二揃いの食器に隠された糸口
商都エルドリアの広場から、リーゼに案内されて向かったのは、『二揃いの食器』という名の食堂だった。
その名の通り、テーブルにはいつも二揃いの食器が用意されているらしい。店内は、様々な階級の冒険者たちでごった返しており、熱気と喧騒に満ちていた。
安酒と肉料理の匂いが混じり合い、独特の活気を生み出している。
三人は空いているテーブルを見つけ、席に着いた。リーゼは、店員を呼び、手際よく料理と飲み物を注文する。
運ばれてきた料理は、豪華ではないが、ボリュームがあり、どれも美味そうだった。
ロブとハンスは、遠慮なく料理に手を伸ばす。
「うまいな、これ」
ロブは、肉の塊にかぶりつきながら言った。
ハンスも満足そうに頷いた。
リーゼは、二人が美味しそうに食べる様子を見て、微笑んだ。
「お口に合ったようで何よりです。これも、あの依頼のおかげですから」
食事が一段落したところで、ハンスが尋ねた。
「それで、リーゼさん。あの依頼というのは、どういった内容だったんですか?」
リーゼは、グラスを傾けながら話し始めた。
「ええ。街の商会からの依頼でした。森の中で行方不明になった商人の捜索です」
「それで、商人は見つかったのか?」
ロブが尋ねる。
リーゼの表情から、微かに笑みが消えた。
「……はい。見つかりました。ですが、残念ながら、既に亡くなっていました」
「そうか……」
ハンスは顔を曇らせた。
「荷物はどうだった?」
ロブが尋ねる。彼は、依頼の成否よりも、回収できた物資の方に興味があるようだ。
「ええ、重要な荷物は回収できました。それが、報酬が弾んだ理由でもあります」
リーゼは答えた。
「襲った魔物はいなかったのか?」ハンスが尋ねる。
通常、商人が襲われるとすれば、魔物か山賊だ。
リーゼは、一瞬だけ遠い目をした。
「……いいえ。魔物はいませんでした。少なくとも、私が現場に到着した時には」
「じゃあ、山賊か?」
ロブが尋ねる。
リーゼは、答えなかった。
ただ、微かに口元を歪めただけだ。その表情には、何かを隠しているような、あるいは、何かを知っているような響きがあった。
「あの場所は、最近、他にも行方不明者が出ているらしいんです」
リーゼは続けた。
「私が商人の荷物を回収している時、他にもいくつかの痕跡を見つけました。もしかしたら、他にも襲われた人がいるのかもしれません」
「ほう……」
ロブの目が、少しだけ興味の色を帯びた。
「探せば、何か残された荷物や、手掛かりがあるかもしれません」
リーゼは、二人の様子を窺うように言った。
「他の冒険者は、その場所には行かないのか?」
ハンスが尋ねる。
「ええ。あの場所は、少し危険な気配がしますし、何より、既に依頼は達成済みですから。報酬も出ませんし、誰もわざわざ危険を冒してまで行くことはないでしょう」
リーゼは淡々と答える。
「ふうん……」
ロブは煙草に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。他の誰も行かない場所。危険な気配。
そして、何か残されているかもしれない手掛かり。
それは、ロブにとって、抗いがたい誘惑だった。
ハンスも、リーゼの言葉から、何かを感じ取っていた。報酬は出ないかもしれないが、そこに何か隠されたものがあるのなら、それは新たな依頼や、あるいは別の形で金になる可能性を秘めている。
食事を終え、三人は食堂を出た。夜の街は、昼間とは違う顔を見せている。
酒場の灯りが輝き、酔っぱらいの声が響く。
「さて、私はこれで」
リーゼは立ち止まり、二人に別れを告げた。
「ああ。美味かったぜ。ありがとうな」
ロブは気楽に礼を言った。
「ご馳走様でした。助かりました」
ハンスも丁寧語で礼を言う。
「いいえ、こちらこそ。では、またどこかで会うかもしれませんね」
リーゼは微笑む。
「ああ。またどこかで会うかもな」
ロブは気楽に言った。
「ああ。もしかしたら、近いうちに、またご一緒することになるかもしれませんよ?」
リーゼは、意味深な言葉を残し、夜の街の中へと歩き出した。
その姿は、あっという間に人混みに紛れて見えなくなった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
リーゼの姿が見えなくなると、ハンスがロブに尋ねた。
「おい、今の言葉、どういう意味だ? 何か知ってるのか?」
「さあな。何を考えてるのか、さっぱり分からねぇ女だ」
ロブは肩を竦めた。彼の左眼は、リーゼが消えた方向をじっと見つめている。
あの時の女性ディーラーと同じように、このリーゼという女も、底が見えない。
何を考え、何を目的としているのか。全く掴めない。
「何を考えてるか分からない、か……」
ハンスは呟いた。あの女性ディーラーもそうだった。
そして、このリーゼという女も。どちらも、掴みどころがない。
しかし、それが、彼らの好奇心を刺激するのも事実だった。
「まあ、いいさ。明日になったら、また次のことを考えよう」
ロブは煙草に火をつけながら言った。リーゼが残した言葉と、森の痕跡。
それは、次の『踊り』への、静かな招待状のように思えた。