賭場の踊り手
「へっへっへ、どうだ? 盛り上がってるだろ?」
ロタリオは得意げに笑う。
ハンスは、闘技場の熱気に少し気圧されながらも、観客席を見渡した。
「すごい熱気だな……本当にここで戦うのか?」
「ああ、もちろんさ」
ロブは既に闘技場の中央を見据えている。
彼の目は、危険と興奮を捉えて輝いていた。
「よし、ロブ。お前はロタリオについて行け。俺は観客席で、お前が勝つ方に全部賭けてやる!」
ハンスは、残ったわずかな報酬を握りしめながら、興奮気味に言った。
彼の顔は、既に勝利を確信しているかのようだ。
「へいへい、任せとけ」
ロブは気楽に答える。そして、ロタリオに促され、闘技場の裏手へと進み始めた。
ハンスと別れ、ロタリオの後ろを歩きながら、ロブは小さく呟いた。
「ギャンブルになると変わるだよな、あの生臭坊主は」
そう言いながら、彼の口元には笑みがこぼれる。
普段は堅実で小言ばかりのハンスが、ギャンブルとなると人が変わったように熱くなるのが、ロブには面白かった。
ロタリオに案内されて進んだ先は、闘技場の裏にある控室だった。
狭く薄暗い部屋には、汗と血の匂いがこもっている。
先ほどまで闘技場で戦っていたのだろう、二人の男が、自分で傷の手当てをしながら座っていた。
彼らは、入ってきたロブを横目でちらりと見たが、すぐに視線を戻した。その目には、疲労と、そしてどこか諦めのような色が浮かんでいる。
他にも数人の男たちが控室にいた。
彼らは小声で何かを話し合っており、ロブが入ってきても、その会話を止めようとはしなかった。
彼らもまた、この賭場の闘士たちなのだろう。
ロタリオはロブを部屋の隅に連れて行った。
「次の試合はお前だ。準備しろ」
「相手は誰だ?」
ロブは尋ねた。
ロタリオはニヤリと笑い、質問をはぐらかす。
「それは出てからのお楽しみだ。強い奴だよ。沼地の牙を倒したお前さんには、ちょうどいい相手だろう」
ロブは肩を竦めた。相手の情報を伏せるのは、賭場の常套手段だろう。
「武器は?」
ロブは尋ねる。
ロタリオは部屋の片隅にある武器ラックを指差した。
「そこにある中から好きなものを選べ」
ロブは武器ラックに近づいた。並べられているのは、使い古された剣、斧、棍棒などだ。
どれも手入れが行き届いているとは言えず、刃こぼれしていたり、柄が緩んでいたりする。
まともな物はほぼ無いと言っていい状態だ。
「なんだこりゃ……」ロブは顔を顰める。
普段、ダガーや徒手格闘を主とするが、状況に応じて様々な武器を使いこなす。
しかし、この中から選ぶとなると、選択肢は限られる。
彼はいくつかの武器を手に取って重さを確かめた後、一番状態がマシだった片手剣を選んだ。
刃は鈍く、バランスもあまり良くないが、これならまだ戦えるだろう。
「これでいいか」
ロブは片手剣を構えてみた。
「ああ。それと、服は脱いでもらう」
ロタリオが言った。
「服?」
「ああ。この闘技場では、上半身裸で戦うのがルールだ。観客が身体を見て、賭けの参考にすることもあるんでな」
ロブは肩を竦め、言われた通りに服を脱ぎ始めた。
シャツ、そして包帯を巻いた胸。
服を着ていると分からなかったが、彼の身体はただ細いだけではなかった。
無駄な脂肪は一切なく、引き締まった筋肉がしなやかに盛り上がっている。長年の旅と戦闘で鍛え抜かれた、鋼のような身体だ。
控室の他の男たちが、ロブの身体を見て、少しざわめいた。
細身に見えた男が、実は相当な手練れである可能性に気づいたのだろう。
ロタリオはロブの身体を見て、満足そうに頷いた。
「いい身体だ。観客も喜ぶだろう」
ロタリオはロブを促し、闘技場へと続く通路へ向かった。通路の先からは、観客の歓声が聞こえてくる。
「最後に一つだけ」
ロタリオが立ち止まり、ロブに言った。
「この闘技場での怪我や、万が一のことがあっても、主催者は一切責任を負わない。全ては自己責任だ。分かってるな?」
「へっへっへ、分かってるさ」
ロブは笑った。死んでも責任は取らない。
それは、冒険者という生き方そのものだ。
通路を抜けると、眩しい光と、観客の熱狂的な声がロブを包み込んだ。
闘技場の中央に立つ。土の感触が足の裏に伝わる。
上半身裸で、手には片手剣。
細身だが、鍛え抜かれた身体が、闘技場の照明に照らされている。
観客席からは、野次や期待の声が飛んでくる。
ロブは、観客席を見上げた。
どこかにハンスがいるはずだ。そして、彼の左眼が、闘技場全体を見渡すように、ゆっくりと動いた。
さあ、賭場のワルツの時間だ。
ロブの口元に、愉悦の笑みが浮かんだ。