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タワー&クライマーズ  作者: アハト・アハト
第1幕  白い少女と蜘蛛に纏わるDisturbance
2/9

01 ―― 幕は極ありふれた惨劇と共に上がる

 鬱蒼とした森林が広がっている。

 空は背の伸びた高木が日を遮り、地は起伏を低木と下生えが隠す。

 正に人跡未踏の呼び名も相応しい威容の森だが、今、その異名は破られていた。

 人間が居るのだ。


 下生えをかき分け道なき道を7人の男女が歩んでいるのだ。

 彼彼女らが農夫の類でない事は、その姿を見れば判る。

 それぞれが武装しているのだ。

 全員が濃緑色に染められたローブの下に革鎧と呼ぶには簡素すぎる防具を着込み、剣や槍といった武器を持っている。

 否、武装しているのは5人だけだ。

 5人に護られる様に歩く2人の女性は、武器など持っては居なかった。

 疲労困憊といった風に杖にしがみつきながら歩く姿を見れば、或いは持てないからというのが正しいかもしれない。

 2人とも整った顔立ちをしてはいるが精彩が欠けており、目は空ろという有様だ。

 尤も、疲労しているのは2人だけではなかった。

 周囲を護衛している5人の側も、精悍な作りの顔には玉のような汗を浮かべ、目元からは力が失われていた。



 ただ黙々と歩いていく7人。

 どれ程に歩いただろうか。

 と、唐突に2人の女性で大柄な側が突っ臥す様に転んだ。

 枯葉の中に隠れていた枯れ枝に足をとられた様だ。



「ぎゃっ!?」



 小さな悲鳴は、疲労からか艶が無い。



「だっ大丈夫、ウィンド」



 隣で歩いていた女性が慌ててしゃがみ込んで起してやる。

 ウィンドと呼ばれた女性は、整った顔を泥だらけにして頷く。

 明るめの茶色い髪は汗と泥で固まり、落ち葉が飾りになるような有様だ。



「大丈夫、少し痛いだけだから……」



 怪我をした様には見えないが、泥も拭わぬその顔は笑みを浮かべていても痛々しい。

 疲労からか、立とうと足掻くのだが濡れた落ち葉に靴が滑り立つ事は儘ならぬ有様だ。



「あっ、ああっ!」



 杖にしがみ付いて立とうとして、又滑る。

 どうにも立てぬその様に、小柄な女性が肩を差し出す。

 ウィンドの腕を肩に担いだ事で小柄な女性のフードがずれ、その整った顔が露出した。

 金髪碧眼、美人というよりは可愛い、或いは鼻の周りのソバカスから幼いと評すべき顔立ちをしている。

 その小柄さも合わせて考えれば、子供と呼ぶのが相応しいだろうか。

 そんな笑えば可愛いであろう顔に浮かんでいるのは、やはり深い疲労の色である。

 目に力が無く、目元にはクマが刻まれている。

 だがウィンドを立たせようと出来る辺り、無気力ではなかった。


 しっかりとウィンドの腕と体とを掴み、腰を入れて声を上げる。



「ゆっくり立つわよ」



「すいません、ビスノスカ」



 恐る恐ると立とうとするウィンド。

 少女、ビスノスカも中腰になって支える。

 だが現実は非情である。

 今度は2人揃って足を滑らせ、突っ伏す羽目になる。



「いたぁっ」



 傾いだ地形を濡れた落ち葉が覆い、体力の低下している。

 しかも2人が履いている靴が悪かった。

 編み上げブーツではあるが仕上げどころか素材レベルから見ても粗末で、しかも滑り止め加工などされていない、ただ厚いだけの革底なのだ。

