ちがう 3
※いくつかは以前の話しに繋げております※少し長いですので 気が向いた際にお読みください
ここに一本のVTRがある
「通常…そう言うロケをするにはお祓いに行くんですよね、前もって。ほかのとこはそうだったんですけど…後でやるから、って言われた時、何いってんだ? こいつ、って、ちょっと嫌な感じがしたんです。正直…大丈夫かなって…案の定、でしたけどね」
そう、語るのは撮影に同行したアシスタント・ディレクター、AD氏(仮)
「撮影した映像ですか? もちろん、見てないですよ。どんな映像なのか…興味はありますが…自分のキャリアにこれがあるって言う方が…ちょっと違うような気がするんで……」
事故の発端…それは野外ロケで起こしたバスの故障
地図から消えた名もわからぬ廃村とそこで遭遇した奇妙な出来事 若手のディレクターを起用した再現VTRの撮影 その時に起きた出来事の印象をADはそう語る 撮影された映像…それは衝撃的、と言う観点からしたら、充分に称賛されるのかもしれない ただし、通常に放送できたのなら、である 放送業界でよく言われる所謂、お蔵入り それは問題があったと言わざるを得ない
「現に…メイクの子はいなくなっちゃうし…カメラマンも臥せってるって言うし…ディレクターがどんな言い訳したって事実は変わんないんですよ。最近、事故ばかりが起きていて、なんか気味悪いです」
※このVTRは当日、撮影された映像の中で、かろうじて放送できる部分を再編集してできるかぎりの所をお送りする 1部、音声や映像が乱れる箇所があることをご了承いただきたい
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撮影は順調だったと言う 遊び半分で、地図から消えたと言う廃村へと向かい、奇妙な体験をしたと言う内容 当の廃村は未だそこにあり、撮影許可も難なく降りた 廃村はこの後、再造成され、忘れ去られたその名と共に、消えてなくなる予定だった 撮影を行う機会は今しか残されていなかった ディレクターはいそいで準備を整え、スタッフ、出演者を連れて、少人数でそこへと向かった
Y県G市▲▲
山間を登り、途中から道が無くなるような茂みをさらに登っていくと、突如として寒村がそこに現れた 電線も来ていない荒れた拓けた台地に、いくつもの朽ちた家屋が残されている かなり昔に誰も住まなくなった村の名前を覚えているものはいなかった
荒れ果て、屋根、壁が朽ち落ちても、以前の住居者の生活の跡が生々と残されている家屋内 そこへと入り込み映像を撮っていく 同行するはずの地区の担当者は用件を述べただけで先に帰り、あと少しで全ての撮影が終わる…となった時、雲行きが怪しくなっていった 急激に暗くなりゆく周囲に、撮影は中断 下山か撮影続行か 判断をしかねている時にはすでに問題が発生していた
車が動かない
ロケバスのエンジンがかからない 山奥 衛星通信可能なスマホで連絡を取り、救援とレッカーを頼む しかし、現在地は地図にもなく、ましてや住所も確定できない、GPSでも道なき道を進んだ先 ロケバスの故障の原因も分からぬまま、次第に荒れてゆきそうな天候に、ディレクターはここで助けを待つ…と言う選択肢を取らなかった 車両を残して山間を下りる決断をしたのだと、ADは語った
「なんか…粋がっているって言うか…俺達は何があっても大丈夫って言う、そんな感覚があったんですよね…なんて言っていいのかわかんないんですけど…僕も含めて全員? ああ、車動かないけど大丈夫。このすぐ下、道路有ったし、そこまですぐだったし…そこまで出ればそんな離れてないところに村があったから…大丈夫、行きましょう…って。確かに車で一時間も登って来てない所だったんで…途中、村中を通ってきたんで、ああ、じゃそうしましょうか、車はレッカーに頼みましょう…って、そんな感じになっちゃったんですよね」
「確かにその時…ここでロケバスの中で助けを待とう…って言う方がヤバいって感じはあったんですよ、なんか。他に誰もいないはずなのに…終始、見られてるって言うか…監視されてる? って言う感じがあって…独りにされるとこう…誰かがどっかから出てき襲われそうな感じ? それを撮りに来ていたんで…ああ、まずいなあ…って言うのがあって。メイクの子なんてはじめっから嫌がってましたからね。なんか人の気配がして嫌だって…そんなんで下山した方がいいんじゃない? ってことになったんだと思います」
