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吾輩はダンジョンである。腹も立つが、腹も減るのだ ~恐怖を主食にする迷宮管理職のトホホな日常~  作者: 真野真名


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第十一話 新世代の勇者と、ゴブリンの腰布




 吾輩はダンジョンである。


 この世界において、ダンジョンとは「公共インフラ」の一種であるらしい。

 大地の魔力が溜まり、こぶのように隆起し、内部に空間と魔物を生み出す。

 人間たちはそれを「資源採掘場」と呼び、魔物を「動く資源」と見なし、冒険者ギルドという管理団体が、この危険な穴を経済活動の一環として組み込んでいる。


 実にドライな世界だ。


 だが、吾輩のような「自我」を持つダンジョンにとって、最も厄介なのは、ギルドの管理でも冒険者の乱獲でもない。

 「勇者」と呼ばれる、規格外の存在だ。

 彼らは、システムのエラーによって生み出されたかのような、圧倒的な武力と、理不尽なまでの聖なる加護を持っている。

 例えるなら、緻密に計算された交通網(ダンジョン生態系)の中に、ブレーキの壊れたダンプカーが突っ込んでくるようなものだ。

 災害である。諦めるしかない。


 だが、近頃の勇者は、少し毛色が違うらしい。



 その男は、煌びやかな白銀の鎧に身を包んでいた。

 金髪碧眼。歯が浮くような美形。背には伝説の聖剣。


 ここまでは教科書通りの勇者だ。


 だが、彼の視線は虚空に浮遊する「記録結晶レコーディング・クリスタル」に釘付けだった。


「はーい、全土の皆さーん! 勇者レオでーす! 今日のクエストはこれ!『【神回】B+指定の育成型ダンジョンで一泊してみたwww』!」


 ……は?


 男が結晶に向かって、一人で喋っている。

 独り言の声量がでかい。

 そして語尾に「草(w)」が見えるような、独特の軽薄な口調だ。


「ここねー、最近話題の『ヤバいダンジョン』らしいんですよ。魔獣を洗脳してるとか、精神支配してくるとか。マジ怖いよねー。でも、俺レベルなら余裕っしょ、ってことで検証していきまーす! あ、ギルドの認可は降りてまーす!」


 吾輩は、入り口付近(喉元)で固まった。

 なんだこいつは。

 殺気がない。緊張感がない。あるのは肥大化した「自己顕示欲」と、他者の視線を意識した「承認欲求」だけだ。

 吾輩の知識の奥底にある記憶が、ある単語を弾き出した。

 インフルエンサー。あるいは、配信者ストリーマー

 魔法技術が発達したこの世界では、映像と音声を遠隔地に飛ばす「幻影通信網」が普及しているらしい。


 ――帰れ。

 ――営業終了だ。今日は貸し切りだ。


 恐怖を糧とする吾輩にとって、これほど不味そうな客はいない。

 吾輩は入り口の扉(大岩)を閉めようとした。

 だが、勇者レオは片手で――本当に、結晶の位置を調整しながらの片手間で――数トンある大岩を受け止めた。


「おっと! いきなり閉門とか、塩対応すぎん? でもそういう『拒絶』も、撮れ高的には美味しいんで! ナイス演出!」


 ガガンッ!

 彼は大岩を粉砕し、土足で踏み入ってきた。

 強い。

 悔しいが、腐っても勇者だ。物理的なステータスは、あの「プロ三人組」など比較にならないほど高い。


 ――迎撃せよ。

 ――不審者だ。いや、変質者だ。全力で排除せよ。


 吾輩は指令を出した。

 第一通路の床が抜け、槍衾やりぶすまが飛び出す。


 が……。


 呆気なく槍は勇者の鎧に当たって折れた。あるいは、彼の肌にある「聖なる加護(物理無効バリア)」に弾かれた。

 レオは痛がる素振りも見せず、カメラ目線でウィンクした。


「見た今の? ASMRね。鉄が弾ける良い音したでしょ? これ、安物の槍じゃないよ。ミスリル製だよ。さすがB+級、罠にお金かけてるー!」


 罠を褒めるな。

 そして「ASMR」とか言うな。吾輩の殺意をコンテンツにするな。

 次に、スライム部隊が天井から降下し、強酸性の消化液を浴びせた。

 勇者の鎧がわずかに煙を上げる。


「うわっ、スライム風呂キター! これ美肌にいいんだよね。まあ俺の肌、女神の祝福で守られてるから溶けないけど。あ、サムネ用に一枚撮っとこ。はいチーズ! #スライムまみれ #美容」


