我善×真実
我心は眠たい目を擦る。
「昨日よりも早く起こす必要あるわけ?」と文句を言いながら。隣では、立ちながら寝そうな我心を何度も起こす顧問の姿。
「俺、することないしもう一度寝てくる」
「あのなー俺も教師だから敬語くらい使えよなー。やること無いならジュース買ってくるとか気を利かせろよー。お釣りで好きなもん買ってきていいから」そう言って五百円玉を投げてよこす。それを苦もなく元野球部の我心は受け取った。
「コーヒーブラックでよろしく」
「あれ?あんた苦いの大丈夫だっけ?もしかして俺に苦いの苦手だって隠すための我慢ならしない方がいいよ」
「俺をなめんじゃないぞー。ゴーヤ丸かじりできるんだからなー」
「大口叩くのはその辺にしときなよ」そう言って我心はさっさと練習場の外の自販機に歩いて行った。
「大口じゃねーぞー」誰もいないプールの近くで虚しくその声が響いた。
スチール缶に入った飲み物をお手玉のようにもてあそぶ我心。もちろん中身は炭酸などではない。それをいいことに、器用にジャグリングをしていた。
突然、手元ばかり気にしていたために、前から歩いてきた人とぶつかった。
「元気?我心」突然聞き覚えのある声に呼び止められて振り向く。
「貴様……!!」そこに立っていたのは身長が二メートル近くある青年だった。顔立ちは我心とは似ても似つかないが好青年というのは共通点である。
我心が甘いマスクとたとえられるなら我善はむしろ格好良いという世間一般でいうイケメンに分類されるだろう。ハットをかぶった我心より長い髪に、サングラスをかけ、肩に白い狐を乗せているあたりが少し不気味であったため、周りに誰もいないか我心は慌てて確認した。
「貴様とは兄上に向かって失礼だよね」
「何のようだ」我心は警戒しているように睨み付けた。いつもの余裕は消え、言葉も乱雑になる。
「だーかーら!そんな態度とるなって。だってお前は悪魔の子だよ?真っ黒な心を持ったね。幸せになっちゃいけないんだ。いっそのこと生まれなければ良かったのに」幼い子にでも言い聞かせるように優しい声を出す。
「俺様の名前でもある我善は俺が良い行いをするだろうと期待されたからだ。それに比べ我心、お前の本当の名は蛾侵じゃなかったっけ?蛾のようにふらふらと、間違ってこの世に侵入してしまいましたーっていう紛い物だよ」
「違う……」拳を握りしめた。
「え?何だってー?もしかして餓死に辛いで餓辛だっけ?」
「やめろ!」我心は自分の頭より高い位置にある我善の襟元を掴む。
「怖くないよ、今のお前じゃ。それとも前の異力をもう一度手にしてみる?」我善の含み笑いを見て、我心は退いた。
「あんな薬、いつだって打ち込んであげる。……とまあそんな話するために声かけたわけじゃないんだよねー。合宿楽しんでる?我心がプレーヤーとして参加してないのは残念だけど」
「楽しんでるわけない」
「だからプレーヤーになって欲しかったのになー。あの果物君、そうとう苦戦してるでしょ。見てて面白いよね」
「……まさか柘榴に何かしたのか!?」
「柘榴っていうんだ?まぁその果物君には何もしてないよ」
「じゃあ何を……っあ!」
「そうそう、俺様の得意なことは薬の調合。今Aにいる大半の生徒についている同じコーチっていうのは俺様だよ。ちなみにAの担当は金で雇った俺様の助手」
「ドーピング……か」
「そう。流石俺様の弟」
「褒めてもらう筋合いなんてない!さっさと治療薬をよこせ!」
「我心ー。せっかく面白くなってきたんだよ?」
「貴様いい加減に……」その瞬間我心の体が揺らめいた。
「なに……」
「まあ俺様としてはベタすぎるし美意識に欠けてると思うんだけど……さっきぶつかった瞬間に眠り薬爪につけてみたんだよね。我心の爪噛む癖は今も健在か。本当は高熱出すくらいが丁度いいかもしれないけどあまり事をあらげるものじゃないでしょ?」
「これ以上皆に手出しすんな……よ」
「半年前と真逆のこと言い出すようになったね。あの頃の我心の方が良い性格してたよ。まあ、手出ししようがしまいがお前はすぐには動けない。そこでしばらくおやすみなさい☆」