冷たい風が吹き、雨が降り出しそうな中、山を降る 轍後がくっきりと残るやや緩やかな道を無理をして歩く すると思っているよりも早く、道路へと出ることができたのだと言う しかし、そこで無情にも辺りが暗くなりはじめた 雲行きに加え日没 全員のスマホのライトとカメラの明かりを頼りに村へと急ぐ ただ…肝心の村が見えない
一台の車も通らない、ひびが入り落石や落ち葉が溜まる県道 そこを励まし合って、一丸となって村へと急ぐ 強行軍に根を上げたのは女性陣だった 先を急いだあまり、休憩も取らず、慣れない環境に息が上がり、へたり込まずにはいられなくなった 疲労の色が濃い どこかで一旦、休まないと…そう思った時、突然、目の前にバス停が現れたのだと言う 来る時に見た…記憶はなかった
板を横にしただけの簡易的なベンチの粗末な小屋の前に、古ぼけて印字が消えかけているバスの標識が立っていた そして、その横には上へと昇る階段 どうやらその階段の先には神社があり、バス停はそこへの最寄りの停留所だった
小さなバス停の小屋 ここに全員は入れない その時、ディレクターが撮影の再開を指示した 道に迷ったカップルがようやく見つけたバス停で一息つこうとして…と言う映像が残されている
「3・2・1…!」
「あ、ねえ…あそこ、バス停がある。あそこで休もうよ」
「ああ…助かったあ。ここまでくればもう大丈夫だよな」
「うん…ねえ? こっち…見てよ、階段がある。上に神社があるんじゃない?」
「神社? こんなところで? おい、行ってどうするって言うんだよ…待てって……」
行き当たりばったりの撮影にどんな意図が込められていたのか しかし、ディレクターはこの上にある神社で撮影の続きを取り始めた その時のことをADはこう語る
「台本にはなくて…やらせですよね。元のところで撮り終えなかった分があったんで…あとなんか欲しいね、とか言いだしたんですよ。だから古い社があるってわかったら…すぐに撮影をするって、ですよ。でもまあ…撮り足りていないな、と言うのは全員、有ったみたいで、女優さんも演技方針を聞いて…即答でしたし。逆に男優さんの方がしり込みしてたぐらいですから」
「でも…いま思うとおかしな神社だったんですよね。それって言うのも…鳥居がなかったんですよ、あそこ。普通、入り口って言うか登り口にどんなところでも鳥居があるもんですよね? それがなくて…でも石の台座は残ってたんですよ。階段も苔生してるんですけど…乾燥してるんですよ、登るとカサカサ、音がするぐらいのカラカラで。あ、これ何年も誰も来てないとこだなって思いました。そんなとこ…絶対イヤだったんですけど…撮影なんで……ええ」
階段を上る女性を追っていく男性 登り切った先、古い神社が建っている 社の入口、小さな階段でへたり込む女優 男優が助け起こすと…社の扉が勝手に開いた 中からは…人の手 誰のいないはずの社の内部から手招きされるふたり ふらふらとそこへと入っていき、同じように扉は自動的に閉まった
何を祀ってあるのかもわからない神社での撮影 手入れも何もされずに、乾燥し枯れ果ててむき出しのまま放置された境内には石柱も記念碑さえもない 古ぼけた社の屋根には、苔と黒い塊の上に、枯れた、何かの植物と低木の残骸が乗る 社の後ろ側に、それと同じ種類であろう低木が、枯れ果てて悲惨な形で残されていて、その根の部分は変な風に盛り上がり、根そのものも奇妙に捩じれて周囲へと這っていた
神社の敷地は横に長い長方形 その外側、杉の木が等間隔で植えられていたがその木々はなぜか、途中で老人の腰のように折れ曲がり、それぞれがあらぬ方向へ伸びている 明かりはおろかそんなものを灯すような電線さえここへは来ていない カメラとスマホのライトだけを使って、社の周囲を確認する すると正面とは逆、裏手に、長方形に切り出された石板が石棺のように地面に埋められていて、その表面にも苔が繁殖していたのだと思われる、枯れた残骸が残されていた 古くところどころが黒く変色した社の壁 その正面の扉には色の悪い青みがかったガラス窓がはめ込まれ、それは小さく編み込まれた針金の囲いで補強されていたが、それでもいくつかのガラスにはヒビが入り、いくつかは割れて隙間が空いていた 扉に手をかけ、無造作に中へと入っていくディレクター 引き戸の扉に鍵などはなかった
