表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

008.探偵

 鹿島は精力的に働いていた。まず調べるべきは桐生篤の方だ。なぜなら三条家の令嬢はガードが堅く、調査に入れない。マスコミも完全にシャットアウトしているようだ。

 それに恵麻についてはネットで名前を調べれば情報が普通にある。ピアノ、バレエ、書道。どれもセミプロ級でその界隈では有名人だったようだ。

 中等部では新体操をしていたらしい。全国には行けなかったが有名な選手の一人だったようだ。

 写真も簡単に手に入れることができた。


 ピアノとバレエは小学生の時にコンクール受賞の経歴がある。ジュニアでもトップではないが賞を貰っている。

 特に書道は有名な書道家に師事しており、美しい字を書くと言うことで小学生の頃から何度も市や県などで賞を貰っている実績がある。

 全国まで進んで賞を貰ったこともあるらしい。実際恵麻の書いた字を見てみたが美しいと思った。鹿島は素人だがこれが子供の書く字かと驚いたものだ。


「さて、問題はこいつだな」


 問題は篤だ。全く情報がない。

 一応公立中学校に通っていたと言うことで同じ中学校を卒業した同級生にアクセスし、卒業アルバムを金を払って入手し、写真は得た。小学校の卒業アルバムで将来の夢は立派な社会人になって母親を楽させることだと書いてあった。中学校でも同じだ。

 そして名門溟海の、更に狭き門、特待生に受かっている。

 努力家であることは間違いない。友人であっただろうクラスメイトにも話を聞きに行かねばならないだろう。

 最近の卒業アルバムは電話番号や住所などは昔のように載っていないのでそこから調べなければならないのが面倒だ。


 しかしマスコミが追っていたので自宅も特定できた。古いアパートで1DKの間取りだ。家賃は六万くらいらしい。ただリビングはないが部屋自体もダイニングもそこそこ広いらしく、占有面積は多い。二人で住むには十分だろう。


「あの、すいません。桐生篤くんについて聞きたいんですが」


 探偵の仕事は聞き込みだ。何せターゲットが居ない。張り込みは無意味だ。

 そして溟海学園はマスコミすらシャットアウトするくらい姿勢が厳しい。

 鹿島が訪ねても答えてくれる生徒はほとんど居ない。そちらは一縷の望みを籠めてやってみるつもりであるが、まずは篤の近辺を洗うことにした。

 幸い大家の娘と言うおばちゃんが捕まった。


「あら、また? でもマスコミの人とは違いそうね。大きなカメラを持っていないもの。あぁ、あの子ね。いい子だったわよ。親孝行で頭も良くって、毎日朝夕とランニングをして挨拶してくれたわ。朝の掃除とか手伝ってくれていたし、重い荷物を持っていたら持ってくれたわ。彼のことを悪く言う近所の人なんてそう居ないんじゃないかしら。勉強も出来たって聞いているし、小さな頃から静かな子だったわね。図書館に小学生の頃からよく通っていたのを覚えているわ」


 鹿島は名刺を取り出して見せた。


「うちは探偵なんですよ。依頼者様がいらして、その方が桐生篤くんについて調べて欲しいと言われまして。なるほど。他に気になる点とかありますか?」

「そうね、友人だと思われる制服の女の子がたまに来ていたわね。もしかして彼女かしら。可愛い子だったわよ」


 それだ! と鹿島は思った。鹿島が求めるのはそういう情報だ。そしておそらくそれが一緒に空を飛んだと言う三条恵麻なのだ。

 近くに監視カメラはないだろうか。鹿島の事務所は方々に顔が効くのでハッキングは最終手段として、金さえ払えば監視カメラの映像を売って貰えるのだ。


 調べて見ると駅から自宅までの間にコンビニが三軒ある。コンビニの映像データを売って貰おう。コンビニ会社が直接経営している店舗だと難しいがフランチャイズで個人が経営しているのなら金で転ぶ可能性が高い。

 何せビデオデータを売るだけで何十万、百万と金が手に入るのだ。そしてその金は三条家から出る。経費は幾ら掛けても良いと言われている。

 流石に一千万とか一億とかふっ掛ければ文句も出るだろうが、百万程度なら必要経費の一部と見なされるだろう。


「彼の部屋はまだ残っていますか? 良ければ拝見したいのですが」


 そう言って鹿島は五万円の封筒をこっそりと大家の娘に渡した。大家の娘はその額に驚き、その部屋のキーを持ってきてくれた。あの錠ならピッキングできたなと思いながらも不法侵入をせずに入れるならばそれが一番だ。警察を呼ばれるとまずい。

 家賃は自動的に引き落としがされており今月分も既に貰っていると言う。故に住人が死んだからと言って勝手に家財の撤去はできなかったらしい。

 篤の友人が来て片付けは自分たちがするから残しておいて欲しいと要望があったとも聞いた。


「ここよ」


 二階の奥の部屋だが角部屋ではない。


「邪魔するぜ。化けて出るなよ」


 鹿島はそう言って篤の住んでいた家に入り込んだ。大家の娘は別の仕事があると言ってどこかに行ってしまった。鍵はポストに放り込んで仕舞えば良いらしい。都合の良いことだ。


