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017.発覚

「妊娠!?」


 香織は二つの情報源からほぼ同時に情報を得た。

 恵麻が妊娠していたらしいと言うのだ。と、言うかほぼ確定情報だ。

 探偵の鹿島からは恵麻がドラッグストアで妊娠検査薬を買っていたのだろうと言う報告があった。監視カメラで妊娠検査薬を手に取る様子が映されて居たというのだ。


 そして康太からはその妊娠検査薬の陽性の結果が出た物が篤の大切にしていた箱から出てきたと連絡が来た。

 箱の中には他にもペンダントや母親との写真など篤が大事にしていたであろう物が出てきたと言うが、重要なのはそこではない。陽性の結果を示した妊娠検査薬。それが恵麻の物でなければ誰のだと言うのだ。

 篤は人気があり、多くの女生徒に告白されたが、常に誠意を持って断っていたと聞いている。他の女生徒を妊娠させるような男ではない。

 香織の印象もそんな無責任なことをするような男だとは思えなかった。


(これね)


 これは確定だ。

 大切な妹の恵麻は、篤の子を何か不慮の事故に合い、妊娠してしまったのだ。二人が避妊をしていなかったとは思えない。

 少なくとも恵麻は必ず避妊を求め、篤も康太から聞いた性格ならば、避妊を疎かにするとは思えなかった。


「恵麻、貴女。そうね、それなら納得できるわ」


 そして恵麻は誰にも相談できなかったに違いない。篤以外には。

 篤に相談していなければ一緒に心中することはなかっただろう。つまり知っているのは恵麻と篤だけだ。

 香織は即座に康太に電話を掛けた。直接話が聞きたかったのだ。

 梨沙はメッセージを見ておそらくはフリーズしている。既読はついているが反応がない。


「木島くん、悪いけれど本物を見せて貰えないかしら」


 康太も連絡があるのを予想していたようですぐ取ってくれた。


「いいですよ。ビニールのパッケージに入っていて、大事に仕舞われていました。彼らにとってはこれは愛の結晶です。ただ時期が悪すぎました。あと一年後ならば、どうとでもなったでしょう」


 康太の言葉は本気だ。そして香織もそう思う。あとたった一年違えば違う未来を選べただろう。


「そうね、私もそう思っているわ」

「と、言うか俺に相談してくれればなんとでもしました。うちは病院で産婦人科もあります。産婦人科の医師にこれは極秘だと言って守秘義務を課すこともできます。なんで相談してくれなかったのか。相談してくれればなんとかしてやれたのに。悔しいです」


 康太が声を荒げる。やっていられないのだろう。香織も同じ気持ちだ。なぜ相談してくれなかったのかと問いかけたくなる。

 だが逆の立場ならばどうだろう。十七歳に妊娠が発覚し、父親にバレれば必ず別れさせられることが確定している。当然赤ん坊を産む事も許されない。それを誰かに相談できるだろうか。香織は自身が同じ嵌めになった時に親友や友人に相談できるとは断言できなかった。

 今の香織なら違う。祖父や祖母を頼ると言う手が思いつく。ただ三年前の自分がその判断ができたかどうかは微妙だ。


「恵麻の性格を考えると、桐生くんを本気で愛していたのならばその愛の結晶を殺すなんて考えられないわ。中絶など発想すらしないでしょう」

「そうですね、三条さんや篤ならそう考えるでしょう。それほど二人は愛し合っていたのですね」


 康太が悔しそうに言葉を放つ。香織も悔しかった。

 恵麻を少しの間休学させ、香織の持つ伝手で二人用の部屋を借りてあげることもできた。関東から逃げ出すのも良いだろう。どうせ父は娘の動向など気にしないだろう。

 政略結婚の手駒が一人減ったとしか考えないに違いない。

 怒りは見せるだろうがそれは自分の為だ。恵麻のことを考えての事ではない。


 そして恵麻が妊娠したことをしれば必ず中絶させ、篤と別れさせることは容易に想像できる。

 二人はそれを許容できなかったのだ。だから二人で屋上から手を取り合って飛び降りることを選択した。篤も母親を失ったことで恵麻しか居なかった。二人は愛の結晶を殺されるのならば、そして別れさせられるならば、と心中の選択肢を選んだ。

 愛が深すぎたのだ。世界が狭かったとも言える。だからその選択肢しか彼女たちにはなかった。もしくは見えなかった。


「ふぅ」


 小さくため息が出る。

 香織はそれほど他人を愛したことなどない。恵麻だけだ。だが香織と恵麻では妊娠などという事故が起きることはない。何せ女同士で姉妹なのだ。例えレズビアンとして愛し合うと言うことがあったとしても、子供はできない。