暗く、陰湿な室内 やや黴臭く、何かの燃え残りと長年の風雪に耐えた建物独特の臭いが鼻にこびりつく スイッチ、明かりなどは一切なく、照明器具も取り付けられていない 奥にあるはずの祭壇も祀られているはずの祭祀もなく、片方の壁には色のついた布がいくつも垂れ下がり、入り口左の壁には、剥ぎ取られたかのような半紙の片割れが、黄色く変色した状態で残されていた 天井からは前後左右の壁へと織り込まれた紙が伸びていて、それは祈祷や地鎮祭でよく見かけるような形で切り揃えられていた
「これは…すごいな…掘り出し物じゃない?」
真っ先に室内に入ったディレクターがそう声を上げて、カメラマンへと振り返った カメラがそれを映す
家屋の真ん中…社の中心 そこに、そこにあるにはそぐわないものが作られていた
それぞれの間を一メートルほど空けて、細い竹が四方の隅に立てられ、四角く形作られた、地鎮祭で見かけるようなその土地の何かを鎮めるための儀式が仕掛けてあった それぞれの竹の間を結んでいるのは細い荒縄 だがそれはきちんと全てに結ばれてはおらず、ある所は斜めに乱雑に、ある所はいくつもの縄が真ん中あたりで一つに纏められ、後ろのは、中ほどが黒く焼け焦げ、焼け切れた端が垂れ下がっているだけだった
床には埃と煤
それはここ数年、そこへと上がったものが誰もいないことを暗示していた 竹が打ち込まれて、四角く作られ区切られた何かの儀式 その中心には、黒い何を焼いたのかわからない炭化した炭と同じ色の灰になったものが、浅い皿の中に入れられていた 水が入っていたであろうコップは空になっており、その隣に、くすんだ色に変化した米が小さい皿の中に残されている 小皿からはみ出した米粒が何かに食い荒らされたのか、周りに撒かれるように散らばっている その米粒は区切られた儀式の範囲中にだけ散乱し、そこから外へは、一粒たりとも転げ出てはいなかった
「うっわー、雰囲気あるねえ…ここを使って…さて、どうするか……」
辺りをスマホのライトで照らし、米粒を拾上げ、四角く切り取られた儀式の中にまで入り込んだディレクターは無計画に、カメラマンと撮影の相談をしはじめた ふたりとも…土足のまま 床にはくっきりとその足跡が残っていく
「きゃあっ」
「うわっ、なんだよ? これ……」
その小さな叫び声に、慌てて振り返るカメラ 入り口付近に立つ女優と男優 その二人が指し示す先…そこにはドアと右の壁の間に貼られていたんであろうお札が、無造作に引き千切れているのが見て取れた 表面には朱で、読めないわからない文字が書き連ねられている それは……
「天井にもある」
「こっち…こっちの角っこにも貼られてる。なにこれ?」
社の中 至るところに貼られていた それに気がついたディレクターが言う
「え? これってさあ…ドアの取っ手のところと壁の間に貼られてるよね? これ貼った人ってどうやってここから出たの? こう貼ったら…ここからは出られないじゃん」
「……………」
誰も何も答えない その時、メイクの子が声を上げた
「気持ち悪い…ここダメですって、早く出ましょうよ。ここにいるとダメになります」
具合が悪そうに胸を押さえるメイク それに顔を見合わせ、してやったりと笑うディレクター
「なら逆に良いじゃねーの…何か撮れるかもしれないし…ここで一発、撮影していきましょう」
「ディレクターがそう言うのなら…でもバッテリーがあんまり残ってないですね。替えのバッテリーってどれくらいある?」
カメラマンにそう尋ねられて、ADはバッテリーを確かめた 同時に皆に水と軽いビスケットを配る それが最後の補給だった
「ええと…一本です」
「だとすると…5~6時間分ぐらいですね。なんとか…間に合う感じかな?」
「所々、ってしとけば間に合うでしょう…じゃあ…本格的に雨も降ってきたんで…今日はここで何が起こるか、試していきましょう」
