プロローグ
中世風ファンタジーの異世界戦記モノの長編です。
不定期連載です。第7章までを予定しています。
俺の彼女がとつぜん、軍に入隊すると言い出した。もちろん俺は反対した。
「軍の制服ってカッコイイよね」
俺の言葉に耳を貸す様子もなく、彼女はしきりに俺の制服をほめている。色が渋くて落ち着きがあるとか、袖の飾りボタンがひかえめで可愛いとか。
「たぶん、私が着ても似合うと思うの」
「それは、俺もそう思うが……」
いやだから。そういう話ではなくて。
「君は医師の免許を取ったばかりじゃないか。それに今年の兵卒や下士官の募集はもう終わっているし、士官で入隊するには士官学校を卒業しないといけない」
「士官学校卒業おめでとう、トール」
彼女がほほに軽くキスをする。
「もうすぐ、少尉様だね」
「しばらくは見習いだよ」
予定では北の国境の要衝、ホーク砦に赴任することになっている。彼女とは最低でも二年間、会えなくなるだろう。
「私って、待ってるだけって苦手なの」
「知ってるよ」
「だからね? 私も軍に入れば待たなくてすむでしょ? ほら名案」
彼女は俺から軍服を取り上げると、肩口から体に合わせてくるりと回った。軍服の紺色がふわっとした風になびく。
「ほらほらー。可愛い少尉様ですよー」
「君は少尉でもなければ軍人でもないだろ」
「んー?」
彼女が首をかしげると、淡い金髪が流れるようにして肩をこぼれ落ちていく。
「でも、占ってもらったんだよ?」
「何を?」
「私が軍人になったら、どうかな? って」
「誰に?」
「もちろん。占い師」
「占い師?」
「知らないの? 占いを、する、人のことです」
「知ってる」
「よろしい」
彼女はもったいをつけるような仕草で胸を張った。
「トール君にも、占い師さんのありがたい予言をお聞かせします」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてね? 大切なことだから」
「はいはい」
彼女は小さく咳払いをした。
「おお、軍に入隊したお主の未来が見えるぅ!」
「モノマネはいいから」
「形から入るのって、大事なのよ?」
「はいはい。続けて?」
「お主は国を救う、英雄となるであろう。七回戦い、二度負け、五回勝利するであろう」
なんだ? やけに具体的な予言だな。
「どう?」
「どうって?」
「英雄だよ? 英雄。救っちゃうの。国を」
「うん」
「素敵でしょ?」
「でも俺は反対。君を軍になんて入れさせない」
「だめ?」
「だめ」
「なんで?」
「危ないから。戦いになったら、命を落とす危険があります」
「ですよね」
彼女はニッコリと笑った。
「だから、私はトールが危ない目に会うのが心配です」
「俺は君のことを心配しているんだが?」
「奇遇ですね。二人は相思相愛かしら」
どうも彼女には、俺の言うことを聞く気が無いらしい。
「実は、もう、入隊の手続きはしてきてしまいました」
「は?」
「はいそこ、マヌケな顔をしてはいけません。せっかくの凛々しいお顔が台無しです」
「いや、だって、いくらなんでも急には無理だろ?」
驚いている俺に、彼女は一枚の紙切れを見せた。
「知ってますか? 軍というのは命ととなり合わせです。ケガをした人を、誰かが治してあげないとたいへんなことになります」
「あっ」
……軍医か。
従軍する医師は、たいていいつも不足している。軍は常時募集をかけていて、民間から医師を登用しているのが実情だ。軍医に応募した者は、二ヶ月程度の研修を経て士官待遇で迎えられる。
「その手があったか」
「これからもトールと一緒だね」
「……」
「あら? 嬉しくて声もでなくなりましたか」
「君の無謀さに呆れているんだよ」
「いっしょに国を救いましょうっ!」
「おー」
「気合が足りませんね。お注射しますよ?」
「おーっ!」
「よろしい」
彼女はご機嫌だった。
春になり、俺と彼女はそろって軍に入隊した。
彼女のことを愛している。どんなことがあっても、彼女を守らなければ。




