011.生徒会と文芸部
(少しずつ生徒会の雰囲気も戻っていきたな。良かった)
康太は生徒会室に入った。事件が起きた当初は会長である篤と副会長の恵麻が失われたことでお通夜のようだったのだ。補充で二人生徒会には追加で入ってきたがやはり雰囲気に当てられて戸惑っていた。
現会長は篤に多分惚れていた。故に篤ロスに陥って大変だった。ただ繰り上がりで生徒会長に押し上げられ、篤の分まで頑張らなければと奮起し、立ち直った。まだ表情に陰は残っているがそれは仕方がない。
生徒会の仕事や勉強や部活に打ち込むことで篤の事を頭から追い出そうとしているようにすら見えた。
だが生徒会室ではまだ二人の話題はタブーだ。一気に雰囲気が暗くなる。二人の話題でも持ち出そう物ならばせっかく立ち直った雰囲気は壊れてしまうだろう。
だが康太はそのタブーを破る事に決めた。何か手掛かりの一つでもないかと思ったのだ。
「会長、悪いんですが私的な話をしても良いですか」
「木島くん、いいわよ」
「桐生元会長の事です」
そう言った瞬間生徒会室が凍りついた。会長の表情が一気に暗くなる。やはりまだ彼女も乗り越えられていないのだ。しかし康太は聞かなければならない。誰かが何か知っているかも知れないからだ。
この場に居る全員が康太か会長が続きを話すのを待っていた。一人も口を開かなかった。
「えぇ、いいわ。私に知る事は少ないけれど、私も気になってはいるの。木島くんは桐生くんの親友だったのでしょう。私よりもショックは大きいわよね。だから何でも答えるわ。でも答えられることなんてそう無いわよ」
他の面子もほとんど同じ事を答える。しかし庶務の一年生がこっそりと小さく手を挙げた。
「あの、ちょっといいですか」
「あぁ、何でもいい。情報があるなら教えてくれ」
「私の友達なんですが、桐生元会長と三条先輩が一緒に休日で歩いていたのを見たって言うんです。だから二人は当然付き合っているんだろうなって思っていました。違うんですか」
康太は身を乗り出した。そして庶務の子に答える。
「いや、俺は、俺達はあいつらが付き合っているとはっきり聞いたことはない。だが生徒会室の様子や教室で仲が良さそうにしていたからいずれ付き合うのは当然だと思っていた。もしくは既に付き合っていて隠していたかだ。一緒に死ぬことを選んだんだ。隠していたんだろうと俺も思う。重要な証言だ。どこで何をしていたとかわかるか」
庶務の一年は記憶をひっぱりだすように唇に人差し指を当てて上を向いた。
「えぇと、確か八景島の水族館だったと思います。二人は仲良さそうに手を繋いでいたのを見たと言っていました。明らかに恋人同士の距離感だったと。二人とも学校では有名人ですし、美男美女ですから付き合っているのは当然だろうと友人は思ったそうです」
庶務の一年生はゆっくりと思い出すように言葉を紡いだ。
「それはいつ頃だ?」
「秋頃じゃないでしょうか。どこかのテスト明けの休日だったと聞いています」
「ありがとう。情報助かった。これで友達と上手いスイーツでも食べてくれ」
康太は後輩に一万円札を取り出して渡した。後輩は驚いていたが彼女も良い所の重役の娘だ。突き返すなんて事はしない。
「ありがとうございます。友人でお金があまりない子がいるのでその子を誘って食べに行きますね」
「あぁ、好きに使ってくれ。ついでに情報源の友人にはもう少し細かく聞いて見てくれるか?」
「わかりました。また情報が入り次第報告します。あと桐生元会長と三条先輩は文芸部に入って居たんですよね。文芸部の三年の先輩がまだ居るはずです。その先輩に聞いてみれば何かわかるんじゃないですか? あと記録では一年生が四人新入部員として入っています。彼らも情報源になるのでは?」
康太はなるほどと思った。確かに篤も恵麻も文芸部に入っていた。盲点だったと思った。
康太は生物研究会に入っている。生物学は医学に必須だからだ。カエルやネズミなどの解剖なども顧問の先生の監修の元で行ったりする本格的な研究会だ。
当然生物の先生が顧問をしていて、医学部志望や薬学部志望の生徒には人気があり、それなりの人数がいる。
海外で発表された生物学や化学、薬学、医学などの論文などを読んでみんなで議論したりもする。有意義な時間を過ごせる研究会で、中等部の時からずっとそこに入っている。自由参加なのも良い。康太も勉強ばかりの毎日ではないのだ。
「文芸部の部長は誰でしたっけ」
