に44AoutMagを握ったまま素早くマガジンキャッチを押してマガジンを抜き、新しいマガジンを差し込む。

 サムライの戦闘には機械の様な正確さと、揺ぎ無さがある。

 その様は、或いは作業の様である。

 そう思わせる程にサムライと蜘蛛とは、戦闘存在としての格が違っていたのだ。


 敵と呼ぶには余りにも貧弱な相手を蹴散らしつつ進むサムライ。その心中にはある種の感嘆、あるいは満足があった。

 その相手は確認と視線を送る先、サムライの後方は3m程をついてくるビスノスカだ。

 歩く様はへっぴり腰よりややマシという感じでは在るが、美点があった。

 銃の扱いだ。

 小刻みに手が震えてはいるが、持っているKEL-TEC KSGの筒先は常に下を向いており、ピストルグリップを握る右手の人差し指はトリガーに添えられていない(・・・)

 それらはビスノスカが銃という凶器を持つ躾を受けていて、尚且つ、それを遵守する意思を持つ事を示している。

 中々に出来る事ではない。



 子供なのに大したものだと感心し、同時に、これなら多少は撃たせても良いかと考える。

 荒事を子供に強いるのはサムライの好みではなかったがビスノスカはC、自らの世界から拉致され戦う定めを負った人間なのだ。


 戦わねば生き残れない。


 登る為には戦う必要があり、更にはふざけた神の悪戯 ―― 働かざるもの生きるべからずなどという“(ユーズ・チャージ) ”なんてのがあるのだ。

 魔獣・魔物を狩って魔力得て、そして金に換えて支払ねばCは消滅してしまうのだ。


 それがCの定め。

 神の娯楽というCの本質なのだ。


 そこまで連想した所で、そう言えばビスノスカは税を払っているのだろうか? と考えた。

 来たての新人って事なら猶予があるが、後で確認をしておこう。

 そんな、何とも生っぽい事も考えながら、進むサムライ。


 と、その足が止まった。

 通路が分岐しているのだ。

 正確には、わき道だ。

 主通路より小さな通路がポッカリと口を開けている。


 居る。

 押し殺された気配をサムライは感じた。

 或いは敵意か。

 魔力の残滓も、密度の高い銀燐が続いていて、それに比べれば主通路など無いも同然である。



「お嬢さん」



 ビスノスカを呼ぶ。

 だが同時に右手の人差し指を自らの唇にあて、静かにする様にもジェスチャーする。


 誤る事無くサムライの意図を察したビスノスカは、出来るだけ足音をさせないようにして駆け寄ってくる。



「どうしました?」



「何、少しばかり派手に一掃しようと思ってね」



 右手の44AoutMagをホルスターへと戻すと、ボディアーマーのポーチから手榴弾を取り出す。


 緑の地に赤のラインが2本、青のラインが1本入ったソレはlv2火力手榴弾、一般には魔道手榴弾と総称されているドワーフ製手榴弾である。

 特徴は火薬の変わりに攻撃魔法(ファイヤー・ボム)が封入されているという事だろう。

 下位広域攻撃魔法と分類されるファイヤー・ボムは殺傷被害半径40mと云う、一般的な手榴弾と比較して圧倒的な威力を持っているのだ。

 しかも弾体は火力を詰める必要も無いので小さく軽いという凶悪さである。

 但しその高性能の代償として、通常流通しているドワーフが米製MK3等の現代手榴弾を手本に作った一般的火薬式手榴弾の1桁上の値段となっているのだ。

 そして高額な値段故に、現在でも貧乏なCや根の民にとって火薬式手榴弾の方が主力となっている理由だった。


 そんな高価な魔道手榴弾だが金満側のCであるサムライは3本、持ち込んでいた。

 その1本を取り出して構えた。



「コイツが炸裂したら中へ突入、動く相手にぶっ放せ。いいな?」



 シンプルな指示、だがそれにビスノスカは異を唱える。



