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第六回:別荘

色々と疲れました・・・・・・。

「はぁ・・・・・・」

 溜息が出る。

 自然と。

 いろんな意味で。

 ついに来てしまったのだ。

 彰の別荘とやらに。

 見るのも嫌になるくらいのでかい別荘。

 これは別荘といえるのか・・・?

 そこら辺のホテルなんて相手じゃない。

 比べるのがかわいそうになる。

「どうしました? 溜息なんてついて」

 三階のベランダの手すりに寄り掛かっている沙希に、後ろから彰が声をかけてきた。

「俺にも諸事情ってやつがあるんだよ」

「そうですか・・・」

 笑いながら近寄ってくる。

 正直、不気味だ・・・。

 やめてくれ。

「そういえば・・・セユトは?」

 別荘に着いたのは、ほんの一時間前。

 沙希は部屋に入り、まだ一歩たりとも外に出ていなかった。

 先程、廊下をすごい騒音を立てながら、狂ったがごとくセユトが叫びながら走り去っていったようだが・・・。

「樋澄さんなら、プールに行かれましたよ」

 沙希と同様に、彰も手すりに寄り掛かった。

「ふ〜ん・・・・・・って、まだ寒いだろ! 今は五月だぞ! 水温が低いに決まっているだろうが。凍死とまではいかないが、風邪を引くのは間違いない」

 そうだ。

 結構寒いぞ。

 こんな気温でプールになんて入ってみろ。もう、歯がガチガチいうだろうが。

 まあ、寒い理由として、ここの標高が高いということもある。

 遠くに見える山に雪が積もっているくらいだ。

「大丈夫ですよ。水温はある程度調節できますから。・・・それに、プールは屋内に造ってあります」

「・・・そ、そうか・・・」

 ・・・・・・・・・・・・。

 屋内プールに、水温がある程度調節できるだと・・・・・・、まったく、金持ちは困ったもんだ。

 なんで、従兄弟という近い親戚なのに、こうもちがうかね〜。

「・・・はぁ〜・・・」

 またも溜息。

 微妙な沈黙の時間が流れる。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 山に囲まれている別荘。

 緑豊かな自然。

 近くには、雪解け水が流れている小川。

 魚も居るだろう。

 そのど真ん中に立つ、存在感のある金かけまくりの高級別荘。

 周りを見渡すが、建物らしきものがまったく見当たらない。

 ・・・・・・・・・・・・。

 まさかな・・・・・・。

 あえて訊かないでおこう。

「沙希さんは行かないんですか? プール」

 視線をこちらに移し、彰が訊いてきた。

「あぁ、行かね〜よ。つーか、なにも用意してきてないし」

 当たり前だ。

 こんな時期にプールに入れるとは思うわけがない。

 まあ、用意していたとしても入らない気がする。

 だが、セユトはちゃっかり用意してきたらしい。

 準備のいいことこの上なしだ。

「そういう彰はどうなんだ? これはきっとチャンスだぞ」

「は、はぁ・・・? ですが、ボクは泳げないもんですから・・・」

 苦笑いを浮かべながら言った。

 初めて知ったよ。

 お前が泳げないなんて。

 じゃあ、プールはなんのためにあるんだ?

 金の無駄だぞ。

 借金してるヤツらに申し訳ないと思わないのか?