「……ええ」
「はい……」
反対をする者は出なかった しかし、ADには別の過酷な現実が待っていた
「あ、AD…悪いんだけどさ。助けが来るかもしんないから…下のバス停で待っててくれる? このままだと通り過ぎちゃうじゃん…それじゃ困るからさ、じゃお願い」
そう命令され…ADはひとり、スマホのライトを頼りに階段を降りたのだと言う
「ただ…結果から見ればこれで僕は命拾いをしたんですよね。助かったんです…まあ、途中へんなことがありましたけど…中に残った人たちに比べたら何でもないようなことだったんで…ディレクターには…感謝…かなあ? まあ…やったことを許せるか? って言ったら…許すつもりはないですけど」
陽が沈み、急激に低下した気温の中、明かりも何もないバス停で一人、救助を待つAD あまりの寒さに事前に用意しておいた雨合羽を着込み、バックを抱えて、寒さに震えながら一晩を過ごす羽目になった
「でも…おかしいんですよね。神社にいた時に確かに雨が降っているような音がしてたんです。屋根を雨が叩く音を確かに聞いたんですよ、僕も、たぶんみんなも…でも、雨なんて降ってなかったんです、外。なんかの聞き間違いだったんだって…今はそう思い込むようにしてます」
社の中 休憩と演技方針の確認の後、撮影は再開された 緊急的な、ほぼアドリブでの演技に段取りが遅れ、気がつくと再開は遅い時間になっていた
屋内の角に座り込み、何かに怯える女優と男優
「やめろ…こっちくんなっ、やめろおおおっ」
「いやあっ、やだっ…いやああああっ」
「………」
「うっ、ううううう、うくっ、うー、うううううううう……」
誰かが呻く声 それがはっきりと音声に残されている
「………」
「………はい、カットォー。いいね、すごくいいっすよ。じゃあ……、あのさ? メイクさん、怖がってばかりいないでさ…撮影なんだから…ちゃんとしてくれない?」
そう落胆したような容赦のない声が飛ぶ カメラが映したのは…扉の横の角 耳を塞ぎ小さく丸まるメイクの女性 涙目で…体を小刻みに揺らす
呻き声はこの女性のものではない なぜなら……
「ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます………」
メイクは小さくそうつぶやいて…泣きはじめる ディレクターが呆れたように突き放した
「何いってんだよ…撮影だろ? もっとしゃんとしろよ…んったく…これじゃあやっぱりAD残した方がよかったなあ……」
「いや…さすがに女の子ひとり、外に残したって言うんじゃ……」
カメラマンがそう答えた その時……
「あああああああああああああ」
背後から誰かが呻くような声 しかし、この声は、ここに居合わせたものたちには聞こえていない
「…いろいろまずいでしょ? まあ、こう言うところだとこうなる子っているし…?」
「? なんです? カメラマン?」
「しっ…何か聞こえません? 何だろう?」
ディレクターが訝るように天井を見上げる カメラは…ゆらゆらと揺れ動く儀式と熨斗を映す 特にズームすることもなく、室内へと戻るカメラ
「あ、耳鳴りか……」
「寒くなってきたからな…何か…この炭みたいなの燃えないかな? あと…何か……」
「あ、俺、ライター持ってますよ」
「あれ? 禁煙するとかいってなかったっけ? カメラマン?」
「止めたよ、どうも…イライラしちゃうんだよな…それぐらいならって」
「そうか…じゃ、この縄? みたいなのも燃やしてみようか? ちょうど…灰皿もあるし…なんか炎がある方が、より雰囲気あるでしょ?」
「この縄って取っていいんですか? ディレクター?」
「大丈夫でしょ? 誰もお参りにも来てないようだし…この際、寒さで堪えられなくてすいません、ってことにしとけば大丈夫でしょ」
「そうかな? だといいんだけど……」
「はーい、じゃ、お二人さん…えっと…この後の撮影なんですけど……」
ディレクターと俳優が打ち合わせをする その後、ディレクターは荒縄の一部を取り集め、纏めて、儀式が行われていた真ん中の皿の中に入れていく 自身のティッシュや燃えるもの、そう言った物も入れ込んでいったのだと言う
