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第四回:雲の真実

 沙希は空を眺めるのが好きだ。

 いつから好きになったかは覚えていない。

 なぜ好きになったかも覚えていない。

 何も覚えていないのだ。

 だが、沙希は空を眺めたかった。

 理由なんてものはない。


 沙希は雲を眺めるのも好きだ。

 いつから好きになったかは覚えていない。

 なぜ好きになったかも覚えていない。

 何も覚えていないのだ。

 だが、沙希は雲を眺めたかった。

 理由なんてものはない。

 雲を眺めていると、いつも思うことがある。


あの雲は、何処までがあの雲なのか―――。

何処までが、あの雲で居られるのか―――。

あの雲は、元々あの雲だったのか―――。


一つのカタマリだと思っていたのが、気がつくと二つや三つに見えたり。

わかれてしまいそうな雲は、何処までがあの雲で、何処までがあの雲じゃないのか。

 今見えているカタマリは、最初からあの雲のカタマリであったのか。


 真実というものは雲と似ているのかもしれない。


 真実だと思っていたことが、気がつくと枝分かれ式のようになっていたり。

見ているだけでは、何処までがそれで、何処までがそれでないのかは判らない。

 今見ている真実は、実は最初から真実ではないのもしれない。


 そうなのかもしれない。


もし、空や雲を眺めることに理由を付けるとしたら「自然の雄大さを感じたい」などという、ふざけた善人みたいなことを言うのであろう。

 だが、残念ながら俺はそんなナリじゃない。

 ありえない。

 ――。

 ―。



 今日は休日だ。

 教師の厳つい顔を見ることもない。

 気の休まる日だ。

 外は晴れている。

 それと、暇だ。

 退屈だ。

 沙希は彰の家で、貴重な休みを過ごしていた。

 今は、しっかりと整備された庭に居る。

 芝生の上に寝ていると気持ちがいい。

 手足をいっぱいに伸ばし、大の字の格好で寝ていた。

「―――」

 いつものように空を眺めていると、とても暖かい日の光のせいで寝てしまいそうになる。

 風も心地いい。

 芝生がクッションになっている。

 風で揺れた木の葉同士が擦れる音までもが眠気を誘う。

「―――」

「―――沙希さん?」

 隣から突然にして必然的に声がした。

 半分眠りの世界に入っていたが、声の主のせいで連れ戻された。

 彰の野郎だ。

「隣、よろしいでしょうか?」

 無視した。

 目を閉じたまま。

 早く何処かへ行ってくれと思った。

 だが、彰は俺の了承もないまま座ってきた。

「沙希さん。気持ちいいですね」

 何がしたいんだ?

「どっか行ってくれ」

 怒ったような口調で言った。

 実際怒っていた。

 コイツに声をかけられたということもあるが、なによりも、眠りそうなところを連れ戻されたことが頭にきていた。

「何故沙希さんは、ボクと話しているときはいつも怒っているんですか?」

 不思議そうな顔をして訊いてきた。

「お前と話しているときに怒っているんじゃない。お前が話しているから怒っているんだ」と、沙希は言いたかったが、過去の経験からして、なにやら哲学みたいな話になることは解っていたので、何も言わずに沈黙を死守した。

「まあ、いいですよ。言いたくないのなら・・・」

 沈黙。

 風で木の葉と木の葉が擦れる音がやけに大きく聞こえる。

「―――」

 平和だ。

 ・・・・・・。

 隣にコイツさえ居なければ・・・。


「沙希さん? 少しお訊きたいことがあるんですが・・・」

 彰が何処か遠くを見ながら言ってきた。

 沙希が寝転んだ状態で答える。

「よしっ! まかせろ! そして、俺が答えたらここから消えろ」

 俺は半身を起こし、気合を入れて身構えた。

 コイツが居なくなれば言うことなしだ。

「分かりましたよ。ちゃんと答えてくれたら消えます」

 彰はそう言って少し苦笑いをした。

「ですが、ボクはこういうことはあまり得意ではないので、何て言ったらいいのか・・・」

 あごに手を当て、真剣な表情で考え込む。

コイツにしては珍しいかもしれない。

 いつも、次から次へと話を持ち出してくるのに。

 こういう早く話が終ってほしいときに考え込むとは・・・タイミングが悪い。

 悪すぎる。

「何でもいい。大雑把でもいいから早く言ってくれ」

 じらされるのは好きじゃない。

 たのむから早くしてくれ。

 つーか、早くしろ。

 早くしないと殺すぞ。

「分かりました。・・・・・・率直に言うとですね〜、樋澄さんのことなんですが・・・」

 彰がとても言いづらそうに言う。

 変なヤツの名前が出てきたものだな。

「・・・正直、どう思いますか?」

 どう思うかって聞かれても・・・。

 先程の彰のようにして、沙希はあごに手を当て考え込んだ。

 ・・・・・・・・・・・・。

 そして・・・、

 言った。

 言ってしまった。

 なんのまがいもない、

 考える人ポーズで。

「結構不真面目なヤツ」

 ・・・・・・・・・・・・。

 変わっていなかった。

 第一印象から。

 最初に会ったときから。

 別にどうでもいいが・・・。

 そして、彰が半ばあきれ顔をして言い放った。

「いえ・・・もっと具体的に・・・」

 具体的にと言われても・・・。

 そうだな〜・・・。

 あえて言うのであれば。

「中々おもしろいヤツだ」

 すると、彰がなにやら納得するようにして、

「ん〜、そうですか・・・」

 と、それだけ。

 何に納得するかは分からないが、ついでに付け足してやった。

「檻に入れて動物園辺りに置いとけばかなり客が来そうだ。ついでにテレビの取材も来そうだな〜」

 彰は完全にあきれた。

「は、はぁ〜・・・」

 人に訊いといてなんて顔だ。

 失礼だぞ。

 もっと礼儀正しくしてほしいものだ・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・?

 ・・・・・・・・・・・・?

 ・・・あっ!

 そうか!

 そういうことだったのか!

 沙希はなにやら一人で納得した。

 そして、彰の肩に腕をまわし、

「そっか〜。お前、そうだったのか〜。水臭いヤツだな〜」

 微笑みながら言う。

 こんな性格だったか・・・?

 沙希は何故か舞い上がっていた。

 彰は頭の上に「?」のマークを出している。

 何が何やら解らない。そんな感じだ。

「まあ、彰。俺に出来ることがあったら、何でも言ってくれ。特にないと思うがな」

「あ、は、はい・・・?」

 なんだか釈然としないようだ。

 沙希は立ち上がり、彰の正面に立つと、両肩に手を置いた。

「俺にはこんなことしか言えないが、がんばれっ!」

「あ、ありがとうございます・・・?」

 相変わらず「?」マークが頭の上にある。

 そうだったのか。

 彰が・・・。

 あの、彰が・・・。

「・・・・・・そうだったのか・・・」

 と、最後に聞こえないくらいの小さな声で言った。


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