「待ってください、中にウィングが居る可能性が ―― 」



「大丈夫。コイツにはC保護用の機能が組み込まれている。問題は無い」



 乱暴な話であるが、嘘ではない。

 1本入った青のラインが、Cの魔力を感知し発動する対C保護機能の証なのだ。

 この柔軟性も、魔道手榴弾の強みなだった。



「後、ショットガンだがそちらも大丈夫だ。詳しい話は後でするが、俺を信じろ」



 サムライの言葉にビスノスカは頷いた。

 否、言葉ではない。

 ビスノスカが見たのはサムライの瞳だ。

 そこにあった嘘の無い色が、ビスノスカに信じる事を選ばせたのだ。



「後で、説明してね」



「ああ。君の相方と一緒にな」



 頷き合い。

 そして3秒のカウント後、サムライは魔道手榴弾をを放り込んだ。




 小さな入り口の奥は一寸した広間になっていた。

 高めの天井、左右も大きく膨れている。

 そして今は焦げ臭さと、火薬のにおいが充満する蜘蛛の墓所と化していた。

 魔道手榴弾にショットガン、拳銃の火力による坩堝は、その中に居た蜘蛛をすべからく抹殺していた。


 そんな死体の群れをサムライは確認していく。

 ウィンドを探しているというのもあるが、それ以上に蜘蛛の隙間にアラクネが身を潜めていないかとの確認だ。

 蜘蛛の知能は低いがアラクネは違う。

 狡猾さと生き渋とさを持っているので、背を向けた途端に、蜘蛛の隙間からアラクネが立ち上がって襲ってくる。

 そんな事もあるのだから。

 尤も、この場に居たのは蜘蛛だけだった模様でアラクネも生き残りも居なかったが。

 ウィンドも。



「っぅ………」



 と、ショットガンを撃ち終えた姿勢のままビスノスカがえずいていた。

 涙目で、肩口で口元を抑える。


 惨劇が始めてなのか、それとも惨劇を作ったのが始めてなのか。

 取りあえずと、差し出された水筒を飲む。

 一気に飲もうとしたのがマズかったのか、咽る。

 そして吐いた。

 殆ど透明な水分が服の胸元を染めていく。


 チト、刺激的過ぎたかなどと考えながら、その小さな背を撫でる。



「大丈夫か?」



 優しげな声に、ビスノスカは必死に頷いている。



「初めてか」



「……はいっ…」



「そう、か」



 何とも言いづらい気分になったサムライは、小さく嘆息する。


 今まで道具扱いされていたビスノスカは、戦う所か武器すら与えられる無かったのだ。

 それが初陣、処女戦でこの惨劇だ。

 心理的な衝撃は計り知れないものがあるだろう。


 とはいえ、サムライは撃たせた事への後悔は感じていない。

 Cである限り誰もが何時かは経験せねばならぬ事であるし、それを安全にさせる事が出来たとの考えもあるからだ。

 とはいえ10代前半の子供が苦しむ姿を見ると、罪悪感は沸いてくるというものである。

 加虐趣味者じゃあるまいし、と。



 とはいえ、何時までもこの場に居る訳にはいかない。

 広い場所で数に囲まれては厄介だし、数は居なくともアラクネ級の魔獣が魔法の炸裂音に寄って来ないとは限らないからだ。

 故に、移動をサムライが口にしようとした瞬間、通路の奥から咆哮が聞こえた。



「キシィィィィッ!!」



 アラクネだ。

 それも3体、現れた。



「キィィィィィ!!」



 整った顔立ちに憎悪を乗せて、2人を睨んでくる。

 否、そこには紛れも無い恐怖があった。

 怯えがあった。

 だがそれも当然だろう。

 この部屋に居た蜘蛛は20か30かと数が居て、その悉くが屠られている。潰されているのだから。


 野獣の本能が危険を告げたが為か、部屋の入り口から飛び掛ってこない。

 威嚇してくるだけのアラクネ。

 ここで引けば、追ってはこないかもしれない。

 だが、サムライにその選択肢は無い。



