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彼女は七回戦った  作者: 徳田雨窓
第一章 ホーク砦撤退戦
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「いったいどうするつもりなんだ?」

 夕刻の会議の結論はこうだ。第六ホーク砦駐屯中隊は総員、今夜中に撤退を開始する。先行する民間人と合流、これを支援し、速やかにバーレンを目指す。

 そして、帝国パルジャノ軍を足止めする任務は、それを志願した彼女に一任された。

「それより、みてみて。すごいよね。少佐だよ少佐。トールよりも偉くなっちゃったね」

 俺の話を聞く気がないのか、彼女はもらったばかりの辞令をヒラヒラと俺の目の前で揺らす。ランプの光に照らされ、夜闇の中の兵舎の室内に長い影が揺れる。

「こっちは砦の司令官の任命書」

「司令官ではなくて、司令官代行。少佐昇格も内定しただけで、正式にはまだ三ヶ月も先の話だよ」

 撤退のための一時的な措置だが、砦を預かることになるので、彼女は司令官代行に任命された。ただ、彼女はもともと少尉待遇の軍医でしかない。司令官代行を務めるには最低でも少佐でなければということで、昇格の辞令が出されることになった。軍の規則では昇格は月に一度だけ、一階級づつ。少尉が少佐になるには、中尉、大尉と順に昇格したその後になる。

 そのときまで無事なら、の話だが……。

「私ね、嬉しかったんだー」

「なにが?」

「トールが私の補佐に志願してくれたから」

「君だけを危ない目にあわせるわけにはいかないからね」

「私、愛されてるなっ、て」

「もしものときには君を守らないと、だ」

「えー?」

 なぜか彼女は不満げに眉を曲げた。

「もしもは、ないんじゃないかな?」

「なぜ?」

「だってまだ一回目だし」

「は?」

「ほら、私、英雄になるじゃない?」

 もしかして、あの占いのことを言っているのか?

「七回戦うってことは、一回目で死んじゃったりしない、ってことだと思うの」

 まさかあの怪しげな話を本気で信じているってことなのか? 笑顔の彼女を見ながら、俺はなんとなく頭が痛くなってきた。

「でもそれって、君だけの話だろ? だったら俺は危ない、かもだ」

「んんっと、それは大丈夫」

「ほほう?」

「だって、トールが死んじゃったら、私も生きていられないと思うの」

 それはつまり……。続きを言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。それを口にするのは、不吉すぎる気がした。


     ◆


「コホン。よろしいですかな?」

 ふと見ると、入り口にマックス准尉が立っていた。准尉は会議のその場で、彼女の参謀役に志願し、今は色々と準備を進めてくれている。歴戦の経験者として信頼されている准尉が志願したから、ベルト少佐も彼女の撤退案を採用したのだろう。

 俺と彼女は、准尉のためのお飾りというわけだ。

「代行殿、依頼頂いていました件、なんとかなりそうです。ウォーレン曹長、代行殿に報告を」

「はい」

 マックス准尉の横に、背の高い痩せた男が立っていた。階級章は曹長。眼鏡の位置を気にしながら、手に持った紙に目を走らせている。

「代行殿からご要望の小麦粉および水、油は確保できています。撤退組は強行軍となるため、物資のほとんどはこの砦に残す方針ですので」

 小麦粉に水、油? パンケーキか何かを作るつもりだろうか。

「ありがとうウォーレンさん。小麦粉と水はぜんぶ、城壁の上に運んでおいて欲しいの。撤退前に、誰かに手伝ってもらえるといいんだけど」

「油はいかがいたしますか?」

「んー。司令部の前の広場かなぁ。あ、でも今夜でなくても大丈夫。小麦粉と水の方を急いでね」

「承知しました。手配します」

 ウォーレン曹長は、急ぎ足でこの場を去って行った。曹長を見送ったあと、マックス准尉がこちらを振り返る。

「曹長は兵站について中隊で一番の腕利きです。彼に任せておけば、足止めに必要な物資はそろえてくれるでしょう。まあ、この状況だと砦の中にある物に限られますが」

「ウォーレンさんも、残ってくれるのかしら? まだ、色々とお願いしたいし」

「嫌がるでしょうが、説得はできます。代行殿の副参謀ということでいいですか?」

「ええ、もちろん。細かいことは、マックスさんにお任せします」

「あと、足止めのための部隊の件ですが、ガトー軍曹に隊長をお願いしてきました」

「引き受けてくれそうだった?」

「その場で快諾してくれました。もうすぐこちらに……ああ、来ました」

 兵舎の廊下を、重くて硬い靴音が近づいてくる。

「ここが足止め組の臨時の司令部か?狭いな」

「違うわ。ここは私たちの部屋。でも、そうねー。みなさんが集まれるくらいの部屋は、欲しいかも」

「そういうのは准尉殿に頼んでおけばいい。ほとんどの奴は撤退するんだから、空いてる部屋はいくらでもある」

「では私の方で探しておきましょう。司令部ももうすぐ空きますし」

「司令部は暗いからちょっと……。もっと日当たりの良いお部屋はないかしら」

 マックス准尉は笑った。

「了解です」

「で、俺はどんな奴をどれくらい集めてくればいい?」

 ガトー軍曹は壁に寄りかかって腕を組んでいる。

「そうね……大砲に詳しい人がいると嬉しいんだけど。あと、力持ちさん」

「わかった」

「あ、撤退したい人を無理矢理引き止めちゃだめよ?」

「そうなのか? 代行の権限があれば必要な奴は残しておけるだろ」

「そういうの、好きじゃないの。一緒に頑張れる人をお願い」

「なら、志願兵を募ろう。人数はどうしても限られるが、いいか?」

「そうね……。五人くらいは集まる?」

「分隊規模だな。それくらいなら、なんとかなる。心当たりもある」

 彼女はマックス准尉とガトー軍曹に笑顔を向けた。

「じゃあ、臨時の司令部の場所が決まったら、みんなで集まりましょう。作戦会議をします!」


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