 幼い頃は良く恵麻とキスをしていた。単なる愛情表現としてだ。中等部になってからは恥ずかしがってキスをしてくれなくなったがほっぺたにキスは交わしてくれた。それで十分だった。周囲も仲の良い姉妹にしか見えなかっただろう。実際に仲の良い姉妹だったのだ。


(はぁ、恵麻。貴女は幸せだったのかしら。結局日記にも真相は書かれていなかったしね)


 恵麻の日記の最後の方は「大変なことが起きた。これを篤くんに相談しても良いのかしら。でも二人の問題だから相談しない訳にはいかないわ」と書かれていただけだ。何が起きたのかは推し量るしかない。

 そこで日記は途切れていた。篤に相談し、恵麻と篤は二人で死ぬと言う選択肢を選んだ。僅か三週間の間しかない。そこにどれだけの葛藤が混じっていたのかは計り知れない。


 香織は恵麻の当時の心境を思う。想像でしかないが、青褪めたであろう。妊娠すれば腹が膨れる。隠すことなどできない。

 更に生徒会副会長で特進クラスだ。学校を辞める選択肢は父が許さないだろう。つまり堕ろす以外の選択肢はない。

 一度子は諦め、堕ろして、密かに付き合い続け、三条家から逃げ出すように篤についていく。それが香織の考える現実的な行動だろう。勘当されたとしても香織や祖父や祖母が味方につく。


 康太と言う病院を持っていて相談できる相手も居た筈だ。康太ならきっとなんとかしてくれたと思う。

 何か適当な病名でもつけてもらい、病気療養と言うことにして休学し、密かに出産することすら可能だと香織は考える。


 もしくは他の手もある。香織と同じでお年玉や小遣いなどでかなりの資産を恵麻は持っている。

 二人で数年間質素にしていれば暮らすことができただろう。父の目が届かない九州や北海道にでも逃げて仕舞えば良かったのだ。

 そこで出産をする。子が生まれてしまえば父も流石に子を殺すことなどできない。篤を殴ったり罵倒したりはするだろうが、そのくらいは篤も許容するだろう。

 当然篤が通報しなくても香織が通報するが、娘を妊娠させられた父親が怒ると言うのは世間でも当然だ。


「はぁ~~~~~~っ」


 香織は上を向いて大きく息を吐いた。恵麻と篤が屋上から飛び降りた原因はわかった。

 篤の性格まではわからないが恵麻の性格はわかる。姉であり、ずっと一緒にいたのだ。

 恵麻ならば堕ろすと言う選択肢は取らないだろうし、父親に歯向かうなどと言う選択肢も取れない。故に心中なのだ。視野が狭くなってしまっていた恵麻にはそれしか手立てがなかった。

 あとたった数ヶ月。十八歳になれば成人だ。勝手に結婚でも何でもすれば良かった。


 もしくは三条家がもっと寛容な家であれば恵麻の子を祝福し、二人を支え、二人が幸せになる未来もあっただろう。祖父や祖母に相談すればそれも可能だったに違いない。父が何を言おうと祖父には逆らえない。何せ父の会社の株式の過半数は祖父が握っているのだ。父は暴君のようだが、王ではない。

 少なくとも香織は二人の愛を応援しただろう。金銭にも困っていない。篤と恵麻が大学を卒業するまでくらいは援助することはできる。

 父が金を払わないと言うのならば金持ちの友人に土下座をし、金銭を借りても良い。出世払いで払うと香織が約束すれば、必ず貸してくれる友人は幾人も心当たりがある。


「大学生と高校生じゃ住む世界が違うものね。ままならないものだわ」


 香織は自然と涙が溢れてきた。拭く気にもならなかった。床にポタポタと流れ落ちる。

 恵麻が死んだ理由を知りたかった。直接的な原因は判明した。康太や梨沙も協力してくれた。探偵も役に立った。

 だが決着がついたかと言うとそうではない。

 香織は康太と梨沙を呼び出すことに決めた。



 ◇ ◇



「篤、お前こんなに苦しんでいたのかよ。相談してくれよ。俺たちは親友じゃなかったのか。死ぬ前に一言でいい。助けてくれと言ってくれれば幾らでも相談に乗ったと言うのに。俺らはまだちっぽけな高校生だが篤よりは人脈も金もある。出来ることは幾らでもあったんだ。それをさせてくれよ、今からでも助けさせてくれよ、なぁ、篤」


