第十二話 自動化の波と、ゴーレムによる乱獲
世の中は「効率化」の時代らしい。
無駄を省き、コストを削減し、最短ルートで成果を上げる。それが賢い生き方だと、人間たちは信じている。
吾輩はダンジョンである。
吾輩にとって、効率化とは「味気なさ」の別名だ。
迷宮において、迷うことは無駄ではない。冒険のスパイスだ。
恐怖におののき、行ったり来たりし、仲間と揉め、絶望する。その「非効率なプロセス」こそが、吾輩にとってのメインディッシュなのである。
しかし、そんな美食家の吾輩の元に、無味乾燥な「業務用定食」のような連中が現れた。
その日、入り口から入ってきたのは、冒険者ではなかった。
揃いの作業着を着た男が一人。
そしてその後ろに続く、十体の「泥人形」たち。
ゴーレムである。
それも、古代の遺跡を守るようなロマンあふれる守護像ではない。
つるりとした無機質なデザイン。胸には管理番号。関節からは椿油の匂い。
魔導省の下請け業者が開発したという、『自律型資源採掘ゴーレム・マークV』だ。
「よし、現場到着。図面データ照合……B+指定ダンジョン、エリアA」
作業着の男――現場監督らしき人間が、手元の魔導版を操作する。
「総員、稼働開始。オペレーション『根こそぎ』を実行せよ」
ヴン、と低い駆動音が響く。
ゴーレムたちの目が、一斉に無機質な赤色に点灯した。
彼らは、挨拶も、悲鳴も、躊躇もなく、作業を開始した。
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ。
正確無比な動作で、壁に生えた「発光苔」をヘラで削ぎ落としていく。
――痛い。
――やめろ、それは吾輩のムダ毛……いや、照明設備だ。
さらに、巡回中のスライムを見つけると、戦闘するのではなく、巨大な「吸引機」のような腕を向けた。
ズオオオオ!
スライムが吸い込まれる。
悲鳴も、抵抗も、処理対象として認識されていない。
そしてゴーレムの背中のタンクで瞬時に濾過され、純粋な魔力水と核に分離される。
――スライムーッ!!
吾輩は絶句した。
これは戦闘ではない。「事務処理」だ。
彼らはスライムを敵とみなしていない。ただの「未加工の資源」として処理しているのだ。
吾輩の胃(ダンジョン内)から、急速に資源が消失していく。
苔がハゲる。スライムが減る。床に落ちていた小銭や骨まで回収されていく。
なにより許せないのは、彼らが「恐怖」を一切発しないことだ。
落とし穴を作っても、彼らは落ちる寸前に足の裏からアンカーを射出し、物理的に回避する。
“障害物検知。回避行動”それだけだ。心拍数ひとつ上がらない。
吾輩は、空腹と屈辱で震えた。
これでは、回転寿司のレーンに乗っている寿司を、客ではなくロボットアームに全皿回収されているようなものだ。
店主(吾輩)への冒涜である。
『主よ、我慢ならん!』
シャドウウルフが吠えた。
彼女にとっても、縄張りを荒らされるのは我慢ならない屈辱だ。
『排除する!』
黒い疾風となって、先頭のゴーレムに襲いかかる。
鋭い爪が、ゴーレムの装甲を切り裂く――はずだった。
ガキン!
硬い音が響く。
ゴーレムは無傷ではないが、致命傷には程遠い。
そして、ゴーレムはシャドウウルフを「無視」した。
「脅威度判定、Cランク。作業の支障にならず。無視して進行せよ」
現場監督が淡々と指示を出す。
ゴーレムたちは、牙を剥くシャドウウルフの横を、素通りしていく。
『なッ……!? 無視だと!?』
シャドウウルフが呆然としている。
プライドの高い彼女にとって、「敵とすらみなされない」ことは、敗北以上の屈辱だ。
ゴブリンに至っては、もはや視界にすら入っていない。
棍棒でポカポカ叩いているが、ゴーレムは「小石が当たったかな?」程度の反応で、黙々と壁を削り続けている。
――まずい。
このままでは、吾輩は丸裸にされる。
資源を奪われ、プライドを傷つけられ、ただの「空っぽの穴」になってしまう。
力押しでは勝てない。奴らは痛覚がない。
ならば、どうするか。
奴らの弱点は何か。
吾輩は、奴らの行動原理を観察した。
“命令に忠実”“最短ルートを選択”“効率を最優先”。
……なるほど。
マニュアル通りにしか動けない、融通の利かない公務員タイプか。
ならば、吾輩の取るべき手段は一つ。
“マニュアルにない事態”を引き起こすことだ。
作戦名:『働き方改革・無限残業編』。
吾輩は、ダンジョンの構造を操作した。
第三通路の奥。一本道を、二つに分ける。
右の道と、左の道。
そして、その両方の突き当たりに、全く同じ質、同じ量の「最高級の魔石(在庫処分品)」を配置した。
距離もミリ単位で同じ。
匂いも同じ。
輝きも同じ。
さあ、どうする?