 周りの男たちが堅牢そうなブーツを履いているのとは対照的だった。


 と、男たちの中で一番偉そうな態度の奴が口を開いた。

 実際、偉いのだろう。

 他の男たちと違い武器の剣は腰に佩いたままであっても、高価そうなのが判る拵えのなのだから。



「何をしている、さっさと立て」



 口調は呆れる風であるが、無精ひげに彩られた巌のような顔には苛立ちが浮かんでいた。

 それにビスノスカが反論する。



「なら手を貸しなさいよ」



「知らんな。それは俺たちの仕事じゃない。手間を増やすな道具ども」



 モノ呼ばわりにビスノスカは眦を上げる。

 目に力が宿る。

 疲労を吹き飛ばす、怒りが。

 体は地に臥し泥に塗れていようとも、その気概に曇りは無い。



「私達は道具じゃない!」



「ビスノスカ」



 必死にビスノスカを止めようとするウィンド。

 そう、気概だけで物事が済むほどに世の中は優しくない。



「いや備品(スレイブ)だ。乱暴に扱われないだけ感謝しろ ―― それとも首輪を引っ張ってもらいたいのか?」



 男の手がほっそりとしたビスノスカの首に嵌められた金属の首輪を掴む。

 そして持ち上げる。

 男は筋骨隆々の威丈夫で、ビスノスカとは比較にならない大身の為、鈍色の首輪はビスノスカの白い喉元へと食い込んでいく。

 ビスノスカはウィンドを支えながらも必死に必死に踏ん張ろうとするが、力の差は歴然だった。

 さしたる抵抗にもならぬままその細い足が無常にも地面を離れる。

 支えを失ったウィンドは再び泥に突っ伏した。



「………ぐ…かっ」



 絞まる首輪を掴み必死に暴れるビスノスカ、だが男はその抵抗を一顧だにせず尋ねた。



「嬲るなとは言われているが、遊ぶなとも言われていない。遊ぶか?」



 男の声に知性はあったが優しさなど欠片も無かった。

 目にも、正に道具を見るが如き冷たい光しか無かった。


 そんな男の足を縋るように掴むウィンド。

 必死な表情で声を上げる。



「やっ、止めて下さい。私立ちますから! 今立ちますからっ!!」



「ならとっととやれ」



 何とか立とうとするウィンド、だが立ち切れない。

 その間にも男はビスノスカの首輪を掴んだままであり、段々とその抵抗は弱くなっていく。

 ボロボロと涙を流しながら立とうとするウィンド。

 必死であった。必死であったが体はそれに追従していなかった。


 その様を詰まらなそうに見た男は、ポイっとビスノスカを投げ捨てると他の男たちに命令を下した。



「小休止だ。テメェらも休め」



「うぃーっす」



 突っ伏して荒く呼吸を繰り返しているビスノスカを抱きしめながら、ウィンドは何が起こったのかと呆けた顔で男を見る。

 だが男は、その視線を無視して自分も腰を下ろすと、腰の水袋を取って浴びるように飲む。

 ヒゲだらけの口元を拭う所も含めて何とも野粗な仕草は、山賊の頭目と言われても納得しそうな暴力性がある。


 と、唐突にウィンドに視線を合わせると、何だ? と尋ねた。

 剣呑さを感じさせる視線に脅えながら、だがしっかりとウィンドは礼を口にした。



「あっ、ありがとう御座います」



「別にかまわん。道具がお荷物になっちゃ困る。それだけだ」



 それだけを告げると、声を張り上げて部下を呼ぶ。



「マルモン! マルモン、どうだ?」



 名前を呼ばれた男、マルモンが即座にやってくる。

 マルモンは小柄で神経質そうな顔をした男だ。

