三
「これは……ひどいな」
その風景を目の当たりにした俺が最初に口にした言葉はありふれていた。
偵察部隊の報告を受けた俺たちはすぐに、森の状況を調査するための部隊を編成した。二十台ほどの馬車に歩兵百名が乗り、クルーズたち聖王国の傭兵二百がそれを騎馬で護衛する。
こんもりと生い茂る初夏の森の緑に囲まれる中に、ぽっかりと現れた黒い光景。二時間ほど馬車を走らせて、最初に目にしたのがそれだった。
「火事があった訳ではなさそうだが……」
ガトー軍曹が手近な木々の焦げ目を慎重な手つきでなでる。
木々がなぎ倒されている。そしてところどころ黒く焦げている。あちこちで白い煙がくすぶり、立ち昇っている。
すすけた肉の臭いがあたりを覆い、それが鼻に染み付いてくる。
「筆頭騎士。これを」
クルーズが焦げた武具を軍曹に渡した。馬の鞍か何かだろうか。
「帝国の紋章が入っているな」
「ああ。どうやらこの辺りに転がっているのは全部そのようだ」
森を鎌か何かで刈り取ったかのように円形に広がる黒い広場。見渡しで百メールほどはあるだろうか。
そこにはかつて馬と人であったものが点々と転がっていた。それらは見るも無残に引き裂かれ、そしてやはり焦げていた。
俺の脳裏に、今朝の光景がよみがえる。空を貫く稲妻のような光。幾重にもアレが降り注いだのは、この辺りではなかったか?
「三百ほどの部隊だったようだな。クルーズ、こいつらの話は知っていたか?」
「いや。我らは作戦についてあまり知らされてはおらぬからな。しかし……」
クルーズは黒い円形の中央に目を向けた。
「アレがここにあるからには、これはウルバンの隊だったということだろう」
クルーズの視線の先、そこにはいくつかの馬車の残骸が見える。
そこに埋もれるようにして、鈍く黒く光るソレがあった。
帝国の新大砲。おそらく、アレがそうなのだろう。
「ウルバンというのは、何だ?」
「筆頭騎士にはまだ話してなかったか」
クルーズの眉間に、いまいましげな色が浮かぶ。
「ウルバンはある日突然、帝国にやってきた。アレを携えてな。なんでも魔法の力で砲弾を飛ばす特別製という触れ込みで、帝国ではアレを『ウルバンの魔砲』と呼んでいた」
「ということは、ウルバンとは人の名か?」
「そうだ。ウルバンはあの魔砲を帝国の強硬派に売り込みに来たらしい」
帝国にも色々な派閥がある。一番目立つのは対外的に領土を拡大しようという強硬派と、帝国内部の発展を重視する重商派だ。今の皇帝が即位してからの十五年、帝国の主導権を握っているのは強硬派だといわれている。
「ウルバンの売り込みは成功し、帝国から一つの部隊を任された。奴の魔砲の威力が恐るべきものであったというのが理由の一つ。だがウルバンが強硬派に気に入られた理由がもう一つある。それが予言だ」
「予言?」
俺は思わずクルーズに聞き返していた。予言。俺は、それに似た言葉を身近に聞いたことがある。
クルーズはうなずいた。
「ウルバンが強硬派の将軍に魔砲を売り込みに来たその場で起きた出来事らしい。どこからともなく老婆の姿をした魔来人が現れて告げたそうだ。ウルバンは帝国に富をもたらす英雄になる、とな」
「もしかして、その予言には続きがあるんじゃないか? 例えば七回戦って、五回勝利するといった感じの?」
俺の問いに、クルーズが驚いたような顔を見せた。右目が不審げな面持ちで俺を見つめている。
「確かに少尉の言う通り、予言はこう続く。ウルバンは七回戦い、四度負け、三回勝利するであろう」
「四度負け、三回勝利する……? 数が合わないな……」
「数が合わない? どういうことだ少尉」
俺の横から、軍曹が声をかけてきた。
「いや、実は俺も似た予言を知ってるんだよ。だが、それは二度負け、五回勝利するっていう内容だった」
「その予言を告げられたのは誰だ? この戦いに関わっているのか?」
「あ、いや。ちょっとした知り合いに聞いた話だ」
俺はとっさに嘘をついた。彼女のことは話さない方がいい。なんとなくそんな気がしたからだ。
「……まあ、予言というほどのものじゃなかったみたいだし」
「ふむ……」
軍曹の眼が鋭くなる。
「魔来人の謎かけかも知れない。知り合いには、気をつけろと言っておくといい」
「謎かけ?」