火がつけられ、一気に燃え上がり、やがて赤い頼りない炎が揺れる その向こうで、俳優が演技を再開した しかし……
「じゃあ…ラストカットですっ 3・2・1…!」
「止めてくれ…うわあー、違うんだ、俺じゃない、俺じゃないっ」
女優の方へとカメラがパーンする 打ち合わせでは女優が男優に近寄り、その首を絞める…演技のはずだったと言う だが……
「………ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます……」
女優が自身の耳を両手で塞ぎながら、前後に揺れ動き、そうつぶやきはじめた 事前に打ち合わせしていたことと違った演技に戸惑う男優とディレクター
困惑した顔で女優に話しかける
「えっと…女優さん?」
しかし、その声は届かない
「ちがいます、ちがいます…わたしじゃないです! ちがいます、わたしじゃありません、ちがうんです…わたしじゃないです…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「女優さん!」
耳を塞ぎ、小さく床へとふさぎ込む女優 体を小刻みに揺らし、小さな声で泣く 異様な雰囲気に言葉を失うふたり その時……
(バンッ)
「ヒィッ!」
「うおっ、びっくりしたあ…なんだよ、一体……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ああああああああああ」
「………」
「ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます……」
誰かが…外から壁を叩いた 誰かが…社の周りを歩き回る 時折、壁が叩かれ、鈍い足音が響く
(ザッ ザッ ザッ ザッ バンッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ バンッ ザッ……)
「なんだよ…ディレクター、ADにこんなこと頼んだのかよ? もう…驚かせやがって……」
ディレクターの演出だと確かめるカメラマン
「え? ああ…まあ、ね? ほら、こう言ったびっくりってのも…必要じゃない? ほら…撮影続けて……」
「あ、ああ…でも、これ…女優さんダメでしょ? まあ、実録! ってな感じになっちゃってるし……」
そう…塞ぎこんだ女優を映すカメラ その脇に奇怪なものが映っている
女優の真横 床の上 誰かが裸足で歩いたと思われる足跡がはっきりと映る その足跡は粉か何かを踏んだように黒い
幅の広い誰かの足跡
そこにいた誰も、この足跡には気がつかなかったと言う 編集が気がつき、それで初めて露呈した謎
誰も裸足でここには入っていない
この時点で撮影は中断 しかし、カメラは止まらなかった ディレクターと男優が女優をメイクの女性の側へと連れて行く
その姿を追うカメラ 周囲からは不規則に壁を叩かれる 誰かが歩き回る音 そして、呻くように謝り続ける二人の女性
「ちがうんです、わたしじゃありません…ちがいます、ちがうんです……」
「ごめんなさい…ちがいます、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何がちがうのか? なにに謝っているのか…当のメイクの女性も女優もそれを語ることはなかった
「これ…ちょっとまずいでしょ? 精神に来ちゃってるし…いったん休みましょうよ……」
男優が気を利かせてそう提案するも……
「いや…こんなの簡単に撮れないでしょ? それなら撮らなくちゃ…なんでもいいです。撮影しててください」
ディレクターはなにかの熱に魘されたように周囲を見回す その背後から……
「うううううううううううう」
確かに聞こえてくる呻き声 そして、その異変はカメラマンにも起こっていた
「なんだ? 何をいってる? なんだって? ………」
不思議なことを言い出し、周りを不規則に回るように映すカメラ 徐々に手振れが酷くなり、録音された音が割れていく
(バンッ)
「ひっ」
壁が叩かれる 男優がその音にビクつき、周りの壁を見回す
「これ…内側から起こっていません?」
音は室内から聞こえきている
誰かが歩く その歩みも室内を歩き回っているように聞こえる
「ちょ…カメラマンさん? どうした……」
