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彼女は七回戦った  作者: 徳田雨窓
第四章 見えない戦い
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「キモチワルイってねぇ、言われたのはホント、ヒック、傷ついたんスよぉ? この気持ちが、僕の気持ちが、少尉殿に分かりますかぁ? 分かんないでしょうねぇ。ウィィ……」

 なぜか俺の隣で、ニクソン一等兵がろれつの回らない口調をもらしている。俺がここに来るかなり前から、飲み始めてしまっていたらしい。

 バーレンの兵舎に近い、街角の酒場。ランプの黄色い光は居合わせる客の影を温かみのあるものにしている。時刻はまだ宵の口だが客の数はまばらで、繁盛しているなどとはとても言えない光景だった。

「僕たちは、いつも三人だったんス。幼なじみ? そういう言い方も、ヒック、あるんスよねぇ?」

「一等兵の想い人は、子どもの頃からの友人だったってことか?」

「そ、そうっス。僕と、あいつと、あの人。男二人に女一人の仲良し三人組っス。いつも一緒に、遊んでヒック。僕もあいつも、あの人のことが好きだったんス。ま、まあ僕はこんなヤツだから、あの人からすると男とは思ってもらえてなかった、そういうことなんスけどね」

 どうやら、あの人というのはもう一人の男と相思相愛だったようだ。

「でもね。あいつ、死んじまったんスよ」

 一等兵は急に視線を落とすと、寂しそうな表情でうなだれた。

「なんて言うんですかね。人って、こんな簡単にいなくなっちまうんスね……。事故だったんスけどね。昨日まで元気だったのが、ちょっと見ないうちにもう二度と会えなくなるっていうか。いいヤツだったんス。僕なんかより頼りがいがあって、いつでも笑ってて、頑張り屋で、僕はいつもサボってて、大砲だけは好きだったんですけど、だからあの人も、あいつのことが当然好きで、だからあのときはずっと泣いてて、なぐさめようと思っても泣きやまないし、どうしようもなくなって……」

「もしかして、その状況で告白したのか?」

「……そうっス」

 こいつ、バカだ。

 女の子の気持ちとか、そういうことがまったく分かっていないとしか言いようがない。悪いが一等兵、それはあまりにダメ過ぎる。

「いいんです少尉殿。もういいんス。僕も分かってます。ダメだってことくらい分かってます。だからもうあきらめたんス……」

 一等兵は手元のグラスを一気にあおった。

「僕が、あいつの代わりになれないことなんて分かってたんスよ。ウィ。そんなのは当たり前、分かりきった話なんス……」

「もしもだ、一等兵。君がその君の友人に成り代われる、そっくりそのままその友人自身になれるとしたら……どうしただろうか?」

 つい、俺は不意に思い浮かんだ問いを口に出していた。

「そっくりそのまま、あいつに、っスか?」

 一等兵がびっくりしたような、不思議そうな、そんな表情になった。

 自分から出した話ではあったが、俺自身、自分がおかしなことを言っているのは分かっていた。そっくりそのまま成り代わるというのは、魔法か何かでも使わない限りできない相談だ。いや、魔法でも無理かも知れない。そういう魔法があるという話を聞いたことがないからだ。

