第三回:ヤツ
「え!? じゃあ、沙希。あんた、今彰の家で暮らしてんの?」
物珍しそうな眼差しで訊いてきたのは、同じクラスの樋澄セユトという輩だ。
食いながら喋らないでほしい。行儀が悪い。
「あぁ・・・」
適当に返事をする。
今俺達が居るところは、社会科の準備室だ。はっきり言って、此処はまったく使われていない。
許可なく入るのはもちろん駄目だ。だが、人が来ないので、昼休みなどは勝手に使わしてもらっている。
今は目の前の食いもんに集中しているところだ。
「ふぅ〜ん。あの豪邸でねぇ・・・」
彰の家を想像しているのだろう。想像をつかさどると言われている、左脳の方に目がいっている。
つーかお前、彰の家に行ったことあったか?
「ないわよ」
口に運んでいるパンが落ちそうになってしまった。
「じゃあ、なんで知ってんだよ?」
「通り掛ったのよ。あんな目立つ家、他にないでしょ?」
確かに・・・。
あんな家、テレビや本などでしか見たことがない。
考えてみればすごいことだ。
一生の内にあんな豪邸に住めることなんて・・・いや、入ることすらあまりないだろう。
これは喜ぶべきことなのかもしれないな。
あぁ、きっとそうだ。
そうにちがいない。
そう思いたい。
「ところでさー、彰は? 来ない内に食べちゃってよかったの?」
なら食うな。と、聞こえない程度に突っ込んでやった。
いつもなら、俺とセユトと彰とで飯を食っている。
だが、今日は珍しく彰は来ていなかった。
「別にいいだろ。来ないほうが悪い」
「そお。ならいいんだけど」
パンを食い終わった俺は、ひとつの袋にゴミを詰め込み、五百mlのお茶を一気に流し込んだ。
「あんた、もう食べちゃったの? しかも一気飲み・・・」
セユトはあきれたような顔で言った。
「文句でもあるのか?」
「いや、別にないけど・・・」
苦笑混じりの表情。
まだ、食べかけパンを手に持っている。
「さてと、まだ時間あるし・・・寝るか」
寝た。
―――。
――。
―。
セユトは気の強いヤツだ。
それと、かなり強引なところがある。
クラスでは適度に目立っており、かなり微妙な名前のためか、教師にちゃかされたりしていた。まあ、最初だけだったがな。
セユトに対する沙希の第一印象は「結構不真面目なヤツ」
俺も人のことは言えないが、ヤツもなかなかだ。
四月の中旬頃に、沙希が授業をサボっている時があった。四月の内からサボり始めるヤツなんてそうそう居ないがサボっていた。
社会科準備室で。
しかも一時限から。
窓を開け、空を眺めていた。
雲と雲の境界線を探していた気がする。
あの雲は、何処までがあの雲なのか―――。
何処までが、あの雲で居られるのか―――。
あの雲は、元々あの雲だったのか―――。
そんな風に、考えていた。
結局は判らないのだ。
見た目だけじゃ。
その物の本質は、そのものだけでは判らない。
判るはずがない。
解ったヤツは嘘つきか詐欺師だ。
――――――。
――――。
――。
「・・・・・・ッ!」
不意に風が入り込んできた。
春の、心地よく、暖かい風が、沙希の頬をなでる。
気持ちがいい。
このまま、この風に包み込まれていたい。
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・あんた、何やってんの?」
突然後ろから声がした。
どうやら、俺に対して言っているようだ。
体を反転させ、声の主を探す。
「樋澄・・・さん?」
そこには、鞄を片手に持ったセユトの姿があった。
まだ口もきいたことがなかったが、変わった名前だったので沙希も覚えていた。
どうやら、風が勢いよく入り込んできたのは、セユトが教室のドアを開けたかららしい。
「もしかして・・・サボり?」
もしかしてもないだろう。この時間に、こんな所に居るんだ。他に何があるというんだか。
「まあ、そうかな」
と、それだけ言い返した。
半分驚いたような表情をしている。もう半分は、よくわからないような複雑な顔付きだ。
セユトはドアを閉め、鞄を持ったまま中に入ってきた。
「ふぅ〜ん。あんたって、授業とかサボるんだ・・・」
そう言いながら辺りを見回すと、準備室に一つしかないイスに腰を下ろした。
「それって・・・どういう意味?」
沙希はその意味がよく解らず、今度は此方から質問をした。
「あんたってさー、なんか真面目君みたいなんだよね。見た目からして、いかにも勉強してますって感じがするし・・・」
セユトの発言に驚き、沙希はおもわず少し吹いてしまった。
必死に笑いをこらえようとするが、これは笑わずにはいられなかった。
「な、何がおかしいのよ?」
イスから立ち上がり、赤く染め上げた顔で言ってきた。
恥ずかしそうにしているが、これはきっと怒っているのだろう。
「い、いや。別に」
こらえきれない笑いが、涙に変わって目元から少し溢れ出した。
樋澄セユト・・・おもしろいことを言ってくれる。
俺が真面目だ?
ありえない。
ありえるはずがない。
あってたまるか。
「笑うな!」
耳までもが赤くなり、照れたような仕草を見せる。
「ごめん、ごめん」
ようやく笑いが治まってきた。
目に溜まった涙を拭いながら言う。
「いやー、そんなこと言われたの初めてだよ。勉強なんてまともにやったこともないのに」
本当にそうだ。
まともにやったことなんてない。
授業すら聞いていない。
「もういい!」
完全に怒った表情をしている。
イスに座り直し、鞄の中から教科書やら筆箱やらを取り出した。
勉強を始めるようだ。
よくやるな。
勉強なんて。
なんて真面目なんだ・・・。
・・・ん?
沙希はあることに気づき、セユトに訊いてみた。
「樋澄さん、そういえば、何しに来たの?」
当たり前の疑問だ。
俺はここでサボっている。
樋澄さんはここで勉強している。
ここで勉強するくらいなら、授業に出て成績を上げたほうがいいんじゃ・・・。
「あんたと同じ。サボってるの」
それだけじゃ解らん。
「わたしね、あの油っぽいハゲ教師の授業なんて聞きたくないから。あんたもそうじゃないの?」
さも当たり前のような顔でセユトは言った。
こんな感じのヤツだ。
ひどい暴言を吐いたり、よく解らんことを言い出したり。
一時限が終り、セユトが社会科準備室を出ていく時に「サボッた同士、仲良くしましょ」と、意外すぎることを言ってきた。
ほんと、よく解らんヤツ。
だが、セユトは笑っていた。
俺も、つられて笑いそうになった。




