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夜の準備と朝の出発


『二揃いの食器』を出て、二人は宿に戻った。


部屋の明かりをつけ、荷物を整理する。


ロブは、慣れた手つきで煙草の葉と巻き紙を取り出し、煙草を作り始めた。


細長い指が、器用に葉を巻き紙に乗せ、くるくると巻いていく。


「買えば楽なのに、よくやるよな」

ハンスは、その様子を見て笑った。


「へっへっへ、自分で作るのがいいのよ」

ロブは苦笑いしながら答える。彼のこだわりだ。


「そういうところは、妙に豆にやるんだよな」

ハンスは感心したように言う。


普段のだらしない雰囲気からは想像もつかない、器用で丁寧な手つきだ。


ロブは黙々と煙草を作り続ける。

一本、また一本と、丁寧に巻き上げていく。


煙草ケースが埋まるまで作り終えると、彼は満足そうに頷いた。

そして、余分に一本作り、それに火をつけた。紫煙が、部屋の中にゆっくりと広がる。


煙草を吸うロブがハンスは尋ねた。


「どうする?」


ハンスは、ロブの言葉の意図をすぐに理解した。

リーゼが残した言葉と、森に残された痕跡。


「どうするって、あそこまで誘われたら、乗るしかないだろう?」

ロブは、煙草を咥えたまま、ニヤリと笑った。


「罠かもしれないぞ? あの女、何を考えてるか分からない」ハンスは少し警戒した様子で言う。


「へっへっへ、罠でも美人からの誘いは、乗らなきゃ男じゃねぇだろ?」

ロブは笑い飛ばした。危険を楽しむ彼の本性が顔を出す。


「……それなら」

ハンスも、ロブの言葉に釣られたのか、少しだけ口元を緩めた。

彼の顔にも、冒険者としての血が騒ぎ始めている。


「明日の朝イチで出発だな」

ロブは断言した。


ハンスは、ロブの言葉を聞いて、ニヤニヤと笑った。

「分かった。準備をするか」


二人は、残ったわずかな金を確認し、必要な物資を準備し始めた。


少ない金で、どこまで準備できるか。

ハンスは、手際よく装備を点検し、地図を確認する。ロブは、ダガーの手入れをしたり、着替えをまとめたりする。


「何が待ち構えてるか、分からねぇな」

ハンスが、少し低い声で呟いた。

彼の表情には、緊張の色はないが、冒険者としての覚悟が滲んでいる。


ロブは、煙草の煙を吐き出しながら、笑った。

「へっへっへ、楽しみだぜ」


二人の間には、これから始まる未知の『踊り』への誘いへ期待感が満ちていた。




商都エルドリアの、街のどこかにある、質素な部屋。


テーブルの上に並べられた、数十本のボルトを数えていた。


彼女の傍には、あの珍しいスリングショットが置かれている。

一本、また一本と、丁寧に数え、机の端に並べていく。その手つきは、正確で、迷いがない。


ひとしきりの作業が終わり、リーゼは顔を上げた。

その顔には、どこか思案するような表情が浮かんでいる。


「誘ったけど、どうかしら……」


彼女は、窓の外に広がる夜の街を見つめた。


「彼らなら、誘われたら乗ってくれると思うんだけど」


リーゼは、微かに口元を緩め、静かに笑った。


その笑みには、何か企みがあるようにも、あるいは、ただ純粋に楽しんでいるようにも見えた。



翌朝。


街の人々がまだ動き出す前の、静かな時間。

商都エルドリアの冒険者ギルドの門が開き、2人の男がゆっくりと出てきた。

そして、静かに馬車に乗り込む。


ハンスが手綱を握り、馬車を進める。

ロブは隣に座り、煙草を咥えている。


「準備は?」

ハンスが尋ねる。


「大丈夫だ」

ロブは答える。


「場所は?」

ハンスが確認する。


「バッチリだ」

ロブはニヤリと笑った。

リーゼが示唆した場所は、ロブの左眼が捉えていた、あの商人が襲われたと思われる森だった。


二人は会話しながら、静かな街中を進んでいく。

目指すは、街の南西にある森だ。


馬車が街の通りを曲がり、見えなくなった後。


ギルドの近くの建物の陰から、一つの影が姿を現した。


それは、リーゼだった。彼女は、ロブとハンスの馬車が見えなくなるまで、じっと見送っていた。


馬車が見えなくなると、リーゼは向きを変え、ギルドに向かって歩き出した。


その足取りは、先ほどまでとは打って変わって、急いでいるかのようだ。


ギルドに入ると、リーゼは受付カウンターへ向かった。朝早くから出勤している受付嬢が、リーゼの姿を見て少し驚いた顔をする。


「おはようございます。リーゼロッテさん。何か御用でしょうか?」


「おはようございます。この手配書について確認したいのですが」

リーゼは、懐から一枚の古びた手配書を取り出し、受付嬢に見せた。それは、ホブゴブリンの賞金首の手配書だった。


「ホブゴブリン……? ああ、これはかなり古い手配書ですね。確か、討伐依頼が出てから、もう随分経っていますが……」

受付嬢は手配書を見て、少し慌てた様子になった。


受付嬢の慌てた様子に気づいたのだろう、奥からギルドの幹部らしき男が出てきた。


「どうした? 何か問題か?」

幹部が尋ねる。


「いえ、この冒険者の方が、ホブゴブリンの手配書について……」

受付嬢が説明する。


幹部は手配書を確認し、顔を顰めた。

「ホブゴブリンか……。ああ、これはまだ有効な依頼だよ。ただ、討伐されたと報告はまだ無いがね」


リーゼは、幹部の言葉を聞いて、声を出して笑った。それは、どこか皮肉めいた、そして楽しげな笑い声だった。


「手配書の発行から時間が経っている。その間、討伐した報告は無い」

リーゼは、幹部の言葉を繰り返すように言った。

「つまり、生きていれば以前より強くなっている可能性が高い、ということですね?」


幹部は、リーゼの言葉に頷いた。

「そうだ。ホブゴブリンは、群れを率いる事もある強力なゴブリンだ。もし、長期間討伐されずに生き延びていれば、さらに力をつけ、もしかすると、ゴブリンチャンピオンにまでなっているかもしれない」


ゴブリンチャンピオン。それは、ホブゴブリンを凌駕する、ゴブリン族の中でも特に強力な個体だ。


「もし、討伐するのなら……」

幹部は、リーゼの顔を見据えて言った。

「証拠として、頭部を丸々持って帰ってきて欲しい。確認のためだ」


通常、ゴブリンの討伐証明は耳の先で十分だ。しかし、ゴブリンチャンピオンとなると、その存在自体が稀少であり、確認のために頭部が必要になるのだ。


リーゼは、幹部の言葉を聞いて、少し驚いた顔をした。そして、すぐに口元に笑みを浮かべた。


「なるほど……」


リーゼは、幹部に礼を言い、急いでギルドを出発した。彼女の足取りは軽く、まるで次への『踊り』のステップを踏んでいるかのようだ。

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