森の獲物と影の収穫
ゴブリンの巣穴の広間は、静寂を取り戻していた。無数のゴブリンの死骸が転がり、血と泥の匂いが充満している。
ロブとハンスは、最後のゴブリンを倒し終え、息を整えていた。
ロブは、腰から煙草を取り出し、火をつけた。紫煙が、薄暗い広間の空気にゆっくりと溶けていく。
「はぁ……これだから、数だけは多い奴は嫌だ」
ロブは、倒れたゴブリンの死骸を見ながら、ボヤいた。
ハンスが、メイスを肩に担ぎ、ロブに近づいてきた。彼の身体にも、ゴブリンの血や泥が付着している。
「まったくだ。それにしても、あのデカいやつはなんだったんだ? ホブゴブリンにしては、やけに強かったが」
ハンスは、ゴブリンチャンピオンの首のない死骸をちらりと見た。
ロブは煙草を吸い込み、笑いながら答える。
「さあな。ホブゴブリンよりは強かったし、まあ、多少は楽しかったぜ」
二人は互いの姿を確認した。大きな傷はない。
細かい切り傷や打撲はあるが、冒険者にとっては日常茶飯事だ。
「よし、行くか」
ハンスが言った。
二人は、奥の部屋に静かに近づいた。
ロブがダガーを投げ渡した三人は、部屋の隅に固まって座っている。恐怖で顔が青ざめているが、無事なようだ。
「おい、大丈夫か?」
ハンスが優しく声をかけた。
三人は、二人の姿を見て、安堵の表情を浮かべた。
「あ、ああ……大丈夫です……」
「ゴブリンや、あのデカいのはどうしたんだ?」
三人のうちの一人が、震える声で尋ねた。
「倒した」
ロブが簡潔に答える。
「あれを……!?」
三人は、信じられないといった顔で、広間のゴブリンの死骸を見た。
「とりあえず、もう大丈夫だ。もう襲ってくる奴はいない」
ハンスが安心させるように言った。
「あ、ありがとうございます! 本当に助かりました! もう少しで、俺達も……」
三人は、涙ぐみながら感謝の言葉を述べた。
「間に合って良かった」
ハンスは答えた。
「それにしても、どうしてこんなところに捕まってたんだ?」
ロブが尋ねた。
三人は、顔を見合わせた後、説明を始めた。
「俺達は、商都エルドリアに行く途中だったんです。街道を行くよりも、この森を抜けた方が近道だと聞いて……」
「そしたら、突然ゴブリンの群れに襲われて……抵抗したんですが、あの大きな奴に捕まってしまって……」
「近道だと? こんな森を?」
ロブは呆れた顔をした。楽をしようとして、かえって危険な目に遭う。よくある話だ。
奥の部屋には、ゴブリンたちが襲った人々の荷物が、乱雑にまとめて置かれていた。
中には、彼らが捕らえられていた三人のものもあるだろう。
ロブは、荷物の山を一瞥した。
値打ち物があるかもしれない。しかし、助けたばかりの三人の手前、堂々と漁るのも気が引ける。
すると、三人も、自分たちの荷物がないか探し始めた。それに釣られるように、ロブとハンスも、他の荷物の中から何か使えるものがないか探し始めた。
荷物の山を漁っていくと、多少の金属製品や、布製品、そして、大金とまではいかないが、まとまった金貨や銀貨が見つかった。
おそらく、襲われた商人や旅人たちの持ち物だろう。
「これだけあれば、少しは足しになるな」
ハンスは、見つけた硬貨を革袋に詰めながら言った。
ロブも、使えそうなナイフや道具などを回収する。
荷物の回収を終え、三人を連れて洞窟から出る準備をする。
広間を出る時、ハンスがゴブリンチャンピオンの首のない死骸を指差した。
「おい、コイツどうする? 討伐の証拠として持って帰るか?」
ロブは、倒れたチャンピオンを一瞥した。
「ん? ああ、コイツか。強かったけど、そこまでじゃねぇしな。わざわざ持って帰るのも面倒だ。置いていってもいいだろう」
ロブは、ゴブリンチャンピオンの首に全く興味がない様子だった。
ハンスは少し迷ったが、ロブがそう言うならと、そのまま放置することにした。
五人は、ゴブリンの巣穴を後にした。
彼らが広間を離れ、洞窟の出口へと進んでいくと、どこからともなく、影のように一人の人物が現れた。
リーゼだ。
彼女は、倒れたゴブリンチャンピオンの死骸に近づくと、その首のない胴体を見下ろした。
そして、彼女は、迷うことなくゴブリンチャンピオンの首を回収した。
その手つきは素早く、慣れている。彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
それは、まるで子供がおもちゃを買ってもらった時のような、純粋な喜びの表情だった。
「やった……!」
リーゼは、手に入れた獲物を見て、満足そうに頷いた。
洞窟を出ると、外の光が目に眩しかった。
助け出された三人は、新鮮な空気を吸い込み、無事だったことに涙を流した。
「さあ、早く森を抜けるぞ」
ハンスが三人に声をかけ、森の中の道を案内する。
ロブも三人の様子を見守りながら、森を抜ける。
しばらく歩き、街道近くに置いておいた馬車までたどり着いた。
三人は、馬車を見てさらに安堵した表情を浮かべる。
「この馬車で街まで送ってやる。乗りな」
ハンスが言った。
五人は全員で馬車に乗り込み、街へ戻ることにした。馬車の中は少し窮屈だが、助け出された三人は、二人に感謝の言葉を何度も繰り返す。
馬車が街道を進みながら、ロブはハンスに話しかけた。
「なあ、ハンス」
「なんだ?」
「あの女……リーゼとか言ったか? あのデカいのがいるの、分かってて俺たちにこさせたよな?」
ハンスは、ロブの言葉に頷いた。
「だろうな。森に痕跡があるって言ってたのは、あのゴブリンチャンピオンのことだったんだろう」
「ちぇっ……一杯食わされたな」
ロブは苦笑いした。リーゼは、自分たちを利用して、ゴブリンチャンピオンを倒させたのだ。
二人は顔を見合わせ、そして笑った。
それは、騙されたことへの苦笑いと、そして、リーゼという掴みどころのない女への、どこか感心したような笑いだった。
手配書のことは、二人は知らない。
ゴブリンチャンピオンが、実は高額な賞金首だったことも。
そして、リーゼがその首を回収しに来ていることも。
彼らは、ただ自分たちが探索をこなし、囚われていた人々を助け、そして少しばかりの金を手に入れただけだと思っている。