「最も効率の良いルート」を選べ。
先頭のゴーレムが、分岐点に差し掛かった。
ピタリ、と足が止まる。
「資源検知。右、評価値100。左、評価値100」
ゴーレムの首が、右を向く。
直後、左を向く。
また右を向く。
「最適解を検索中……検索中……」
右に行けば、左の資源を取り逃がすリスクがある。
左に行けば、右が遠くなる。
どちらも「正解」であり、どちらも「非効率」だ。
人間の冒険者なら「じゃあジャンケンで」とか「とりあえず右」で済む話だ。
だが、彼らは「論理」で動く機械だ。
失敗する自由がない。
ウィイイイイ……。
ゴーレムの関節から、異音がし始めた。
思考回路が無限ループ(堂々巡り)に陥っているのだ。
さらに吾輩は、通路の壁を微妙に動かし続けた。
右の道を1ミリ縮める。
ゴーレムが右に踏み出す。
直後に、左の道を2ミリ縮める。
ゴーレムが左に向き直る。
右、左、右、左。
ゴーレムたちは、分岐点の前で反復横跳びのような奇妙なダンスを踊り始めた。
「おい、どうした! 止まるな、進め!」
現場監督が叫ぶ。
「エラー。論理矛盾発生。タスクの優先順位が決定できません。オーバーヒート警告」
プスン。
先頭のゴーレムから黒煙が上がった。
それに続く後続のゴーレムたちも、前の機体が詰まったことで「進路妨害」と「追い越し禁止」の板挟みになり、次々とエラーを吐き出す。
「AIが……スタックしている? まさか、ダンジョンが計算させているのか?」
監督が顔を青ざめた。
――そうだ。
――計算しろ。悩み続けろ。
――正解のない問いに頭を抱えるのが、知性ある者の特権だ。
吾輩はさらに、天井から「ごく少量の水」を滴らせた。
場所は、ゴーレムの排熱ダクトの真上。
ジュッ。
水蒸気が上がる。
精密機械にとって、湿気と熱暴走は大敵だ。
「警告。内部結露を検知。システム保護のため、強制シャットダウンします」
一台が膝をついた。
それを皮切りに、十台のゴーレムが次々と沈黙していく。
ただの鉄屑の山が出来上がった。
現場監督は、動かなくなった巨大な鉄塊たちを呆然と見上げた。
これらは重い。自走できなければ、持ち帰ることすら困難だ。
つまり、大赤字である。
「くそっ……! ここは磁場が狂ってるのか!? これじゃ採算が合わない!」
彼は魔導版を地面に叩きつけ、逃げるように去っていった。
もちろん、出口の床をツルツルに滑らせて、盛大に転ばせてやったのは言うまでもない。
「効率よく」帰れると思うなよ。
静寂が戻った。
残されたのは、削られた壁と、減ってしまったスライム、そして十体の粗大ゴミだ。
『……勝ったのか?』
シャドウウルフが、動かないゴーレムを恐る恐るつつく。
――勝った。
――我々の「無駄」と「優柔不断」の勝利だ。
吾輩は、ゴーレムの残骸を見つめた。
鉄と魔石の塊。
これ、うまく使えば新しいトラップの素材になるのではないか?
あるいは、入り口に飾っておけば「巨大ロボがいるダンジョン」として箔が付くかもしれない。
吾輩は、スライムの生き残りたちに命じて、ゴーレムの表面を磨かせた。
彼らは仲間を吸い込んだ憎き鉄塊を、べちょべちょに溶かそうと頑張っている。
その非効率な復讐心が、今は愛おしい。
吾輩はダンジョンである。
世の中、効率だけが全てではない。
1と0の間にある「曖昧さ」。
そこにこそ、迷い、恐れ、引き返す余地がある。
そして吾輩は、それを食って生きている。
……まあ、ハゲた苔が生え揃うまで、壁が寒くて仕方がないのだが。
誰か、育毛剤(栄養剤)を持ってきてくれないだろうか。