「ビスノスカ、少し下がってろ。大人の時間だ」






 サムライとアラクネの戦い。その戦端を切ったのは無論、銃声だ。

 左手に持っていた44AoutMagに右手を添えて、連続して射撃。

 弾ける体液、穿たれる穴、そして悲鳴。



「キィイィィィッ!!!!」



 .44AMP弾は狙い過たず3体のアラクネ、それぞれの頭部に当たった。

 とはいえ悲しいかな通常弾頭、凄まじい衝撃とダメージを与えはしても致命傷には届かない。

 それはサムライとて承知済み。

 牽制射撃なのだから。


 撃ち切られた44AoutMag。

 ホールドオープン、スライドが開ききって止まった音が小さくも自己主張する。

 だが誰もそれに留意しない。

 状況は、戦闘は加速する。


 叩きつけられた.44AMPの痛みにアラクネ達の集中力が途切れた瞬間、その機を逃さずサムライは走り出す。

 器用に蜘蛛の死体を避けながら加速していく。

 と、その疾走の最中に左手の44をホルスターへと戻し、同時に右手で腰から小太刀(CS・カターナ)を抜く。

 逆手で抜き、順手に持ち替える。


 サムライの魔力を吸ってギラリと光るその刀身は見る者を惹きつける、銃器とは違った暴力性を秘めていた。



「テェッ!!」



 振りぬかれた切っ先がアラクネの体を、その蜘蛛の如き体を捉える。

 銀の閃光。

 アラクネは魔獣としては中級上位から上級下位程の強さを持つが、魔力の乗せられたCS・カターナの切っ先に耐えられる程ではない。

 体が派手に裂け、吹き出る体液。そして悲鳴。

 痛みに暴れるアラクネに更に追撃。

 心臓への一突きだ。

 力を失って倒れるアラクネ、その様は正に蹂躙である。


 残ったアラクネへ歯を見せての呵々大笑、そして吼える。



「弱いなぁっ!!」



 それは慢心でも傲慢でもない。

 後ろのビスノスカに意識が向かぬようにとの挑発だ。

 その挑発に、残ったアラクネは乗った。



「シィィィィィッ!!!」



 方や這うように下段から。



「シャァァァァァァァッ!!」



 方や飛び上がっての上段から。

 中々の連携攻撃だ。

 だがソレをサムライは前進する事で粉砕する。

 先ずは下段の側へと前む。

 3歩目には勢いに乗り、4歩目で進むのではなく蹴りへと移行する。

 勢いに乗ったつま先がアラクネの蜘蛛身へと突き刺さる。



「ギィィィッ!!?」



 鼓膜を揺さぶる悲鳴。

 更なる追撃、致命打をと図るが、それは果たされない。

 もう1体のアラクネが急いで戻ってきたからだ。

 振りぬかれた腕、その先の爪は恐ろしい程に尖っている。



「っ!」



 鮮血が吹き出る。

 心臓を狙ってきた爪先は、サムライが咄嗟に身を捩った為に右肩を抉るのに留まった。


 更なる連続攻撃。

 いなそうとするが、しきれない。

 増えていく傷、血がみるみるサムライの右手を赤く染める。



「サムライっ!!」



 ビスノスカが悲鳴を上げた。

 油断無くKEL-TEC KSGを構えてはいるが、如何せんサムライとアラクネの距離が近すぎてビスノスカの腕では支援射撃が出来ないのだ。

 悔しげに歯をかみ締めているビスノスカ。

 だがサムライは、この程度を窮地だなどと思っては居なかった。


 痛くはある。

 だが、それだけだ、と。

 だから攻める。

 引くのではなく、前に出る。



「おぉっ!!」



 相手の体の下へと踏み込んで、逆袈裟に切り上げる。

 肩へのダメージから力は乗らないが、魔力は乗っている。


 快音。


 切っ先がアラクネの右前足に始まって、体の半分を切り裂く。

 噴出す体液。

 余りの痛みに耐えかねか、アラクネは上半身を滅茶苦茶に振り回しだした ―― 振り回そうと、した(・・)