 康太は恵麻の物だろう妊娠検査薬を見ながら、篤の事を思った。もちろん恵麻の事も思っているが、比重が違う。康太にとっては恵麻よりも篤のことが大事だと言うだけだ。


 康太は涙が溢れてきた。篤の死の原因はほぼこれで確定だろう。香織もそう思っているだろう。梨沙にも知らせたが反応がない。ショックで震えているのだろう。目に見えるようだ。

 恵麻の性格は良く知っている。なにせ幼稚舎から一緒だったのだ。小等部でも幾度か同じクラスになった。中等部からは常に特進クラスで一緒だった。


(三条さんも良い子だったな。俺も惚れていてもおかしくなかった。いや、実際惚れていたのかも知れない。だが篤が居た。だから俺は無意識に身を引いたのだと思う。あいつらはお似合いだったからな、俺なんかが邪魔しちゃ可哀想だ)


 恵麻のピアノやバレエの発表会にも行った事がある。素晴らしい出来だった。

 勉強ばかりの康太には真似できないと思った。そして性格も素晴らしかった。誰とでも仲良くなり、内部生、外部生の垣根などなかった。嫉妬すらしている所を見たことがない。


 そしてそれは自然体だった。わざわざそういう風に自分を見せているのではなく、そういう純粋な子だったのだ。それは高等部に上がっても変わりがなかった。恵麻の周りには常に誰かが傍に居た。

 康太はどちらかと言うと孤高だった。友人は居たが、深い付き合いはしてこなかった。女子の友達も少なかった。話しかけづらい雰囲気があったのかもしれない。幾度か告白はされたが付き合う気にもなれなかった。

 自分でも自覚はある。そこは直していかなければならない。


(あぁ、俺も篤のように生きられたらな。もしくは三条さんのようにクラスの人気者で居たかったかと言われれば本音を言えばそうなりたかった。嫉妬がないと言えば嘘になるが、俺は俺だと言う思いが強かった。そして周囲の馬鹿共に付き合っている暇などなかった。余裕がなかったんだな。今思い返せばわかる。篤と出会って初めて理解したよ)


 そして恵麻と同様、篤にもそういう純粋さはあった。故に二人の愛は純愛だったのだと康太は思う。二人は想い合い、愛し合い、誰にもバレないようにそれを隠し、何か一つ間違えて子ができてしまったのだ。

 コンドームの避妊率は百パーセントではない。運がなく、その僅かな外れを引いてしまったのだろう。


(なんで神様はあいつを助けてくれなかったんだ)


 篤は生まれから貧しい生まれだ。更に母親も亡くしている。決して運が良い男ではない。運に頼らず、自身の力のみで生きてきた男だ。そこに康太は尊敬の念を抱いたのだ。

 運になど頼らない。神にも祈らない。自身の足だけで立って生きていく。そう背中が語っていた。あれほど格好の良い男を見るのは初めてだった。


 しかも同年代だ。康太は誰にも負けたことがなかった。故にショックだった。だが話が合った。篤には抜けている所が沢山あって、それも愛嬌だと思えた。

 覚えも良いので教え甲斐があった。優越感に浸っていたのかも知れない。だが篤と康太が親友であるという事実は間違いがない。康太は篤を慕っていたし、篤も仲良くしてくれていた。篤にとっても康太が親友であってほしいと康太は願っていた。


(あいつらも最初は篤を嫌っていたのに、結局嫌いきれなくなっていたものな)


 康太に限らず、篤を慕っていた者たちは多く居た。最初は篤を認められなくても、結果を出してしまえばぐうの音もでない。さらに篤は性格も良かった。

 勉強を教えてくれとクラスメイトに請われれば必ず応えた。康太が説明するよりも丁寧に説明していた。最初から全て理解できてしまう康太と違い、積み重ねて伸し上がってきた篤には、できない奴の気持ちがわかるのだ。


(俺には真似ができないと思った。凄い奴だった)


 康太にはそれがない。最初からできたからだ。更に幼い頃から神童だと言われ続けてきた。故に他人に教えるのは下手だ。

 そして中等部などでも康太に勉強を教えてくれと言う友人は居たが誰も彼もがついてこられなかった。そして二度と勉強を教えてくれと言っては来なかった。


 これは直さないと病院勤務になった時に、後輩の指導ができないと理解している。

 篤の他人への接し方や勉強の教え方などを吸収して、どうすれば良いのか少しだけ理解できた。

 大学に進学すれば同レベルの連中がわんさかいるだろう。だが篤ほどの男に出会えるだろうか。


 康太はその答えを得られなかった。きっと篤ほどの男には出会えない。そう確信するばかりだ。康太は涙を流しながら、静かにベッドに横になった。梨沙が送ってくれた鎮魂曲のピアノの旋律を聞きながら、康太は篤との思い出を詳細に思い出していた。


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