 手には小さな金属製の板を持っている。



「神探針は動いてますが、さっきと差は無い感じで。ここら辺じゃないっぽいですぜ」



「そうかよ」



 少しだけ落胆の色を滲ませた声で頷き、男は金属板を覗き込む。

 手のひらよりも少しだけ大きなその板の中心には穴があいており、そこには方位針のような形に似た針が浮かべられていた。

 浮かんでいる針が揺れている。

 揺れているが特定のものを指し示そうとはしていなかった。


 神探器、それがこの金属片の名前だ。

 魔法の力が与えられた道具であり、神の力を探す能力を持っている。

 この世界を作った神の力の痕跡を探せる魔道具だった。



「全く動かない訳じゃねぇんだ、この森の何処かに入り口がある筈だ」



 それは自分に言い聞かせる様に言う言葉だった。

 入り口、それを男たちは捜しているのだった。


 この世界は別名を塔界(ザ・タワー)と言い、その名のとおりに塔の如き構造となっていた。

 何層もの階層を持つ、巨大な塔世界なのだ。

 しかも1つの階層は大地と呼びえる、尋常ではない広さを持っているのだ。

 木々に遮られて男たちからは見えないが、もし空を見えるのであればこの大地の上、霞む空の先にも大地がある事が見えるだろう。


 そんな階層を支えるものは無い。

 光が射している事が示すように、塔に外壁など存在しないのだ。

 上と下とを繋ぐ柱、否、塔は存在しているが、階層の巨大さに比べれば糸と評する事も似つかわしい程に細い。

 そう、階層は神の力によってのみ、支えられているのだ。

 正に神の力が生み出した世界だ。



 そんな世界の中、この場に居る男たちがしているのは上の階層とを繋ぐ塔の捜索であった。

 冒険者と呼ばれる事もあれば、より実態に近い表現として探し屋(シーカー)とも呼ばれていた。

 発見するのは塔だけじゃない。

 世界の地下に伸びる迷宮だって発見する事がある。

 探し屋とはそんな世界の構造体(ストラクチャー)を発見し、その情報を売る事で銭を得る仕事だった。


 この場に居る男たちは、そんな探し屋の中でも独立した立場ではなく情報屋と呼ばれる、世界の情報を売り買いする連中に雇われた連中だった。



「とはいえ魔力反応だって出てやすから、余り長居は禁物かと」



「なんだと、A級が出そうか?」



「ええ。横揺れは弱いんですが、縦がこぇい感じで動いてやがりますぜ」



 そう言ってマルモンが差し出した水晶球は、その中に封じられていた針が言葉のとおりに震えていた。

 左右には小さく、だが上下には激しいものとなっている。


 水晶球は、正しくは魔力探知水晶球と呼ばれる魔道具であり、魔物のが持つ魔力を探知する力を持つ。

 針が水平方向の動くのは魔力との距離具合を示し、垂直方向はその魔力の大きさを示す。

 今の動きは魔物が、それも大きな魔力を内包した危険分類A(カテゴリー・A)が近くを徘徊している事を教えているのだ。



「最悪だな」



 魔物の分類は3段階がある。

 少しだけ魔力を得てしまった獣で一般的な武器でも討つ事が可能な危険分類B。

 魔力を食い人を喰い正真正銘の化け物である魔獣、危険分類A。

 そしてこの世界にあと2体しか存在しないという塔の守護者、災厄の象徴である危険分類S。


 男たちのような魔力を少ししか持たない人間、根の民では危険分類Bの魔物すらも相手とするには厄介であり、A級ともなるとどの様な武器を持っていても打ち倒す事の叶わぬ相手なのだ。