「いや、もしも、の話だ。そういうことができるってわけじゃない」

「少尉殿も意外と、ヒック、夢物語みたいなこと、考えるんスね」

 一等兵が興味深げに俺の方に向き直った。

 そしてなぜか、俺の顔をじっと見つめている。

「……少尉殿は、凄いっスよね」

「なんだ? こんどはいったい何の話だ?」

「少尉殿は凄いっスよ。魔砲が使えるし、代行殿にも信頼されてるし。バーレンの戦いのときも、軍曹殿と二人で帝国パルジャノを蹴散らしてくるし」

 一等兵の顔が、俺にぐいっと近づく。

「それに……前から思ってたんスけど。少尉殿ってこうして近くで見ると凄くかわいい顔してるんスよね……僕の好みかもしれないっス」

「ちょ、ちょっと待て。俺にはそういう趣味はないぞ」

 あわてて俺は一等兵のそばから離れた。

「そうっスか。そうっスよね。やっぱり、あの噂は本当だったんスね……」

「噂?」

「少尉殿は知らないっスか? 少尉殿と代行殿は付き合ってる、って話」

「あ、ああ」

 そうか。別に隠しているわけじゃないが、そういう話は広まっているのかも知れないな。

「残念っス。僕、少尉殿にちょっと憧れてたんで」

 どうやら一等兵は酔いすぎてしまっているらしい。

 俺は話題を変えることにした。

「ところで一等兵。今日はその話をしたくて俺を呼んだわけじゃないんだろう? 見せたいもの、というのはこれなのか?」

 俺と一等兵が同席しているテーブルには一つの台車が横付けしてある。鉄製の頑丈な台車で、軍の備品だ。

 そこには鈍く金属な光を反射する、見慣れないものが収められている。

「そぉっス。ヒック。この砲弾を見せたかったんス」

 砲弾だったのか……。

 俺は改めてその鈍く光るものを見た。砲弾というには、見慣れない形をしているように思えた。太さはちょうど両腕で一抱えするくらいだろうか。砲弾というと普通は球形のものを思い浮かべるのだが、これは円筒形に近い。円筒の上部を丸く削り、ドングリのような形にしてあるところも奇妙だ。

「変わった形だな」

「色々試したんスけどね、結局? これが? 一番良いってことになったんスょ」

「そうなのか」

「いつもの丸っこい砲弾よりも、ちょっと長細い方が例の溝によく引っかかるんで、ヒック、回転が掛かりやすいんスよね」

 ウルバンの魔砲の砲身の内部の、螺旋状の溝。それを効果的に利用するための形ということらしい。

「てことは、これは魔砲のための砲弾ということか」

「そうっス。ウィ。特注品第一号っス」

 一等兵が自慢気にその砲弾をなでているところに、レダ二等兵がやってきた。

「おま、お待たせ、したですっ」

 酒場の奥で着替えてきたのだろうか。二等兵は、例のウルバンの魔砲の儀式のときの白い装束を身にまとっていた。

「なんだ? これから儀式でもするつもりなのか一等兵?」

「ウィ、そ、そうっス。初物っスからね。こだわっとこうかと、思ったんス」

 一等兵はテーブルの上にある酒瓶の中身を適当に砲弾に注ぎ始めた。清めの意味だろうか。

 その横で、二等兵が神妙な面持ちで祈りを捧げ始める。

 ……酒場にいる他の客の視線が、少し痛い。ような気がする。

「なにやら妙なことをしていると思えば、少尉殿ではないか」

 酒場の入り口から、俺に声をかけてくる者がいた。振り返ると、それは傭兵長のクルーズだった。

「クルーズじゃないか。どうしてここに? ホーク砦にいるはずじゃ?」

 新しい城壁の建設はもう始まっていて、彼ら傭兵たちもその任務についている。

「こちらで世話になっていた仲間たちのケガの具合がだいたい良くなったというのでな。確認のために今日こちらに着いたばかりだ」

「そうか。彼らはどうだった?」

「見てきたが、大事ない様子であった。このままホーク砦に着任させようと考えている。明日にはまた北に向かうつもりだ」

 そう言いながらも、クルーズはその右眼で興味深げにニクソン一等兵とレダ二等兵の儀式を眺めている。

「これはウルバンのヤツの儀式だな。王国ブランでこれを見ることになるとは思わなかった」

「ははは」

 俺の口からは乾いた笑いしか出てこなかった。クルーズはウルバンのことを快く思っていなかった。彼からすれば、この光景はなんとも滑稽に映るだろう。

「そういえば少尉殿、この町では大丈夫なのか?」

「なんの話だ?」

 不意に問われて、俺にはクルーズが何を心配しているのかが分からなかった。

「いや、大丈夫ならいいのだが……」

 クルーズはやや言い淀むと、少し周りを気にしながら、俺の耳元でささやいた。

「砦では、食糧が足りなくなってきているのだ。工事のための人員が増えているからなのかもしれないが、この町から送られてくる食糧が途切れがちになっているらしい」

「そんな話は聞いたことがないが……」

「これはまだ、俺と筆頭騎士ノエスタしか知らない話なのだ」

 クルーズは慎重な面持ちで続けた。

「貴軍の兵站に何かが起こっているとすれば……秘密裏に調べるべきではないかと考えている」


 黒巫女セイラムの『見えない戦い』。俺は否応なしにそのことを思い出していた。


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