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013.恵麻の日記

「恵麻の部屋に手掛かりはないのかしら。来るたびに泣いていたし、使用人も手掛かりはなかったと言っていたし、あまり調べてないのよね。他の人を入れる訳にも行かないし、私が調べるしかないわ」


 香織は再度恵麻の部屋を訪れた。使用人が清掃しているようで、埃一つ落ちていない。だが物の場所は変えないように言いつけてある。実際前入った時と全く変わらない様相だった。

 篤の部屋のように皆で調べる訳には行かない。ならば自分が調べるのが一番手っ取り早い。


「はぁ、恵麻。貴女はやっぱりいないのね」


 がらんとした可愛らしい部屋。来る度に鼻にツンと来る物がある。

 恵麻の部屋は変わらない。恵麻の匂いが薄れているが、そればかりは仕方がない。しかし物の配置などは恵麻の癖が出ている。香織も同じように部屋を整頓しているのでどこに何があるかなどすぐにわかる。

 同じ教師に学んだのだ。似ているのは当然といえる。小さな頃はよく香織の部屋に恵麻は遊びに来たのだ。香織の真似をしていたのかも知れない。


「まずは本棚かしら」


 とりあえず本棚を調べる。表紙を取り、中身も検める。だが何の手掛かりもなかった。奥に何か隠してある様子もない。単純に参考書が並べてあり、勉強に使うものばかりだ。

 趣味の小説などが並んでいる本棚も調べたが特に怪しい所はなかった。


「こんな安易な場所には何もないわよね」


 ベッドの下も見たが綺麗に清掃されていた。と、言うか何かあれば使用人が香織に教えてくれただろう。

 恵麻の性格を考えてもそんな安易な場所に何か隠すとは思えない。

 篤とお揃いのチャームは大事な物が入っている化粧箱に本当に大事そうに仕舞われていた。イルカをモチーフにしたアクリルで作られたチャームだ。

 恵麻の鞄にも同じ物がついている。他にも香織が送った誕生日プレゼントなどが綺麗に仕舞われていた。


「こっちはどうかしら」


 鏡台も調べる。香織も使っている高級コスメが並んでいる。鏡台の引き出しも調べたがアクセサリーや時計などが並んでいるだけで怪しい所はない。

 クローゼットにはドレスなどが並んでいる。クローゼットに怪しい箱などは見当たらなかった。服だけだ。

 お気に入りのワンピースなども並んでいた。

 私服はタンスに入っている。一応私服の下に何か隠していないか検めたが特に何も見つからなかった。綺麗に整理されている普通のタンスだ。


「じゃぁ机の中かしら。流石に前は見なかったものね」


 そう思い、机の引き出しを開けてみる。シャープペンやボールペンなど文具が一番上に整頓されて入っており、特に怪しい物は見当たらない。

 二段目と三段目にはノートがずらっと入っていた。見てみると中等部時代からのノートを全て取っていたようだ。二段目には高等部一年から高等部二年までのノートが各教科毎に分けられて詰められている。

 三段目には中等部時代のノートが並んでいる。

 きちんとした性格をした恵麻らしいと思えた。

 恵麻の字を見ているだけで涙が滲んでくる。用意していたタオルで目元を拭う。涙が流れるのはいつものことだが、今回は泣いている暇などないのだ。


「あれ、これは……?」


 四段目の引き出しは少し大きいタイプになっている。ファイルなどが入っていて、生徒会などに使った資料などを整理していたようだ。パラパラとめくってみるが怪しい部分はない。中等部から生徒会活動を恵麻はやっていたのでかなりの量だ。しかし注目したのはそれではなかった。

 引き出しの大きさに比べて少し底が高い気がした。

 引き出しごと引っ張り出し、ファイルを取り出して床に並べる。そして引き出しを調べてみた。


「二段底?」


 よく見ると底に板が入っており、それが少し歪んでいる。丁寧に取り出す

 と、中から少し高級なノートが何冊も出てきた。


「何かしら、え? 日記?」


 恵麻が日記を付ける習慣があるなど初めて知った。姉である香織にも隠していたのだろう。思い返して見るとノックをして、「お姉ちゃんちょっと待って」と言われたことが何回かある。

 勉強をしている時や着替えている時でも恵麻は気にせず香織を部屋に招いた。そして「ちょっと待って」と言われた時は必ず机に向かっていた。

 つまり恵麻は香織に日記を見られたくなかったのだ。

 当時は何も疑問に思わなかった。ちょっと待てと言われて数分でドアが開けられるのだ。恵麻の事だ。香織は心配など何もしていなかった。実際怪しい所は思い出せない。だが今考えれば日記を書いていて、それを隠していたのだろう。