 ある意味、厄介という言葉すらも生ぬるい状況であった。



「全員集れ、小休止は中止だ! 近くにバケモノが居る」



 鋭い声で発せられた命令に、弾かれたように男たちが集ってくる。

 その顔はどれも暗い。

 男たちは、百戦錬磨とまでは言わなくとも鉄火場を幾つも乗り越えてきた練達の探し屋であったが、そうであるが故にA級の魔獣が持つ脅威を理解していた。

 人が戦える相手ではない、と。

 危険分類A(バケモノ)を倒せるのはC(バケモノ)のみ。

 それが探し屋にとっての一般常識だった。



「どうします?」



 厳つい顔を真っ青にして尋ねてくる部下に、男は少しだけ逡巡してから応える。



「備品どもを囮にする。お前らは重そうなモノは捨てろ。命が優先だ」



 ビスノスカやウィンドを囮にして逃げる。

 非道な事をあっさりと言い放つ男に、部下たちは素直に頷く。

 だが、それを素直に受け入れられない奴もいる。

 ビスノスカだ。



「何を言ってr_!?」



 だが言葉を最後まで連ねる事は出来なかった。

 男の大きな手が口を顔を覆うように握ったのだ。



「大きな声を出すな」



 悲鳴すらも上げられず、必死に息をしようと足掻くビスノスカだがそれは叶わない。

 男は周囲を見渡し、魔獣の気配が無い事を確認するとビスノスカを解放した。

 華奢なからだをたたむ様に崩れ落ちる。

 だが男はその様を見ても心を動かされる様子も無く、淡々と言葉を連ねる。



「いいか、道具風情が俺に口を挟むな。それに安心しろ、軽いお前は連れて行く」



 その意味する事は1つ。

 体力の尽きかけていたウィンドが残されるというのだ。

 人跡未踏の、恐ろしい魔物の居る中で1人残される恐怖はどれ程であろうか。

 脅えた表情で周りを見るウィンド、その目に入ってくるのは男たちの冷たい目線だった。

 誰の目にも優しさはない。



「わっ、私も連れてって下さい」



 必死になって男に縋りついたウィンド。

 だが、それは一蹴される。



「生も死もないCは黙ってろ。お前らと違って俺たちの命は1つしか無いんだ、重さが違う! お前は喰われて時間を稼げ!!」



 酷い言葉ではあるが、事実でもあった。

 ウィンドにせよビスノスカにせよ普通の人間(根の民)では無く、Cと呼ばれる存在なのだ。

 Cとは即ち挑む者であり、或いは登る者であ。

 男たちの様な根の民とは比較にならない魔力を持っている。

 魔力はCから老い無くし、死して甦る力すらも与えている。

 あまつさえ、魔獣と同じように他の魔力を食らい、補っていく事で力を付けていくことも出来るのだ。

 人類の規格外存在、化け物と呼ばれるのも仕方の無い事であった。


 尤も、別離と迫る死とに手を取り合って悲嘆しているウィンドやビスノスカの姿を見て、その言葉に納得する人間は居ないだろうが。

 諸般の事情があるとはいえ、今の2人は常人以下の力しか持っていないのだから。



 鎧などを捨てて身軽になる男たち。

 知っているのだ、革製の防具などB級の魔物ならまだしもA級の魔獣の前では無意味であり無駄である事を。

 これが防護の魔法でも掛けられていれば話は別だが、男たちの着ているのは油で煮硬められただけの革鎧、いわゆるハードレザーアーマーでしかないのだ。

 であれば捨てるのにも躊躇がある筈も無かった。



「急げ、一気に森のそ____」



 そこまで言った時、男は気づいた。

 森の中が静かである事を。

 いつの間にか静まり返っているいる事を。



「おい、マルモン」



 息を潜めて、周囲警戒役を見る。

 マルモンの顔は真っ青になっている。



「こっ、ここここい、こいつは!」



 魔力探知水晶球に封じられた針が激しく左右に振れていた。

 否、それどころか段々と振れは大きくなっていっている。

 迫ってきているのだ、敵が。

 危険分類A、魔獣が。



「周囲を警戒しろ!! 居るぞ、傍に!!!」



 自ら剣を抜いて命令を出す男、部下たちも武器を手に周囲を警戒する。

 何も無い。

 まるで森が、息を潜めている様に感じられる。



「マルモン」



「居る。近くに居る。針が、針が!!」



「大声を出すな」



「しっ、しかし、針が______」



 唐突に、マルモンは黙り込んだ。

 森が静寂になる。

 静か過ぎる静寂は、まるで刃物のように鼓膜に迫る。



「どうしたマルモン?」



 問い掛け。

 だが帰ってきたのは水気を含んだ音、何かが落ちた音。



「マルモン?」



 そしてもう1つ、小さな音が落ちた。







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