コーチ×副顧問
我心が来たのは女子コーチのテントの前だった。今は昼食後の休憩のため、松浦がいるとしたらここだと我心は踏んだのだった。もちろんそこには松浦以外の女子コーチもいるわけで、我心に奇異な目を向けながらも、話しかけようとする者はいなかった。
「宮城君?」
丁度そのとき声をかけたのは副顧問である白泉という若い女教師だった。主に女子の練習しか見ていないため、我心と話すことはめったにない。そのため、自分の名前を知られていることに酷く驚いた。
「何で俺の名前?」
「だってずっとコーチに付きっきりじゃないの。コーチが言うには奴隷とか。見学なんでしょ?合宿まで来て偉いじゃない」
「ああ、なるほどね」
我心は無愛想に答える。彼はこのような上から目線の褒められ方が嫌いだった。中学生に対して「偉い」とか「真面目」なんて言葉をペラペラと喋れる奴の気がしれない。むしろ、そうやって相手のご機嫌をとるあんたの方がずっと偉いよ、なんて思っていた。
「こんなところで何してるの?覗きなんて感心しないぞっ」
人差し指を顔の前で立ててみせる。いくら若いと言っても三十近くではある。舌を出しながら頭を小突くという行動同様、この可愛い子ぶりには他の教師もうんざりしているという噂があった。
「覗きに見えるの?」
怒気を含んだ口調で我心が答えると、流石に白泉も冗談を言ったことを反省した。
「私、永遠の十八歳だから☆多少の冗談くらい許してよ」
その言葉は更に我心をイライラさせた。
「Bのコーチは?」
「さっきから気になってたけど、タメ口はよくないぞっ。私たちには教師と生徒っていう溝があるんだから!それを越えようとしたって無駄よ。まあ、Bのコーチなら中にいるケド」
なにが無駄なのか全くわからなかったがいちいち反応するのも我心は面倒くさがった。
「呼べる?」
「話聞いてたの?あぁもういいよ、呼ぶよ。松浦コーチぃ!」
そう言いながらテントの方へわざと足音を立てながら入っていった。その間我心は何故、あんな人が陸上部の副顧問なのか、文化部じゃ駄目なんだろうか、という疑問を巡らせていた。
「何用?」
顔を上げると目の前にBのコーチらしき人物が立っていた。あまり近くで見たことがなかったから顔もよく知らない。テントの中からあの女コーチが手なんて振っちゃってるけど、当然無視していいよね。
「あんたの学校の生徒で今までBにいた子、面白いね」
驚いたな。柘榴のことだろうけど、アイツのことを面白いなんて。からかうばかりで白泉と同じような者かと思ったけど。
「アイツは面白いよ」
「友達?」
答えに迷う。友達って言うべき?俺にとって、まだその言葉は重すぎる。
「まあいい。っていうか、あんた陸上興味あるの?」
「何回か試合出たことあるだけ。別に陸上部だったわけじゃない。前の学校でだけど」
「そう」
何も聞いてこないんだな。試合に出ただけってどういうことだとか。こういう受け答えはわりと好き。あっさりしてて、相手を質問責めにしない感じ。教師もこうあるべきだよね。白泉みたいに深く関わろうとか、自分だけ仲良くなろうとか考えちゃいけない。そうして、生徒を選別して差別してきた先生見たことあるし。白泉なんか、女子の間で男好きなんて呼ばれてる。
「走ってみな」
「え?」
「君が言うアイツと君と……どっちが速いか走ってみな」