 スライムたちがドン引きしている。


 「何こいつ……酸が効かない……キモい……」という思念が伝わってくる。

 精神的ダメージを受けているのは、攻撃した側だった。

 そして、ついに「彼ら」が出動した。

 シャドウウルフとゴブリンだ。


 『侵入者、排除する!』


 シャドウウルフが闇から飛び出し、勇者の喉元に牙を突き立てる。

 ゴブリンも背後から棍棒で殴りかかる。

 通常の冒険者なら、これで致命傷だ。

 だが、勇者レオは、シャドウウルフの顎を手で掴み、あろうことか「わしゃわしゃ」と撫で回した。


「うおー! でっかいワンちゃん! これが噂の育成魔獣? かわいー! 見てみんな、甘噛みだよ! 全然痛くない!」


『放せ! 貴様、噛み千切るぞ!』


 シャドウウルフが本気で噛んでいるが、勇者の皮膚が硬すぎて歯が立たない。


「よしよし、いい子だねー。あ、後ろのゴブリン君も出演ありがとう。モブ役お疲れ様です!」


 軽く肘打ちされただけで、ゴブリンが壁まで吹き飛んだ。


 無敵だ。

 物理的に勝てない。

 それ以上に、精神的に勝てない。

 彼は、このダンジョンの「殺意」や「恐怖」を、すべて「エンターテインメント」として消費し尽くしている。

 恐怖が通じない相手に、吾輩はどう戦えばいいのか。


 勇者レオは、ダンジョンの最奥部――吾輩の心臓部に近い大広間に到達した。

 そして、あろうことか、そこにテントを張り始めた。


「はい、じゃあ今日はここで一泊しまーす。『寝てみた』配信スタート! 視聴者数(同接)5万人行ったら、装備外して寝るわwww」


 彼は記録結晶を空中に固定し、寝袋を広げた。

 吾輩の胃の中で。

 勝手に。


 ――許せん。

 ――ここは神聖なる魔の領域だ。オートキャンプ場ではない。

 ――しかも、装備を外すだと? 公然わいせつ罪で通報するぞ。


 吾輩は怒りに震えた。

 力では勝てない。

 ならば、知恵だ。

 勇者(配信者)が最も恐れるものは何か。


 「死」ではない。「炎上」と「通信停止(BAN)」だ。

 吾輩は、全神経を集中させた。

 彼が見ている「記録結晶」の仕組みを、ダンジョンの魔力解析能力でスキャンする。

 どうやら、この映像は「魔導通信倫理協会」という組織の管理下にあるらしい。

 そこには厳格な規約ルールがある。

 過度な暴力、性的な描写、公序良俗に反する映像は、協会の自動監視システムによって遮断されるのだ。


 ――これだ。

 ――吾輩のダンジョン運営能力(演出力)を、総動員する時が来た。


 作戦名:『放送事故による社会的抹殺』。


 夜が更けた。

 勇者レオは、カメラを回したまま熟睡している。

 結晶の周囲には、視聴者からのコメント(魔力の文字)が流れている。


『寝顔てぇてぇ(尊い)』

『起きないかなー』

『装備オフまだ?』


 今だ。

 吾輩はまず、照明(発光苔)の色を変えた。

 健康的な緑色から、怪しげなピンク色へ。

 ムーディーな、いやらしさを感じさせる絶妙な色合いだ。安宿のネオンのような下品さを演出する。

 次に、音響効果。

 スライムの移動音「ピチャ……ヌチャ……」を増幅させる。

 さらに、風切り音を調整し、「アン……」「アハン……」という、生理的に誤解を招く音を作り出す。

 そして、仕上げだ。

 吾輩は、天井から「白く曇った雫(ただの石灰水)」を、勇者の顔に向けてポタリと垂らした。


 ポタッ。


 勇者の頬に、白い液体がかかる。