「ああ。魔来人にもいろいろな奴がいるが、なかには良くない企みをする連中もいる。謎かけは、そういう奴らがよく使う手だ。魔来人自体は数も少ないから、たいていは好きにさせておけばいい。奴らの魔法や魔道具は、ほどほどに付き合う分には役にも立つしな」
俺はエル爺さんとの別れの夜のことを思い出していた。確かに、あのときの魔来人は単なる商人と変わりなかったように思える。
「だが深く関わり過ぎるのは良くない。特に俺たち人間を利用しようとして手を出してくる連中はたちが悪い。奴らは魔道具で人の心を惑わし、知らず知らずのうちに人を操る。いや、操るというよりももっと間接的な手口を使う」
「どういうことだ?」
「奴らは状況を作り出す。何か強い願いや知られたくない弱みを持つ人間を、その状況にはめ込む。そして、奴らの思い描いた通りの状況の中で、思い描いたような行動を自ら進んで取るように仕向けるのだ。巻き込まれた人間は踊らされ、翻弄される。まるで抗うことのできない運命か何かに従うかのように、奴らの欲しいものを差し出してしまう。そして魔来人はすべてを手に入れ、俺たちの手元には何も残らない」
軍曹の言葉に、俺の中でうっすらとした不安がわきあがってくる。彼女もまた、魔来人の謎かけに操られているのだろうか? だが、俺には心当たりがなかった。彼女には魔来人に利用されるような強い思いがあるとは思えない。もちろん、他人に知られたくないような弱みもないだろう。
しかし……。俺はいつもなら胸の中で押さえ込んでいた疑問に思いを巡らした。なら、どうして彼女はこの戦いに飛び込んだのだろうか?
「筆頭騎士! 傭兵長! こっちに来てくれ!」
黒い広場の中央近くで、傭兵たちが軍曹とクルーズを呼んでいた。俺たちが話し込んでいるうちに広場の状況の確認は進んでいたようだ。
今は、ウルバンの魔砲のまわりに兵たちと馬車が集まっている。
呼ばれた場所、そこには一つの遺体が倒れていた。やはり焦げていて身元を確認するのは難しそうだったが、身につけているものが他の遺体とは違っていた。呪術的な意味合いのありそうな装身具に、大きな石のはまった指輪の数々。
「ウルバンだな」
一言、クルーズがつぶやく。
「奴の野望も、ここで尽きたということになるか」
「ずいぶんこの男のことを嫌っているんだな」
「それはそうだ少尉。元はと言えば、奴のせいで今回の戦いが始まったようなものだからな」
「そうなのか?」
「ああ。あの魔砲がなければ、強硬派も王国に攻め込もうとは思わなかっただろう。我らの同胞がこの戦いで命を落とすこともなかった」
クルーズの言葉は苦々しげだった。
「ともあれ、これで魔来人の謎かけは無効になったわけだ」
クルーズとは対照的に、軍曹の口調は冷静だった。
「いくら魔来人でも、謎かけした当人を失ってしまっては思い通りにいかないだろう。この戦いが奴らの仕組んだものだったのなら、近々それも終わる。誰が何の意図で、どうやってこの帝国軍を屠ったのかは分からないがな」
「戦いが……終わるのか?」
「その可能性が少し出てきた、ということだ。代行殿の作戦通りにホーク砦を取り戻すことができれば、恐らくはそうなる」
本当にそうだろうか?
俺の中で彼女が聞いたという占い師の言葉が繰り返し繰り返し浮かんでは消える。七回戦い、二度負け、五回勝利する。もしもそれが魔来人の謎かけだったら? 魔来人が帝国側だけでなく、俺たちの方にも謎かけを仕掛けていたのだとすれば? ホーク砦を取り戻す、そう言っている本人が謎かけに操られているとしたら?
俺がそんな思いに沈んでいたそのときだった。
ウルバンの魔砲を馬車に積み込もうとしている兵たちから、驚いたような声が上がった。
「どうした?」
「少尉! 生存者です!」
俺たちはその声の方に駆け寄った。すべてがなぎ倒され、引き裂かれているこの黒い広場に生存者がいる。それが本当なら、ここで何が起きたのか、そして帝国がここで何をしようとしていたのかがわかるかも知れない。
俺は兵たちが抱え上げようとしているその生存者をのぞき込んだ。
腕や脚のあちこちに火傷のような傷を負い、身につけているものはぼろぼろになっていたが、その小さな胸はかすかに上下を繰り返していた。
子どものような背丈に柔らかそうな髪の、少女のような傭兵。
そう、それは見知った顔だった。
「レダ二等兵!」




