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湯煙と消える報酬


泥と血にまみれた二人は、冒険者ギルドの受付カウンターに立っていた。


周囲の冒険者たちの好奇の視線を感じながらも、ハンスは淡々と討伐報告書にサインをする。ロブは相変わらず気だるげな様子で、壁にもたれかかっている。


「ええと、討伐の確認が取れましたので、報酬をお支払いします」

受付嬢は、まだ少し顔が引きつっているが、プロの仕事として手続きを進める。


彼女の後ろでは、ギルド職員たちが沼地の牙の首を運び出す準備をしていた。その巨大さと異様な姿に、誰もが言葉を失っている。


「お待ちかねの報酬だぜ、ハンス!」

ロブが少しだけ身を起こし、期待に満ちた目でハンスを見る。


受付嬢が、ずっしりとした革袋をカウンターに置いた。中には、金貨や銀貨が詰まっているのが音で分かる。


「おお! これだけあれば、しばらくは遊んで暮らせるな!」

ロブは革袋を手に取り、その重さを確かめてニヤニヤする。彼の頭の中では、既に美味い酒や飯、そして次の街での豪遊計画が描かれているのだろう。


しかし、ハンスは違った。


彼は革袋を受け取ると、すぐにその中身をカウンターに広げ、数え始めた。その顔は真剣そのものだ。


「えーと、金貨が何枚、銀貨が何枚……」

ハンスの指が、素早く硬貨の上を滑る。


ロブはそんなハンスを不思議そうに見ている。


「おいおい、ハンス。何してんだよ。早く受け取って、美味いもんでも食いに行こうぜ」

「黙ってろ。計算だ」


ハンスは硬貨を数え終えると、今度は懐から小さな手帳を取り出し、ペンで何かを書き込み始めた。その顔は、喜びに満ちていたロブとは対照的に、厳しい表情になっている。


「えーと、まず、お前と俺の服の清掃代と修理代……沼地の泥と血で、もう使い物にならねぇ部分もあるから、買い替えも必要か。それから、馬車の清掃代。あの首を乗せたんだ、徹底的に洗わないと匂いが取れん。宿代は昨夜分と今夜分。そして、沼地を進んだせいで馬車の車軸に負担がかかってる。点検と修理は必須だ。あと、次の街までの食料品の補充……」


ハンスがブツブツと計算を進めるにつれて、ロブの顔から笑顔が消えていく。


「……で、今回の報酬がこれだけ。必要経費がこれだけ……」

ハンスは計算を終え、革袋から必要経費分と思われる硬貨を取り分けた。そして、残った硬貨をロブに見せた。


「これが、残った分だ」


ロブは、ハンスの手のひらに乗せられた硬貨を見た。それは、最初に革袋に入っていた量の、ほんの一握りにも満たない量だった。


金貨は一枚もなく、銀貨が数枚と、銅貨が少し。


「……は?」

ロブは呆然とした。


「だから、これが残った分だ。今回の報酬は、ほとんど経費で消えた」

ハンスは淡々と告げる。


「う、嘘だろ!? あんなに危険な思いをして、泥まみれになって、首まで切り落として……これだけか!?」

ロブは信じられないといった顔で、ハンスの手のひらを凝視する。


「当たり前だろうが! お前が沼地で暴れたせいで、馬車に余計な負担がかかったんだ! それに、あの汚れ具合を見ろ!普通の清掃じゃ済まないんだぞ! 食料品だって値上がりしてるし……」

ハンスは、ロブの無計画さに対する怒りを込めて説明する。


「そんな……俺の報酬が……」

ロブは、報酬で豪遊する夢が、あっという間に泡と消えたことに落胆する。


彼の頭の中で鳴り響いていたはずの華やかなワルツは、泥水の音に変わってしまった。


現実を突きつけられ、ロブは目の前の惨状から目を逸らした。

そして、無理やり明るい声を出した。

「あー、もういいや。それより、この街に公衆浴場はあるのか? 身体が痒くてたまらねぇ」


ハンスは、ロブの現実逃避にため息をついた。

「あるにはあるが……」


「どこだ? 早く教えてくれよ」

ロブは、報酬のことはもう考えたくないといった様子だ。


「ギルドを出て、大通りをまっすぐだ。突き当たりを右に曲がったところに大きな建物がある」

ハンスは渋々、公衆浴場の場所を教えた。


二人はギルドを後にした。

ロブはまだ落胆しているが、風呂に入れるという希望に少しだけ元気を取り戻したようだ。


ハンスは、残ったわずかな報酬を握りしめながら、次の依頼を探さなければならない現実に頭を悩ませていた。


公衆浴場は、街の人々で賑わっていた。湯気と石鹸の匂いが充満している。


二人は受付で料金を払い、脱衣所へ向かう。泥と血にまみれた服を脱ぎ捨て、湯船へ向かう。


熱い湯が、汚れた身体に染み渡る。

一日の疲れと、沼地の不快な汚れが、少しずつ洗い流されていくようだ。ロブは湯船に浸かりながら、大きく息を吐き出した。


「あー、生き返るぜ。やっぱり風呂は最高だな」

ロブは気持ちよさそうに目を閉じる。


ハンスも湯船に浸かり、身体の凝りをほぐす。

「まったくだ。しかし、これで少しは人間らしくなったな」


湯船の中で、二人はこれからのことを話した。

「で、どうする? この街にもう少し留まるか? それとも、次の街へ行くか?」

ハンスが尋ねる。


「んー……どうしようかな。この街に面白い依頼があるかな?」

ロブは気のない返事をする。


「面白い依頼なんて、そうそう都合よく見つかるもんじゃない。それに、残った金で次の街まで行けるかどうかも怪しいぞ」

ハンスは現実的な問題を提起する。


「じゃあ、この街で何か探すか……でも、面倒くせぇな」

ロブは相変わらずやる気がない。


結局、湯船に浸かっている間、二人の間で明確な結論は出なかった。


いつものことだ。

彼らはその場の流れと、ロブの気まぐれで次の行動を決めることが多い。


湯から上がり、身体を拭き、予備の洋服に着替える。泥まみれだった服とは違い、清潔な服は身体に馴染む。


公衆浴場を出ると、外は既に夕暮れ時だった。

空は茜色に染まり、街の灯りが点り始めている。


「さて、どうするかな」

ハンスが改めて尋ねる。


ロブは煙草に火をつけ、紫煙を吐き出した。

「とりあえず、美味い飯でも食いに行くか。残った金で、どこまで贅沢できるか試してみようぜ」


ハンスは、またか、という顔でため息をついた。


しかし、ロブの提案を断る理由もない。腹は減っているし、せっかく稼いだ(そしてほとんど消えた)金だ。少しぐらいは良いものを食べてもバチは当たらないだろう。


「……分かった。だが、飲みすぎるなよ」

ハンスは渋々同意した。


二人は並んで歩き出す。清潔な服に着替えた彼らは、先ほど門番に止められた時とは全く違う雰囲気だ。


しかし、その内側では、相変わらずの凸凹コンビが、次の『踊り』の場所を探している。

報酬はほとんど消えたが、彼らの旅はまだ続く。


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