 ただ隠すだけならば二段目や三段目の引き出しに取り敢えず放り込んで仕舞えば良いだけだ。香織には気付かれない。

 そして香織は興奮していた。篤は日記を書いていなかった。だが恵麻は隠れて日記を書いていた。重要な手掛かりだ。慎重に取り出し、床に並べて検める。


「ふふっ、日記を書いて隠していたなんて可愛いわね」


 日記は一番下が古く、小等部時代から書いていたようだ。

 最初は楽しかった思い出の日だけ書いてある。香織と庭で遊び、楽しかったなど小学生が書く可愛らしい日記だ。

 水族館や博物館、美術館などに使用人たちに連れられて行った記録なども書いてある。日付は飛び飛びだ。ピアノのコンサートやバレエの公演に行った事なども書かれている。ピアニストやバレエダンサーに憧れたことなども綴られている。


「あら、懐かしいわね。恵麻はこういう風に私のことを思っていてくれていたのね」


 父親と母親は香織にも恵麻にもほとんど関心がなかった。

 故にか香織と恵麻は仲が良かった。香織としては単純に妹が可愛かったのだ。恵麻も香織に懐いていた。よく庭で遊んだものだ。当然怪我などしないように使用人が見張っていたが。

 使用人たちは令嬢である香織や恵麻とは一線を引いている。遊んでくれることはあったが、距離感は遠かった。だが恵麻の日記には恵麻に優しくしてくれた使用人の名も表記されている。嬉しかったのだろう。目に見えるようだった。


「いけない。全部読みたいけれど、先に最近の日記を検めましょう」


 香織は恵麻の可愛らしい日記を読み進めていたが、本来の目的を思い出した。日記は大事に取って置こう。恵麻との大事な思い出だ。

 恵麻は書道をやっていたこともあり字が上手い。小等部の頃から綺麗だったが、中等部、高等部になるに連れ、字の上達具合が見て取れる。


「これが桐生くんとの初めての出会い?」


 小等部の日記は日付がどんどん飛んでいたが、中等部、高等部になるとほとんど習慣になっていたようだ。ほぼ毎日のように日記が書いてある。

 三つ上の香織は恵麻が高等部に進学すると同時に大学に進学してしまった。

 月に一回は可愛い妹の顔を見に帰っていたが、恵麻が亡くなった時は大学が忙しく、試験などがあり、ちょうど帰れなかった時期だ。

 そして梨沙が言う通り、恵麻の様子がおかしくなった時期でもある。それでもビデオ通話などはしていた。恵麻は必死に隠していたのか全く異常に気付かなかった。

 だがここに必ず手掛かりはある。最終ページに飛んでしまいたい気持ちになったが、とりあえず高等部の日記は全て読むことにした。


 四月◯日。今日は入学式だ。校門で変な男の子を見かけた。何せその男の子は校門から入ってすぐの中央で立ち止まり、涙していた。何か悲しい事があったのだろうかとハンカチを貸してあげたら喜んでくれた。

 そしてその男の子が入学式で演説していた。外部生で首席を取ったと言うことで壇の上に立っていて立派に演説をしたのだ。見覚えのある顔でびっくりした。

 中等部首席の木島くんの後にしたので内部生からの印象は薄いが、しっかりと演説を間違えることなく、原稿を見ることもなく行っていた。校門で泣いていた男の子とは同じ子とは思えなかった。それほど堂々と演説をしていた。


 入学式が終わり、クラスへ入ると彼が特進クラスに居て驚いたが入試でトップを取ったのだ。特進クラスに入るのは当然と言える。特進クラスには三人の外部生が居たが、その男の子は堂々としていた。内部生からの冷たい目線など気にせず、木島くんなどが話し掛けていたが、配られた高等部の教科書を予習なのかパラパラと見ていた。

 意識が高い男の子だと思った。自己紹介でもはっきりと話していた。外部生はおどおどとした子が多い。中等部でもそうだった。だが彼はそんなことはなかった。それが印象的だった。


 四月◯日 今日は実力テストの結果が発表される日だ。高等部に入ってすぐにテストがあるなんて相変わらず溟海はテストが多い。ついて行くだけで大変だ。

 彼は木島くんの後ろに座っていて、実力テストの結果を木島くんと比べ合っている。一強と呼ばれる木島くんとテストの見せあいをするなど私には考えられない。差を見せつけられる気分になるからだ。


