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彼女は七回戦った  作者: 徳田雨窓
第一章 ホーク砦撤退戦
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「つまり我々は守備の要の砲台をすでに四つ、失ったというわけだ」

 ホーク砦の司令官、ベルト少佐の声が苦々しい。

 俺と彼女が敵襲の第一報を司令部に報告してから半日。日暮れを迎えたからだろうか、もともと暗い司令部の雰囲気が、さらに重苦しい。

「現在、帝国パルジャノは谷の入口付近に陣取ったようです。動きはありません」

「数は?」

「ざっと一千かと」

「マックス准尉の報告によると、帝国パルジャノは新兵器を使用しているとのことだが?」

「はい。少佐」

 司令部の石壁に響く、マックス准尉の低い声は冷静だ。

「破壊された詰所から偵察致しましたところ、敵、帝国パルジャノ軍内に見慣れない大砲を発見致しました。超長距離からの砲撃を行うことに特化した新兵器ではないかと推測しております」

「こちらの砲台は高所からの打ち下ろしで、射程は五百メールを超えるはずでは?」

帝国パルジャノの新大砲は、一千メールの距離から我が方の砲台を破壊したようです」

 周囲の士官たちが驚きの声をもらしている。無理もない。俺もこの目で見ていなければ、すぐには信じられなかっただろう。

「射程の長さも驚異的ですが、破壊力も強大です。着弾跡の調査結果から、敵の新大砲は約五百ケルグの巨弾を打ち込んできたと推測しております」

「五百ケルグだと! 我が軍の砲弾の五十倍の重量ではないか!」

「はい。詰所は砲台もろとも、一撃で瓦解しております」

 ベルト少佐は頭をかかえてしまった。

「それで城壁は? その敵の砲撃に耐えられるのかね?」

「……無理、かと」

 マックス准尉の言葉で司令部が静まり返る。

「それに、敵は新兵器を使用する必要もありません。詰所の砲台を無力化した後、従来の攻城兵器で城門を破壊すればいいのですから」

「我が隊の兵力でどこまで耐えられる?」

「残り二つの詰所が破壊され、城門が突破されるまでに二日、突破されたあとは一日、もつかどうか」

「二日? 城門を二日しか守れないのか? それでは本隊からの増援が間に合わないではないか!」

 敵襲の報告と増援要請の早馬が、本隊の拠点であるバーレンへそろそろ到着しているころだ。バーレンはこの砦からもっとも近い都市だが、砦までの行軍に二日はかかる。出兵の準備のことも考えれば、増援が到着するのは早くても四日後だろう。

「砲台を破壊された場合の防衛戦について、これまであまり想定されておりませんでしたので。それにこのところ、城門防衛戦用の投石兵装や火炎兵装の備蓄が欠乏しているという事情もあります」

「備えが不十分だと?」

「はい。遺憾ながら」

「民間人の避難は?」

「それはすでに」

「彼らがバーレンに到着するのにどれくらいかかる?」

「彼らの足では、最低でも四日かかるでしょう」

「……敵騎兵の追撃を受ければ、被害は避けられん、か」

 ベルト少佐が顔を上げ、周囲の士官たちに意見を求める。士官たちが思い思いに口を開く。

「少佐、あくまでもこの砦を死守すべきと考えます。可能な限り敵の戦力を減じ、民間人に被害が及ばぬようにしなければ」

「いや、いったん退いて、増援と合流するという方法もある。本隊と合流すれば、敵もそうそう手出しはしないだろう」

「増援と合流だと? この砦で敵を食い止めなければ、増援が出発するまでの時間すら無いんだぞ?」

「かといってここで精鋭部隊が全滅することにでもなれば、今後の防衛体制への影響が避けられん」

「外交交渉を進言してはどうか。今回の敵の意図をまず明らかにすることが必要ではないか?」

「明らかな敵対行為に対し、交渉もなにもないだろう」

「ここ十年、これだけの規模の敵襲は無かった。しかも新兵器まで使用しての攻撃だ。帝国パルジャノの意図は明白だ」

 まとまらない。どの意見も、この状況に対して決め手に欠けている。誰も納得できないまま、時間だけが過ぎていく。

 ……このままでは、マズい。


「あの、ちょっといいですか?」

 暗い司令部の中に響いた彼女の声は、妙に明るかった。ざわついていた司令部の全員の視線が、高く上がった彼女の右手に集まる。彼女の顔を不審そうに見るベルト少佐に、マックス准尉が「本日着任された軍医殿です」と小さく耳打ちしているのが聞こえる。

「要するに、みんなが逃げるまで、帝国パルジャノのみなさんに、待っていてもらえばいいんですよね?」

「いやいや」

 俺は思わず声を挙げていた。こんどは俺の顔を不審そうに見るベルト少佐に、マックス准尉が「本日着任されたトール少尉です」と小さく耳打ちしているのが聞こえる。

「そんな単純な話じゃないよ」

「そうなの? だって、このままだと、ここは危ないんでしょ?」

「まあ、そうだね」

「だったら逃げなきゃ。軍人さんはこんなとき、街の人が逃げるお手伝いをしましょう」

「いや、逃げても帝国パルジャノが追いかけてくるんだよ。馬は速いからね」

「はいはい、分かります。でも追いつかれなければ、問題ありません」

 彼女が、胸の前で両手を軽く合わせると、ポンというのんきな音がした。

帝国パルジャノの方を、この砦でしばらく足止めすればいいだけでしょう?」

 いやいや。

「それができれば誰も悩んだりしないよ」

「できないの?」

「かなり難しいだろうね」

「誰も?」

 司令部を見回す彼女に、士官たちは呆れている。肩をすくめる者、首を横に振る者、ただただため息をつく者。

「んー?」

 彼女は不思議そうに首をかしげている。

「わかりました。じゃあ、私がやりますね」

 はい?

「私がなんとかしますから、みなさんは早く逃げてください!」


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