 振った首が、その軌道上に置かれた刃物(CS・カターナ)によって斬られ、そして飛んだ。



「2つ!」



 そして3つ目をと身を捻って振り向けば、最後のアラクネは壁に張り付いている。

 距離は4m程だろうか。

 器用に少ない足場を使って登り、そして威嚇してくる。

 怯えているのだろう、恐ろしげな表情を作ろうとはしているが、作りきれて居ない。

 それでも逃げない理由は何であろうか。


 少しだけ疑問を感じ、だがその事を深く追求する事無くサムライは追撃を選択する。

 右手で44AoutMagを抜き、撃つ。


 咄嗟に回避するアラクネ、その蜘蛛の足から血飛沫が上がる。

 何処かが弾けたが、致命打どころか痛打にすら届かない。

 故に連続射撃。

 .44AMPの強烈な反動、それが原因という訳では無いが1マガジン都合7発を叩き込んでも、飛び跳ねるアラクネへのダメージは致命打(クリティカル・ヒット)に届かない。


 スライドが交代しきったところで止まる。

 弾切れ。

 そして睨み合い。

 アラクネは反撃をしようと隙を伺い、サムライはマガジンチェンジが距離を詰めての斬撃かで迷っていた。

 1人であれば躊躇無く前進攻撃を選択していたが、今のサムライにその選択肢を選ぶ自由は無かった。

 ビスノスカが居るからだ。

 距離を詰めても相手が戦闘に応じなければ意味が無いし、それどころか距離を詰めようとして抜かれた場合、ビスノスカが襲われ可能性もあるのだ。

 そんな博打染みた選択肢など簡単に取れるはずも無かった。


 故の、睨み合い。

 だがそれは唐突に破られた。



「サムライ!!」



 そして響く銃声、ビスノスカの発砲だ。

 その銃弾は見事にアラクネの胴体を貫いた。

 だがそれ位でアラクネは死なない。だからサムライは更なる射撃を、撃てと告げる。



「はいっ!!」



 気合の入った返事、そして2発目、3発目と連続しての発砲する。



「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」



 4発目、5発目と発砲しながら、自らを鼓舞するように叫ぶビスノスカ。

 その筒先は、激しく動くアラクネを捉えて離さない。

 そして6発目、7発目で動かなくなる。


 ビスノスカはアラクネを見事に討ち取っていた。



「お見事」



 賞賛の声を上げるサムライ、だがビスノスカはその言葉を合図にしたかのように突っ伏した。

 膝をついて肩で息をする姿は、実際の姿以上に小柄に見える。



「ハァハァハァハァッ―― 」



 過呼吸の様な浅い呼吸音に、慌てるサムライ。



「大丈夫か?」



 言ってからサムライは自分の失敗を知覚し、唇を噛む。

 大丈夫な訳があるか、と。

 10代に足を踏み入れたばかりの子供が、銃で人に等しい顔をした相手の命を奪ったのだ。

 その心理的ショックは如何ばかりだろうか。



「―― だっ、大丈夫です。少し、ビックリしただけです」



 声は震えていた。

 瞳は潤んでいた。

 だからサムライは、その小さな頭を胸に抱きこんだ。



「我慢はするな。体にも毒だ」



 抱きとめた胸元より漏れでた小さな小さな啜り声、それがサムライに沁みた。

 頭を無骨に、だか精一杯の優しさをこめて撫でる。

 そして撫でながらサムライは、改めて、カミサマって奴が最低最悪ファッキン・バスタードだと確信していた。

 静かに怒りを燃やしても居た。

 子供を胸で泣かせて良いのは親だけ、と。






 どれ程泣いた後だろうか。

 まだ体をサムライに寄せたままビスノスカは顔を上げ、小さくも声を出す。



「すいませんでした」



 それは謝罪だった。

 危険な場所で足手まといになってしまって、との。


 それをサムライは笑う。

 この程度、危険でも何でも無いと。

 そして頭を再度、今度は力を入れて撫でる。