「なあ、彰・・・?」

 トントンッ。

 言いかけると、不意にドアがノックされた。

「失礼いたします」

 そういって入ってきたのは笠間さんだった。

 ちなみに、この別荘まで連れてきてくれたのは笠間さんだ。

 車で来るはずだったが、急遽それが変更になってしまった。

 どこかの誰かさんが、

「ヘリコプターがいい!」

 と、ぬかしやがったのだ。

 まあ、それを了承したヤツもヤツだが・・・。

 だが、一番驚いたのは笠間さんがヘリを操縦できたことだ。

 よくもまあ、若いのにがんばる人だ。

 別荘にヘリポートがあるし。

 どうなってんだか。

「お食事の御用意が整いました。食堂にお越しくださいませ」

「はい、わかりました。すぐ行きます」

 と、笠間さんは一礼して出て行った。

 そうか、もう昼か。

 そういや、腹へったなー。

「沙希さん。行きましょうか?」

 なぜかテンションがいつもよりちょっと高めの彰が言った。

「おう!」

 なぜか沙希もテンションが高めだ。



 食堂。

 二十人くらい座れる長テーブルに、ポツリと三人だけ。

 沙希とセユトが向かい合い、その斜め横に彰。

 ちょうど三角形の形になっている。

 笠間さんはというと、彰とセユトの横に直立不動がごとく立っている。

 フォークの先端をくわえ、不思議そうにセユトが笠間さんに視線を向けている。

「・・・ねぇ? あんたは一緒に食べないの?」

 フォークをくわえたまま訊いた。

 あんたとは年上に向かって失礼だと思うが。

「はい」

 と、それだけ。

 セユトは表情を変えず、視線を外さない。

 見兼ねた彰が補足を付け加える。

「樋澄さん、いくら言っても無駄ですよ。ボクも何度か言ったことがあるんですが、笠間さんは頑固なところがありまして・・・」

 彰が困ったように言った。

 俺も少し困っている。

 なんだか、食べているところを見られていると落ち着かない。

 多分、彰もそうだろう。

 笠間さんは仕事をちゃんとやっているつもりだろうが、俺たちにしてみたら有難迷惑だ。

「ふぅ〜ん」

 納得したかのようにセユトが顔を上下させる。

 まぁいっか、と、昼飯にがっつき始めた。

 マナーというものを知らないのか?

 コイツは・・・。



 昼食も食い終わり、食後のお茶を飲んでいるところだ。


―――ズズズズズッ!


 場に似合わぬ騒音を立てながら、セユトが紅茶をすする。

 ホントにコイツはマナーってもんを知らんな。

 そんなセユトに彰が恐る恐る注意をする。

「あ、あの〜、樋澄さん? もう少し静かにできませんかね〜・・・」

 すると、セユトはボケたような顔をした。

「へ? なにが?」

 コイツは・・・。

 天然か?

 騒音被害を撒き散らしているというのに。

 彰はあきれている。

 もうどうにでもなれ状態だ。

 セユトは「?」マークを浮かべていたが、またも「まぁいっか」というふうになった。

 なおも騒音被害は続く―――。

「そういえば、お二人は星はお好きですか?」

 彰は唐突に、ティーカップを手に持ったまま訊いてきた。

 星・・・?

「あの、夜になると見えるあれか?」

 自分でもバカなことを訊いたと思った。

 他に何があるんだ?

「えぇ、そうですよ。晴れた夜空に光る天体のうちの、月以外のものです。恒星、惑星がそうですね」

 いや、そこまで詳しく説明せんでも解る。

 むしろ解りにくくなる。

「まあ、嫌いではないが・・・・・・それがどうしたんだ?」

「わたしも嫌いじゃないけど・・・」

 セユトが言う。

 彰はティーカップを置き、沙希とセユトに視線を交互に向ける。

「では、今夜天体観測でもしますか?」

「する〜!」

 と、セユトが勢いよく即答。

 イスから立ち上がり、なぜか挙手をしている。

 沙希はというと、

「ヤダッ!」

 と、はっきりくっきり言った。

 星は嫌いでもなければ好きでもない。

 そんな見るほどのものでもないだろう。

 それに・・・・・・。

「それは残念ですね〜。別荘の裏に観測所があるのに・・・」

 コイツはもう、自慢話しか?

 そんなことされても、痛くもかゆくもないぞ。

 と、紅茶を静かに飲んでみせる。

「じゃあ、しょうがないですね〜。樋澄さん、九時になったら部屋のほうへ行きますんで。それまで別荘内を自由に使っていてください」

 二コリと彰が微笑む。

「う、うん。分かった。じゃ、じゃあ、わたしはまた泳いでくる」

 少し焦り気味に行ってしまった。

 彰も食堂を出て行ってしまった。

 ――――――。

「さて、俺も行くか」

 カップをキッチンへ持って行き、笠間さんに渡した後、沙希は庭へと足を運んだ。


 風が心地よい。

 太陽の光も心地よい。

 普段気にも留めない空気さえもやわらかく感じる。

 やさしく包み込んでくれような。

 そんな空気。

 いつも以上に空がはっきりと見える気がする。

 何故だろう?

 空気が澄んでいるからかな?