 とりあえず十位以内には入れる点数を取れた。大丈夫だろう。そう思った瞬間、木島くんが声を上げた。何事かと思った。なんと木島くんと桐生くんは一点差だったらしい。

 不動の一位を取る木島くんに迫るクラスメイトは居ない。常に二位と総合点で十点差以上をつけていたのだ。そして桐生くんは木島くんに負けた事を悔しがっていた。

 中等部時代から木島くん一強は続いていたので彼に負けて悔しがるクラスメイトは居ない。高等部でも木島くん一強は続くと皆思っていた。当然私もだ。


 だが外部から来た首席入学者は本当に凄い子らしい。少なくとも勉強では敵わない。そう思った。教室も騒然としていた。

 木島くんの不動の一位を脅かす人間が特進クラスに入ってきたのだ。全員の順位が一つ落ちる事と同義だ。私の順位も予定より一つ下になるだろう。

 そして下位をうろちょろしている梨沙が呆然としていた。梨沙はピアノ優先で、勉強はギリギリ特進と言うところだ。だが彼女はピアノの練習に時間を取っている。それでも三年間、いや、四年間は特進が決まっているのだ。さすが梨沙だ。私なんかとは比べ物にならない。


 そして彼は学級委員に立候補した。中等部時代は木島くんがやっていたが、木島くんは高等部に進学したことで忙しくなるらしい。

 外部生が学級委員をやると言うことで教室がざわめいたが、他にやりたいと言う人も居なかったので自然と彼に決まった。そして女子は中等部にやっていたこともあり、私がやることになった。仲良くなれるかしら、そう思ったが第一印象は悪くない。きっと仲良くやれると思う。そう思った。


 梨沙のピアノがまた聞きたいと思った。そして一緒に勉強をしようと思った。梨沙と別のクラスに成るなんて考えられない。梨沙の為じゃない。私の為に梨沙に教えるのだ。我儘だとはわかっているが、梨沙も同じ気持ちで居てくれる。それが嬉しいと思った。


 四月◯日 テストも終わって落ち着いたので佐々木先輩が困っていると聞いて外部生たちに文芸部に入らないか聞いてみた。

 しかし新しく入った二人の外部生は既に入る部活を決めているらしい。中等部からの皆は既に前からの部活を続けることを公言している。中等部の元文芸部の人数は少なく、且つ他の部活を選んでしまったらしい。

 ダメ元で桐生くんに文芸部に入らないかと声を掛けてみたら即座に了承の返事を貰えた。彼がダメなら普通クラスの外部生に声を掛けるつもりだったので手間が省けた。


 彼の趣味は読書らしい。雑食で何でも読むと言う。図書館は彼の憩いの場で、小学生の頃から公営の図書館に通っていたと言う。生粋の読書マニアだ。文芸部室に案内し、ちょっと最近読んだ本の話を振ってみたら既に読んでいたようで感想を語ってくれた。これなら佐々木先輩も納得してくれるだろう。

 桐生くんは男子だが当たりは柔らかい。木島くんともすぐ仲良くなり、内部生との隔意もない。むしろ内部生は強力なライバルが現れたことでやる気を出している。


 特に下位をうろちょろしている人たちは顕著だ。来年のクラス変えで特進落ちすることをヒヤヒヤしている。実際三人の外部生が入ってきたことで、中等部から一緒だった三人が普通クラス落ちをした。二人ほど見知った顔も入れ替わった。彼らも特進に戻る為に猛勉強するだろう。




 そこまで読んで香織は一端日記を閉じた。とりあえず恵麻と篤の出会いはわかった。そして恵麻は不安に思いながらも篤と共に学級委員をやることになった。

 中等部生徒会で副会長をしていた恵麻だ。適任だろう。内申にも影響が出る。だが恵麻は優秀だ。生徒会や学級委員などやらなくとも恵麻が行きたい学部には大概が受かるだろう。

 医学部や薬学部の推薦は競争が激しいので流石に厳しいかも知れないが、恵麻はそっち方面には興味がないし父親が許すかどうかはかなり怪しいところだ。他の学部ならば恵麻の学力ならば問題がない。


 恵麻の学校生活が垣間見られ、香織は溢れてきた涙をタオルで拭った。

 恵麻の大事な日記だ。汚す訳には行かない。

 落ち着いたら続きを読もう。そう思い、香織はゆっくりと心を落ち着かせた。

 少なくとも篤に対しての恵麻の第一印象は悪くないと言うことがわかった。続きを読むことによって彼らに何が起きたのかわかるだろう。香織はそっと日記を撫で、ゆっくりとでいいから全部読もうと思った。


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