そうディレクターが何かに気づいて声を上げた時……
(ピタッ)
突然、壁を叩く音が消えた 歩く音も聞こえなくなり、女優とメイクの女性の小さな声だけが録音されていく
異様な静けさ
それに顔を上げて何かを確かめるように窺う男優とディレクター
音もなにもない静寂が突然、訪れた
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ほぼ同じ時間帯……
「ぉぃ ぉい おぃ おい」
そう声を掛けられてADは目を覚ました いつのまにか寝てしまっていたのだと言う 小屋の前 黒い人影 それが覗きこむように声を掛けてきていた
誰かはわからない
ADはディレクターが心配になって見に来たんだろうと思ったと言う 慌てたADはこんなことを口走った
「あ、すいません…寝てないです。ほんと…寝てないですから…まだ来てないです。このまま見てますから…心配しないでください。撮影、終わったんですね? じゃあ…あとは助けが…くああああ、来るのを待ってるんで…このままにしといてください。はい、起きてますから…大丈夫です」
暗闇の中 黒い人影にそう言うと…その人物は消えるようにいなくなった そして…ADはそのまま、意識を失った 眠りについた
翌朝 それに気がつくまでADはその小屋で過ごした
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急に静かになった屋内 カメラに記録されている時間では…午前十二時を少し回った時間帯 塞ぎこんだ出演者とメイクの女性のふたりを映すようにカメラがパーンする その映像にははっきりと、屋内に立ち込める煙が映っている 焼いた縄 そして何かの欠片の焦げた臭いが漂っていた
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……」
煙を吸い込み、カメラマンが数回、咳き込む カメラは女優とメイクを心配そうに覗きこむ、男優を映す
「意識がないです…どうしましょう? ふたりともぐったりしてますよ!」
「寝てるだけだろ…よくこんなとこで寝られるよな…呆れるぜ」
そうディレクターが突き放したように言ったのとほぼ同時に……
(ギッ ギギギギギッギィーッ)
引きずるような音を立てて、出入り口の扉が開いた 驚いたカメラが即座にそちらへと向きを変える
震えるカメラの画面
開いた扉 その向こう…明るい光が差し込んでくる その光は…鋭くなく、やや淡い 煙か靄か、充満したそれを通ってくるような光
「なんだってんだよ…おいっ、AD! さすがにそれはやりすぎだって…わかってんのかよ! おいっ!」
ディレクターが何かを察してそう言った直後……
「うるさいっ、ああ? なんだってんだよ! うるせーよ…ああ? ちがうって言ってんだろ? ちげーよ、俺じゃねえよ、ちがうって…ちげーよ、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう! 俺じゃねえって言ってんだろうが……」
カメラマンに異変が起きた 乱暴にカメラが左右に振られる
「カメラマンさん? なに言って……」
「うるせーって言ってんだろ? ちがうって…そうじゃねえよ、何度言ったらわかんだよっ。ちげーよ…ちがうって……」
乱暴に…カメラが床へと放り投げられた 横になったまま、開け放たれた扉を映すカメラ
「うるせーっ、ちがうっていってんだろ? おいっ! ちがうって……」
その扉から…飛び出していくカメラマン 白い煙の中…姿が消える 即座に滑ったような、ずり落ちたような音が響き、静かになる外
「カメラマンさん!」
後を追って飛び出して行こうとするディレクターを男優が必死の思いで止めた
「だめですよっ、ディレクター、ダメです…今出て行ったら…帰ってこれませんよっ! これっ! ほんとにヤバい奴ですって…え? なんだ? 耳鳴り? なんで? ………」
扉の前のやや離れた位置で右往左往するディレクター 小さく何かをつぶやいているが、それは聞こえない やがて……
「アハハハハハハ アハハハハハハ アハハハハハハ アハハハハハハ アハハハハハハ……」