 青く澄み渡る空。

 いつもとは何かがちがう。

 何処がとは言えないが、なんとなく、いつもより大きい感じがする。

 何か生き生きとしている。

 雲一つない。

 青天。

 いくら探しても、雲らしきものは見つからない。

 たまにいるんだよな、仲間はずれの雲が。

 そいつはいつも小さくて、仲間はずれというよりか、親とはぐれてしまった子供みたい。

 寂しそうに辺りを漂っている。

 彷徨っている。

 一人寂しく。

 泣きじゃくっているのかもしれない。

 こんな広い世界に一人。

 気がつくと誰も居ない。

 ・・・・・・・・・・・・。

「―――激暇だ!」

 木にもたれ掛かりながら言う。

 だが、暇でもいいような気がする。

 暇で困っているわけではない。

 なんとなく、

 何かを言いたかった。

「―――」

 木漏れ日が、沙希の身体に模様をつけるようにして踊る。

 一つ一つの漏れ出している光が暖かい。

 気持ちいい。

「―――」

 目を閉じ、耳を澄ます。

 風で揺れる木の葉の音が清々しい。

 ・・・・・・・・・・・・。

 すると、微かに後ろから足音が聞こえた。

 こちらに近づいてくる。

 何も言わず、ソイツは無言で俺の横に座った。

 セユトだ。

 何しに来たんだ・・・?

 セユトの顔も見ずに、沙希は問いかけた。

「なんの用だ?」

 どっか行ってくれというような口調。

 何故俺がこんな態度になるんだ・・・?

「うん。ちょっとね・・・」

 沙希はかなり驚いた。

 いつもと異なる、震えているような声。

 膝を抱え、身を丸くしている。

 様子がおかしい。

 何かあったのか・・・?

「どうしたんだ? なんかおかしいぞ・・・」

 視線をセユトに移し、もう一度問いかけた。

 顔色がかんばしくないようだ。

 つーか、唇が紫色に変色している。

 プールに入りすぎていたのか?

「なんでもないよ・・・。ちょっと、寒気がするだけだから・・・」

 さらに膝を強く抱え、身を小さくする。

 いつものセユトからは考えられない様子。

「それって、寝てたほうがいいんじゃないのか?」

「・・・大丈夫だよ。もう少しで良くなるから・・・」

 無理に元気な声を出そうとしているのが判った。

 だが、その行動がいっそう心配を増大させている。

 紫色に変色した唇が微かに震え、身体も同調しているように震えている。

 とても大丈夫には見えない。

「ほら、部屋に行くぞ」

 やはりただ事ではないと思い、とりあえず部屋で休ませることにした。

 まだ水分を含んだ髪のまま、こんな所にいては風邪を引いてしまうだろう。

 言いながら立ち上がると、急に身体が地球の重力に引っ張られる感覚に襲われた。

「・・・・・・」

 見ると、セユトが沙希の服の裾を引っ張っていた。

 何も言わず、無言のまま。

「どうしたんだ?」

 訊いてもなにも答えず、

 無言。

「―――ッ!」

 すると、セユトの頬をなにかが伝った。

 心臓が停止してしまうのかと思うほど驚いた。

 光跡が残り、セユトの手の甲に滴り落ちる。

 一瞬、髪から水が滴り落ちたのか、とも思ったが、違っていた。

 思考回路が停止し、なんだかよく解らなくなり、沙希はは何も言わずに座り込んだ。

 セユトは沙希の裾を離そうとしない。

 膝に顔を埋め、嗚咽だけが微かにもれてきている。

 こんなセユトを見るのは初めてだ。

 いつも強気で、テンションの高いヤツなのに。

 こういうときは、何か声を掛けてやったほうがいいのか?

 それとも、何も言わずにいたほうがいいのか?

 十六年間生きてきてこんな場面に出くわしたことのない沙希は、何をしたらいいのか分からずにどぎまぎしていた。

 声を掛けようにも言葉が何も出てこない。

 かといって、無言のままだと何か気まずいものがある。

 脳をフル回転させ、いままで得てきた知識と経験で言葉を検索する。

「―――――ッ!」

「――――ッ!」

「―――ッ!」

「・・・・・・」

「・・・」

 駄目だ。

 何も出ない。

 そもそも、知識とかまったく得てないし。

 経験なんて、たかが十六年やそこらじゃ役に立たないし。

 駄目じゃん。

 まったく駄目じゃん。

 意味ないじゃん。

 無意味じゃんか、俺。

 自分で自分をさげすんでみる。

 これこそ無意味だ。

 そんなくだらなく、本当に無意味な思考をめぐらせていると、

「・・・・・・ごめん」

 か細い声で、ギリギリ聞こえる程度にセユトが言った。

 未だにどうしていいのか分からない沙希は言葉が出なかった―――。

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