「ほぅ、綺麗にしているじゃないか」


 ダイニングキッチンには二人で食事ができるようにテーブルと椅子がある。綺麗に掃除されているのが見ているだけでわかる。

 キッチンも綺麗に清掃されていて、だが使っていた形跡がある。鍋や包丁、調味料などがあるのだ。

 味醂や料理酒、ごま油などがあって料理をしないと言う事はないのだろう。篤がやっていたのか母親が料理をしていたのかは定かではないが、きちんと料理を作って生活していたのだ。料理の本もいくつか近くに置いてあった。

 鹿島はそれらをカメラで写真に写し、記録に取る。


「さて、本命はこっちだな」


 リビングは呆れるほど何もなかった。八畳の部屋だと言うが布団が二組と勉強できるような折りたたみの木の机。そして教科書や資料集、参考書や問題集などが山積みにされている。

 替えの制服が壁に掛かっている。きちんとアイロンも掛けていたようで、アイロンも部屋の隅にあった。後は小さなTVだ。二十四インチだろうか。明らかに小さく古い。つけてみると一応映像は映った。アナウンサーが事件の報道をしている。今どきDVDの再生機も繋がっている。


 TVもDVDも中華製だ。日本のTV業界は衰退し、ほとんど中華や台湾、韓国に奪われてしまっているが一応名前は残して日本企業の名前で売っていることが多いが、残されていたTVはどこの企業か鹿島も全く知らなかった。

 ネットで製品番号を調べてみると十年以上前の製品で、作っていた企業は既に潰れている事が判明した。ジャンクでも投げ売り価格で売られている。評判もそれほどよくなかったようだ。潰れるのもむべなるかなである。


「手強いな。全く手掛かりがないぞ。ただ本人が勉強家なのはわかった。なんだこの参考書の山は。まだ進級して居ないのに三年生の分まであるじゃないか。おっさんになった俺には全くわからん」


 鹿島は呟きながら篤の部屋を熱心に探索し、写真に収めていった。



 ◇ ◇



「売ってくれるんですね」

「あぁ、構わないよ。五十万だろう。しかも現金だ。うちは監視カメラの映像は大容量HDDに保存してある。それをコピーするだけで五十万貰えるんなら売るさ。何せ金に困っているからな。最近の値上げラッシュの買い控えはうちみたいなコンビニには大きく響くんだ。経営が傾くほどじゃないが早くなんとかして欲しいね」


 コンビニの店長と話はついた。少なくともここ二年の監視カメラ映像は売ってくれるらしい。ちなみに件の篤もこのコンビニは利用していたようだ。好都合だ。彼が何を買っていたのか、誰と利用していたのか。それで彼の行動がわかる。

 ついでに近所のスーパーに聞き込みに行く。話をするだけで金が貰えると聞いて店長が出てきた。


「あぁ、あの子ね。よく来てたよ。聞いてみたら自分で料理を作っているらしい。目利きがしっかりしていて、栄養が偏らないように、それでいて安い製品ばかり買って行って従業員たちにも認知されていた子だね。若いのに偉いねって女性従業員には特に人気が高かった。セールの日には必ず来てたね。そしてお菓子なんかはあんまり買わなかった。必要な物だけ買っていくんだ、偉い子だよ」

「映像とか残っていませんか」

「あぁ、ちょっとならあるかな。万引き対策の奴の映像に映っていると思う。でも古いのはないよ。大体消しちゃってるから」

「構いません。買わせてください」


 店長は喫煙スペースでスパーと煙草を吸いながら軽く「いいよ」と答えた。鹿島も付き合いで電子煙草を取り出して吸う。

 彼が映っている所だけを切り抜いたりはしてくれないが、データを全部くれると言った。一月分は取って置いてあるらしい。


「ふぅ、これで少しは進むかな。後はドラッグストアとかの映像が欲しいな。だが大手チェーンばっかりで金で転びそうな相手はいないな。上司に相談するか、上で話をつけてくれればありがたい」


 鹿島はスーパーの店長と一緒に一服した後、大量のデータを抱えて帰っていった。これから何十時間早回しで映像を見なければ行けないのか頭が痛くなりそうだ。

 これは自分だけでは無理なので部下たちにも手伝わせよう。ではないと頭が狂ってしまいそうになるのだ。

 不倫調査などはターゲットを追う忍耐力が必要だが、期間は決まっている。最長でも三ヶ月も調べれば大体調査は終わるのだ。

 故人を追うのは別の苦労がある。しかも最低二年間だ。簡単に追える訳がない。


「おう、藤井か。お前らちょっと数人暇な奴ら集めろ。数日後にはビデオ会だ。ターゲットの映っている場所だけ切り取って編集する作業をやらせるぞ」


 部下に電話をすると物凄く嫌そうな返事が来た。

 鹿島だってこんなことはやりたくはない。だがこれは仕事なのだ。仕方がない。


「はぁ、だが手掛かりはきっとある。クライアントに良い報告を上げられるようにしないとな。信用に関わる。所長が俺に任せたのもそのせいだろう。下手な奴にやらせたら出る情報も得られん」


 鹿島は路地裏で電子煙草を吸うとゆっくりと帰っていった。この仕事は長期戦になりそうだ。

 すでに死んでいると言う篤の母親についても調べてみようと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