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第一回:腹のムシ

 ぼーっとしている内に高校生になってしまっていた。

 自分で特に行動を起こしたわけではない。流されるままに流されてきただけ。

 俺の頭でも行けるような高校に進学していた。まあ、家から一番近いってこともあるが。

 はっきり言うと高校なんて行きたくなかった。親に無理矢理行かされているのだ。こういう強制的なことはやめてほしいものだ。

 今は五月。またの名をさつきという。

 まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく今は五月だ。

 新入生は緊張がほぐれ、だらだらとしてくる季節。

 なんだ、こんなもんか・・・、てな感じに。

 想像していた高校生活とはちがい、現実と想像のギャップの激しさに疲れてしまう。

 俺は期待通りのつまらなさだがな。

 親が親で「ちょっと出かけてくる」と、かなり大げさな荷物を持って出て行ったきり、もう半月以上は帰ってきていない。

 失踪か? とも思ったが、俺もためにインスタント食品を買い溜めしてあるし。

 親の好きなテレビ番組はしっかり予約してある。

 これはきっと、巧妙に計画された失踪だな。

 だが、そろそろ限界だ。

食料が尽きてきた。

金がない。

貯金通帳は持っていきやがった。

 俺も年貢の納め時かな・・・。

「プルルルル、プルルルル!」

 電話が掛ってきた。

 耳障りな音に腹を立てつつ、稲原沙希は電話に出た。

「もしもし、稲原です」

 善人を装い、慣れたように対応をする。

「あぁ、沙希さんですね」

 電子音のかかったその声には聞き覚えがあった。

 同じクラスにして、従兄弟の稲原彰だ。ついでに性別は男だ。

「用件だけ言え。さもないと切るぞ」

 電話をしてきたのが彰だと判ったとたん、沙希は態度を豹変させた。

 なんともほんわかな声で喋りやがる。

「そんな嫌忌にしないでくださいよ。ボク、何か嫌われるようなことをしたでしょうか?」

「俺は今、無性に腹が立っているんだ。いいから用件だけ言え」

 電話を耳にあてたまま壁に寄り掛かった。

 溜息ともつかない溜息が口から出る。

「そうでしたか、これは失礼しました。では、用件だけ言わせていただきますね」

「前置きはいいからさっさとしろ」

「わかりました。では、本題です・・・・・・」

 彰の声が突然深刻そうな声に変わった。

いつもとは様子が違うようだ。

「・・・・・・・・・・・・」

「―――わたしの家に来てください」

 気の抜けるような声で言った。

 何だったんだ・・・さっきの深刻そうな声は・・・?

 何かと思えば・・・遊びの誘いか、コイツにしては珍しいこともあるものだ・・・。

 そういや、コイツの家へは家族と一緒のときにしか行ってないな。

「いえ、違いますよ。沙希さんのご両親が出かけていると聞いたので、さすがに家に一人ではさぞ寂しいと思いましてね。沙希さんのご両親が帰られるまでボクの家にと思いまして・・・」

 コイツ、また何かたくらんでるな?

 いつも何考えてるんだか判らん顔して・・・とにかく食えないヤツだ。ここは断るべきだろう。

「べつに寂しくなんかないぞ」

「そうですか。それは困りましたねー。実はボクの家族も外出していましてね、今家に居るのが、ボクと笠間さんだけなんですよ。さすがに二人だけというのは寂しいものがありまして・・・」

 結局寂しいのはお前か、と言いたくなる。だが、ここは極力へたなことは言わないほうが賢明だろう。

 彰が言っている笠間さんとは、彰の家で働いている家政婦のことを言っている。

ようは、彰の家は金持ちということだ。俺みたいな凡人とは訳が違う。

「どうですか? 家に来る気はないでしょうか・・・?」

 訪問販売の業者みたいな口調だ。巧みな話術で客を騙す、あなどれないヤツだ。

「まったくない。そんなに寂しいなら家政婦でもなんでも増やせばいいだろう」

 キッパリ断った。

コイツに騙されて後で後悔なんてしたくないね。

「あなたがそれでいいならいいんですけど・・・」

 演技のような口振りで声のトーンが下がった。

 実際のところ、俺をどうしても自分の家に行かせたいらしい。

 何か裏があるのだろうが、そんなもんは判らん。

「どういう意味だ?」

 ヤツにどういう意図があるのか、探れるだけ探るしかない。

「そうですねー、あなたの腹部に手を当てて聞いてみてください」

 言われた通りに手を当ててみる。

 ・・・・・・・・・・・・。

「どうですか? 来る気になりましたか?」

「・・・・・・あ、あぁ・・・」

 沈んだような返事をした。

 言われた通りに手を当てた自分が情けなく思えてくる。

 俺は、自分の腹の情けない音が聞こえていないことを祈った。

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