 彼は寝ぼけ眼で、それを手で拭い、口元につけた。


「ん……んん……」

 カメラのアングルは完璧だ。

 ピンク色の照明。

 濡れた音。

 白濁液にまみれて、顔を赤らめて(寝苦しいだけだが)悶える美青年。

 どう見ても、健全な冒険配信ではない。

 深夜の有料魔導チャンネルのアレだ。

 あるいは、非常に特殊な層に向けたアングラ映像だ。


 コメント欄の流れが、一瞬で変わった。


『え?』

『何これ』

『センシティブすぎん?』

『倫理協会仕事しろ』

『これBANだろwww』


 さらに吾輩は、追い打ちをかける。

 寝ている勇者の枕元に、ゴブリンが脱ぎ捨てた「汚れた腰布(下着に見えなくもない)」をそっと配置した。


 絵面が完成した。

 説明不能な誤解を生む構図だった。

 その瞬間。

 記録結晶が、激しい赤色に点滅した。


『ピーッ! 警告! 倫理規定違反を検知しました。性的、または著しく不適切なコンテンツが含まれています』


 無機質な魔導音声が響く。

 勇者レオが飛び起きた。


「え? 何? 警告?」


 彼はパニックになり、結晶を確認する。

 そこに映っていたのは、ピンク色の光の中で、白い液体を顔につけ、謎の布を握りしめている自分の姿。


「ちょ、待っ、違う! これ誤解! 罠だから! ダンジョンの罠だから!」


『対象のアカウントを一時凍結します。通信を強制遮断します』


 プツン。

 結晶の光が消えた。

 完全なる暗転。


「ああああああ!! 俺の同接が! 企業案件がぁぁぁ!!」


 勇者の絶叫が、ダンジョンに木霊した。

 その悲鳴には、肉体を切り刻まれるよりも深い、魂の断末魔が込められていた。

 社会的死。

 それは、どんな物理攻撃よりも現代の英雄を傷つける刃であった。


 ――ざまぁみろ。


 吾輩は、心の底から(地下水脈から)湧き上がる達成感に打ち震えた。

 勝った。

 物理無効の英雄に、コンプライアンスという武器で勝利したのだ。

 勇者レオは、膝から崩れ落ちていた。


「……終わった。垢BANだ。言い訳できない絵面だった……。スポンサー契約、全部飛ぶ……」


 彼は、もはや戦う気力を失っていた。

 よろよろと立ち上がり、重い足取りで出口へと向かう。

 その背中は、来た時よりも一回りも二回りも小さく見えた。


「……こんな陰湿なダンジョン、二度と来るか。訴えてやる……」


 捨て台詞まで小物臭くなっていた。

 どうぞ訴えてくれ。被告人の住所は「地下二階、スライム沼の奥」だ。



 勇者が去った後、シャドウウルフとゴブリンが顔を見合わせた。


『……あいつ、何しに来たんだ?』

『さあ……。でも、なんかあるじが勝ったみたいだぞ』


 吾輩は、ピンク色の苔を通常の色に戻し、石灰水を洗い流した。

 

 ふう、やれやれ。

 ダンジョン運営とは、かくも多角的なスキルを要求されるものなのか。

 演出、音響、そして放送倫理の知識まで必要とは、考えたこともなかった。


 吾輩はダンジョンである。


 今日の教訓。

 「最強の鎧も、規約違反の前では紙切れ同然である」。

 

 ……しかし。

 あの「白濁液」の成分、ただの鍾乳石の雫なのだが、掃除していたスライムが妙に興奮してプルプルしていたのが気がかりだ。


 変な性癖に目覚めていなければいいのだが。




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