謎めいた夕食の誘い
ゴブリン退治を終え、二人は再び商都エルドリアの門にたどり着いた。
夕暮れ間近になり、街の灯りが点り始めている。
しかし、門番の顔は相変わらず厳しい。
「止まれ! 貴様たち!」
門番の一人が、ハンスの姿を見て声を上げた。
彼の巨体と、まだ完全に落ちきっていない旅の汚れが、門番の警戒心を刺激するらしい。
「いや、依頼を終えて戻ってきただけだ」
ハンスは慣れた様子で答える。
「だが、その見た目は……」
門番は訝しげにハンスを見る。
「見た目で判断するなよ、お兄さん。俺達はちゃんとした冒険者だぜ」
ロブが気楽に声をかけた。
結局、身分証を見せ、ギルドに登録されている冒険者であることを確認させて、ようやく門を通過することができた。
門を抜けた後、ハンスは深くため息をついた。
「ったく……毎度毎度、面倒くせぇな。俺の顔がそんなに悪いか?」
ロブはハンスの巨体を見上げ、ニヤニヤと笑った。
「へっへっへ、そりゃあ、どう見ても賞金首にしか見えねぇだろう? お前の強面と、その巨体じゃあな」
「うるせぇ!」
ハンスはロブの頭を軽く小突く。いつものやり取りだ。
二人はギルドへ向かった。
ゴブリン退治の報酬を受け取るためだ。ギルドの中は、夕方ということもあり、さらに多くの冒険者で賑わっている。
受付カウンターで、ゴブリンの耳の先を提出し、報酬を受け取る手続きをする。
今回の報酬は、必要経費を差し引くと、次の街までの旅費を賄えるかどうか、といったところだ。
「まあ、ないよりはマシか」
ハンスは革袋の中身を確認しながら呟いた。
ロブは、煙草に火を着けながらギルドの中を見回していた。様々な冒険者たちがいる。
依頼を探す者、仲間と話し込む者、酒を飲んで騒ぐ者。
その時、ロブの視線が、ある人物に留まった。
それは、数日前にここで会った、あの女性だった。
探索依頼を横取りしていった、斥候のような出で立ちの女性。
彼女は、ギルドの片隅で、誰かと話をしているようだった。
しかし、その時の彼女は、以前会った時とは雰囲気が違っていた。
顔には微かな笑みが浮かび、話相手に相槌を打ったり、楽しそうに頷いたりしている。
あの時の、冷たく無表情な印象とは全く違う。
ロブが彼女を見ていると、彼女がこちらに気づいた。そして、ロブに向かって歩み寄ってきた。
「こんにちは」
彼女は、以前の無感情な声とは違い、柔らかな声で話しかけてきた。
ロブは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの気だるげな笑みを浮かべた。
「よう。また会ったな」
「ええ。まさか、またここで会えるとは思いませんでした」
彼女は微笑んだ。
「私はリーゼロッテ・ワイルと言います。以前は失礼しました。あの依頼、どうしても急ぎで必要だったもので」
「ロブだ。こっちはハンス」
ロブは自己紹介し、隣にいたハンスを紹介した。
「ハンスです。先日はどうも」
ハンスは丁寧語で挨拶した。
「リーゼです。あの依頼、おかげさまで無事に達成できました。報酬も弾んでもらえましたし」
リーゼは嬉しそうに言った。
その表情は、以前の彼女からは想像もできないほど豊かだった。
「へぇ、そいつは良かったな」
ロブは煙草に火をつけながら言った。
「それで、お礼と言ってはなんですが……もしよろしければ、今夜、夕食をご一緒しませんか? あの依頼を譲っていただいたお礼に、私にご馳走させてください」
リーゼは、ロブとハンスに夕食を誘ってきた。
ロブとハンスは顔を見合わせた。
依頼を横取りされた相手からの夕食の誘い。
しかも、以前とは全く違う態度。
「……いいぜ。腹減ってたところだ」
ロブは即答した。せっかく稼いだ金は少ない。
奢ってもらえるなら願ったり叶ったりだ。
「ありがとうございます、では、夕方、街の広場で待ち合わせというのはいかがでしょう? 冒険者がよく集まる『二揃いの食器』という食堂に行きましょう」
イーナは提案した。
「分かった。夕方、広場だな」
ロブは頷いた。
「では、また後ほど」
イーナはそう言って、二人に軽く会釈をして去っていった。
イーナの姿が見えなくなると、ハンスがロブに尋ねた。
「おい、大丈夫か? あの女、以前会った時と全然雰囲気が違ったぞ。何か裏があるんじゃないのか?」
「さあな。何を考えてるのか、さっぱり分からねぇな」
ロブは煙草の煙を吐き出しながら言った。彼の左眼は、イーナが去っていった方向をじっと見つめている。あの時の、冷たい目。そして、今の表情豊かな笑顔。どちらが本当の彼女なのか。あるいは、どちらも彼女の一面なのか。
「でも、まあ、飯を奢ってもらえるならいいだろう」
ロブはあっけらかんと言った。
「お前なぁ……」
ハンスは呆れた顔をする。しかし、彼もまた、イーナの態度の変化に引っかかっているようだった。
二人はギルドを出て、宿に戻ることにした。街の通りを歩きながら、二人はイーナについて話す。
「あの女、あの斥候みたいな格好と、あの冷たい目つきで、まさかあんな風に笑うとはな」
ハンスが言った。
「ああ。面白い女だ」
ロブは呟いた。彼の興味は、報酬や危険だけでなく、予測不能な人間にも向けられる。
「何を考えてるんだか、全く分からねぇな」
ハンスは首を傾げる。
「まあ、飯を食えば分かるだろう」
ロブはそう言って、笑った。
宿に到着し、部屋に戻る。
夕食まで、まだ少し時間がある。二人は、それぞれの時間を過ごす。
ハンスは装備の手入れをしたり、次の街の情報を調べたりしている。
ロブは、ベッドに寝転がり、天井を見つめている。
彼の頭の中には、イーナの顔が浮かんでいた。
あの時の冷たい目と、今の笑顔。そして、彼女がなぜ自分たちを夕食に誘ったのか。
夕方になり、二人は宿を出た。
広場へ向かう。エルドリアの街は、夜になっても活気に満ちている。
広場に着くと、イーナが待っていた。彼女は、昼間とは違う、少しだけ華やかな服装に着替えている。
「お待ちしておりました」
イーナは微笑んだ。
「待たせたな」
ロブは気楽に答える。
「では、行きましょうか。『二揃いの食器』へ」
イーナはそう言って、二人の前を歩き出した。
二人はイーナの後をついていく。冒険者が集まるという食堂『二揃いの食器』。そこで、彼らはイーナの本当の姿を知ることになるのだろうか。