外から…聞こえて来る誰かの笑い声
「カメラマンさん? なんで笑って……」
「ちがいますよ、ちがいます…ちがいます、ちがいます、俺じゃないですよ…ちがいますって…ふへへ、ちがいます、ちがいます、ちがいます、ちがいます……」
「待ってくれよ…なんだってんだよ? これ……」
そうディレクターの声が録音されているが、彼らが映像に映ることはこの後、なかった
カメラはこの後、開いた扉を映し続けた ディレクターも男優もカメラを操作せず、放置され、時間だけが過ぎていく 外の不可思議な明かりはやがて無くなり、辺りは真の闇へと落ちる どこか遠く、不明瞭な男の声と誰かが笑う声だけが録音される 映像には何も映らず、真っ暗な画面だけが延々と続く
その後…声も何もなくなり、真の静寂が映像に残されているだけとなる 記録された時間は…4時間53分ほど しかし、この時間はおかしいと、この映像を見た誰もが言う
「このカメラって…通常2時間しか連続で撮れないんですよ。だから4時間以上だなんて…どう考えても切れてるはずで…どうやって撮ったのかわからないです」
しかし、この映像は確かに5時間近く残されている
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それに逸早く気がついたのは野外にいたADだった 朝の寒さで目が覚め…小屋の外に出てみると…もうそれが起きていた 救援もレッカーも来た様子はなかった
「もう…びっくりしました。これはやばいって…必死でしたね。絶対…全員死ぬと思いました」
必死で階段を駆け上がる 社の短い階段のところで倒れているカメラマンを見つける その全身には黒い煤が付着し、もう残された時間がないことを示唆していた
カメラマンはどうやら外に出たと同時に、階段を踏み外したらしく、そこで昏倒してしまったらしい 乱暴に揺さぶって起こす 頭を打っているかもしれない…と言うことにまでは気が回らなかった
「カメラマンさん! 起きてください! 火事です…山火事です! 起きてください…ああ、みんなは? 中か?」
社の中へと飛び込む 物凄い焦げた臭いと異臭 それに気がついてもそんなことを気にする余裕はなかった
全員、気を失っているようにそこで倒れていた 寝ているだけ? ADはそう思ったと言う
全員を起こして、社を出る 具合悪く、吐き気、眩暈、頭痛、そんなことを言いだす仲間を連れだして…慎重に階段を降る その途中から大量の火の粉が降ってきた
社の裏手 裏山が燃えていた 火の手はすぐそこにまで来ており…必死にみんなを励まして道路を降った そんな中、放置されていたカメラを忘れなかったのは…映像業界に携わっているものとして当然だったのかもしれない
どこか遠くから…消防車の鐘の音 すぐそこ…ほんの十分も歩かないうちに村へとたどり着いた 全員、無事 ただ、ディレクターとADを除いた、全員の具合が悪く、即座に病院へと搬送された
カメラマンは脳挫傷と診断され、入院を余儀なくされた メイクの女性は…体調不良を理由に会社を退社 実家へと戻ったと聞く
救助とレスキュー その通知は記録されていなかった ディレクターはどこに連絡したというのだろう…
火事の原因 それは放置されたロケバスだった
山間に置き去りにされた車 何らかの原因でそこから発火し、燃え広がり、山火事を起こしたのだと言う検証結果 ロケバスの周囲にはガソリンが漏れ出した痕があり、それが延焼の原因 ロケバスの延焼が最も酷かった
業務上過失 死者が出なかったことだけが幸いであり、事故を予見できなかったとして、ディレクターは罪には問われなかった
この後、事件のことを聞いた別の撮影スタッフがその場所を再度訪れた 火事により、社は全焼 周りの杉の木も何も、残されてはいなかった
撮影スタッフが下りた道 そこは旧道だった バスも何ももはや通ってはいない
女優はとある再現VTRに参加し…撮影中の事故に合う
男優はロケバスの中で事故に合い、帰らぬ人となった
すべて 不慮の事故である
※謹んで3人のご冥福をお祈りいたします
短編? 続きものにする気はサラサラなかったので このあとどうなるかは 分かりません
ただ お楽しみください