 子供が気を回し過ぎるなと言わんばかりに。



「それより、落ち着いたか」



「はい」



 サムライはゆっくりとビスノスカを開放すると、その顔を確認する。

 瞳は潤んでいるが、弱さは無い。

 返事にも力が篭っていた。



「なら、それで十分だ」



 笑う。

 口角を歪めて漢臭く、笑った。






 再度動き出した2人。

 だがその距離は先ほどまでと少し、違う。

 先を行くのはサムライ、その背を支えるように追うビスノスカ。

 位置関係は同じ。

 だが、離れて(・・・)いる。

 それはサムライの指示だった。

 先のアラクネを撃ったビスノスカの腕前から自分よりも射撃センスがあると判断し、これからは自由に撃って良いと云う。


 幾つもの実戦を重ねてきたサムライの射撃は決して下手の部類ではない。

 撃てば必ず当たる、否、当てられる距離まで接近して射撃するというのがサムライなのだ。

 だがビスノスカは違う。

 先のアラクネに撃ち込まれた弾は悉くが体の中心部、重要部位(バイタル・パート)に命中していたのだ。

 サムライでは命中させるだけで精一杯、そんな俊敏さを発揮していた相手にである。

 それ故の指示だった。

 しかもサムライ、KEL-TECの弾装の片側にはシルバー・ブレッド、対魔獣用フレシェット弾を装填させているのだ。

 それだけでも、如何にビスノスカの射撃の腕前を評価しているかが判るというものである。


 何が来ても撃ち潰す ―― そう言わんばかりな2人であったが、その意に反して道を塞ぐモノは現れなかった。



 足を止めて周囲を確認し

 魔力探知魔道具も見るが、周辺に赤い光点 ―― 魔獣魔物の類が居ない事を教えている。



「どうやら ――」



 言葉を漏らすサムライ。



「?」



 ビスノスカは強い緊張感をもって周囲を警戒しながらサムライの言葉を待つ。

 薄暗い洞窟で敵が居るのだ、緊張するのも当然だ。

 体中に汗を浮かべ、呼吸が少し速くなっている辺り、まるで警戒するリスか子猫の様な風である。

 とはいえグリップを握る右手人差し指はトリガーに掛かっていない辺り、冷静さは保っている様であったが。



「ビスノスカ、どうやら僕らは敵の内懐へ潜り込んだみたいだ」



 恐らくは、先の集団が最後の戦闘集団だったのだろう、と続ける。

 ゲームとかじゃあるまいし、君臨者(ダンジョン・マスター)の部屋で最強戦力がお出迎えなんて本土決戦はあり得ない、と。

 Hondo Kessennという聞きなれない言葉に、小首を傾げたビスノスカ。



「えっと、祖国戦争(ワールド・ウォー 2)みたいな戦いですか?」



「ロシア人にはそっちが判り易いか」



 得心してサムライは軽く説明する。

 普通に、護るべきものがある以上は、その前で敵の進攻は防ぎたいのが普通であると。



「モスクワで市街戦をせず、その前に戦力を掻き集めて迎撃した事と似た様な状況だって言えば、判る?」



「ダー!」



 それまで浮かんでいた緊張が一気に消え、満面の笑顔で応えたビスノスカ。

 ロシアな話題への食いつきの良さは故郷への郷愁、或いは望郷か。

 その事にサムライは痛ましさを感じつつ言葉を連ねる。



「兎に角。後は親分さんとご挨拶、という事さ」



 殊更に冗談染みた言葉をサムライは選んでいた。

 子供でも戦わねばならないこの世界が、世界を作ったカミサマが憎くて、そしてそれを止められない自分も歯がゆくて。

 煮えくり返った腸を溢れさせぬように、言葉が多くなっていく。

 言葉が軽くなっていく。



「という訳でビスノスカ、蜘蛛の親玉見物と洒落込もうじゃないか」



 挨拶代わりに鉛玉のプレゼントだが、とサムライは傲然と笑った。







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