賭場の連舞
闘技場の中央に立つロブ。観客の熱狂的な声が耳に届く。
ロタリオはロブを闘技場に送り出すと、観客席へと戻っていった。
ロブが入ってきた場所の反対側、闘技場のもう一つの入り口は、灯りが無く暗い通路が続いている。
その暗闇の奥に、何かが潜んでいる気配がする。
ロブは、あえて左眼の予見の力を使わなかった。
何が来るのか、どんな『踊り』を見せてくれるのか、それを純粋に楽しみにしているようだった。
ゴソゴソ、という音と共に、暗闇から徐々にその姿が現れる。
それは、巨大なカエルだった。体長は二メートルほどもあり、緑色の皮膚はぬるぬると光っている。大きな口には、長い舌が収まっているのようだ。
「ゲコッ……ゲコゲコッ!」
聞き慣れない、しかし確かにカエルの鳴き声が、闘技場に響き渡った。
ヌマガエルだ。冒険者ギルドの情報にはなかったが、沼地に生息するモンスターの一種だろう。
ロブは、現れたヌマガエルを見て、フッと息を吐いた。それは、ため息のようでもあり、安堵のようでもあった。
そして、すぐに口元にニヤリとした笑みが浮かんだ。
「……楽勝だな」
ロブは、観客席のどこかにいるはずのロタリオに向かって、大声で言った。
「おい、ロタリオ! そいつじゃ物足りねぇぞ! 次の相手を用意しておけ!」
ロブの言葉に、観客席からどよめきが起こった。巨大なヌマガエルを前にして、楽勝だと断言し、次の相手を要求する。
その余裕と傲慢さに、観客たちは驚き、そしてすぐに笑い声に変わった。
この男は面白い。
ヌマガエルが、長い舌を伸ばしてロブに襲いかかった。
ベチャリ、という湿った音と共に、粘液に覆われた舌がロブ目掛けて飛んでくる。
ロブはそれを、最小限の動きで避けた。
身体を少し傾けるだけで、舌は彼の横を通り過ぎ、闘技場の壁に張り付いた。
ヌマガエルは舌を引っ込め、今度は巨大な身体で跳躍し、ロブに覆いかぶさろうとする。
ロブは再び、その動きを予測していたかのように、軽く横にステップを踏んで回避した。
ヌマガエルの攻撃は、どれも単調で読みやすい。
ロブは、相手の攻撃を全て躱しながら、片手剣を構えた。
そして、ヌマガエルの身体に、連続で突きを繰り出した。
シュッ、シュッ、シュッ!
片手剣の切っ先が、ヌマガエルの柔らかい腹部や脇腹に、正確に突き刺さる。
ヌマガエルは苦痛の鳴き声を上げ、身体をよじらせる。ロブはさらに突きを続ける。
無駄な動きは一切ない。相手の弱点を的確に捉え、最小限の力で最大の効果を上げる。
それが、ロブの戦闘スタイルだ。
数回の連続突きで、ヌマガエルはぐったりと地面に倒れ込んだ。ピクピクと痙攣した後、完全に動きを止めた。
観客席からは、割れんばかりの歓声があがった!
あっけないほどの圧勝劇に、観客たちは熱狂している。
ロブは、倒れたヌマガエルを一瞥すると、再び観客席のロタリオに向かって声をかけた。
「おい、ロタリオ! だから言っただろう? そいつじゃ物足りなかったな! 早く次を寄越せ!」
ロブは笑いながら、まるで子供がおもちゃをねだるかのように、次の相手を要求した。
ロタリオは、ロブの強さと、観客の熱狂ぶりに興奮しているようだった。
彼は観客席で何かを指示している。
闘技場の職員らしき男たちが、ヌマガエルの死骸を片付けにやってきた。
ロブは彼らの作業を横目に、腰から煙草を取り出し、火をつけた。紫煙をゆっくりと吐き出しながら、次の相手を待つ。
しばらくすると、反対側の暗い通路から、新たなモンスターが現れた。
それは、鋭い爪と牙を持つ、狼のような姿をした魔物だった。観客席から再びどよめきが起こる。
ロブは煙草を咥えたまま、その魔物を見据えた。
そして、再び闘技場の中央へと歩み出る。
魔物は素早くロブに襲いかかったが、ロブはそれを容易く躱し、片手剣で一撃のもとに仕留めた。圧勝。
次に現れたのは、硬い甲羅を持つ巨大な昆虫のような魔物だった。その甲羅は片手剣では歯が立たない。
ロブは剣を捨て、徒手格闘に切り替えた。素早い動きで魔物の懐に潜り込み、関節技や急所への打撃で、あっという間に戦闘不能にした。これも圧勝。
さらに、毒液を吐く植物型の魔物、素早い動きで翻弄する鳥型の魔物など、様々な相手が現れた。
しかし、ロブはどんな相手に対しても、その能力を瞬時に見抜き、最適な方法で対処した。
片手剣、徒手格闘、あるいは闘技場の地形を利用して、次々と相手を打ち破っていく。
三回、四回と連戦が続く。
どれもロブの圧勝だった。観客席の熱狂は最高潮に達している。ハンスの声援も、どこかから聞こえてくるような気がした。
ロタリオは、観客席で大笑いしていた。これほど観客を熱狂させる闘士は久しぶりだ。
彼は闘技場に身を乗り出し、ロブに向かって叫んだ。
「おい、ロブ! すごいぜお前! 観客も大満足だ! だが、次が最後だ! この賭場の、いや、この街の最強の闘士を用意してやったぜ!」
ロタリオの声が、闘技場に響き渡る。
ロブは、煙草の火を消し、片手剣を構え直した。
最後の相手。どんな『踊り』を見せてくれるのか。ロブの左眼が、期待に輝いた。