「えぇと、まだ桐生くんになっているわね。でも元部長は佐々木さんと言う三年生の先輩らしいわよ。もうすぐ卒業しちゃうから早く話を聞きに行かないと厳しいわね。二月からは三年の先輩はそうそう学校に来なくなるもの。受験やらで忙しかったり、既に進路が決まっている先輩がほとんどだものね」
「わかりました。ありがとうございます。佐々木先輩のクラスはわかりますか」
「それは簡単よ。特進クラスだもの」
会長から情報を貰い、康太は佐々木を訪ねることに決めた。
◇ ◇
「失礼します、すいません先輩方。生徒会の木島と言います。佐々木依子先輩と言う方はいらっしゃいますか」
康太は次の日三年生の特進クラスを訪ねた。何人か知っている顔もある。
放課後では居ないかも知れないので昼休みだ。実際半数ほどの人間が教室に残っていた。残りは購買や食堂で食べているのだろう。
今居なければ放課後にクラスに顔を出し、それでも居なければ文芸部の部室を訪ねて見ようと思っていた。
「おう、生徒会の木島じゃないか。優秀なんだってな。俺たちにまで噂は届いているぜ。佐々木か、お~い、佐々木。生徒会がなんか用事だってよ」
幸い依子は教室に残っていたようだ。二度手間にならずに済んで良かったと思った。
依子は下の方で二つ結びにしていて制服をかっちりと着ている大人しそうな女性だ。背は低いが背筋はぴっしりと伸びている。
小説を読んでいたのか、ゆっくりと顔を上げて、康太が居る教室のドアの方を見た。そして本に栞を挟み、鞄に仕舞った後、丁寧に康太の方向に向かってくる。歩く姿は美しい。落ち着いた雰囲気を纏っている。
「何かしら」
「ちょっと文芸部について聞きたくて」
「私はもう引退したのよ。文芸部員ではなくてよ」
流石に篤と恵麻の話題など三年生の教室では話せない。そう思いながら康太は依子にこっそりと篤と恵麻について聞きたいと耳打ちした。
依子はゆっくりと頷き、「放課後、文芸部の部室で話しましょう」と言ってくれた。有り難いと思った。
依子の瞳にも哀しみが宿っている。康太のようにまだ乗り越えていないのか、それともそれを隠し通しているのかはわからないが、文芸部は一年生が入るまでは依子と篤、恵麻の三人だけだったと記録に残っている。
依子は篤と恵麻に最も近い先輩の一人なのだ。前生徒会役員なども何か知っているかも知れない。
何せ篤は一年の時は庶務をやっていたのだ。康太も誘われていたが断っていた。しかし篤に熱心に誘われ、生徒会に入ることにした。結果的には入って良かったと思っている。
その日の放課後、康太は生物研究会にも生徒会にも行かずに文芸部室を訪れた。
中には長テーブルが二つくっつけられており、部室の両脇には本棚が並んでいて歴代の文芸部の人たちが集めたであろう本が所狭しと並んでいる。
文豪の書いた本から最近出版された本まで様々だ。全集なども揃っている。英語で書かれたペーパーバックなども並んでいる。流石溟海の文芸部だと思った。パソコンも一台設置されていて、様々なことをいつでも調べられるようになっている。
だが溟海は生徒数に比べて部活動が多い。更に強制で兼部は不可だ。故に三人居れば部活として認められる。文芸部は歴史ある部なので昔から部室が与えられているのだろう。
(そういえば文化祭で会報誌を配っていたな。篤の調べた事柄は切り口が面白くて読んだ覚えがある。まだうちにある筈だ)
康太は物持ちが良い。部屋が広いと言うのもあって、置く場所に困らないのだ。使わなくなった物は倉庫用の部屋にきちんと整頓して置いてある。
そして自室と勉強部屋が別にある。
確か文芸部の会報誌は倉庫に大事に仕舞ってあったはずだ。本棚を後で漁って見ようと思った。
篤の死の直後なら絶対に読めなかったであろう。だが今ならばなんとか読めると思う。
「それで、何が聞きたいのかしら」
「佐々木先輩から見た二人の様子を。そして二人が付き合っていたのかどうか、なんで死んだのか」
依子は直接的な表現に驚いたようだ。だが静かに座って、口を開いた。
「直接的ね、まぁ私も気にならないとは言わないわ。大切な後輩たちだったもの。彼女たちは部室でも私とも仲良くしてくれていたわ。でも大概が一緒に勉強をしたり、本を読んで感想を言い合っているのが多かったわね。付き合っていたかはわからないけれど、二人の距離感は近かったわ。私の所感だけれど、桐生くんと三条さんの距離感はただの友人ではなかったと思うわ。少なくとも二年に進級した時にはぐっと距離が縮まったように思えたわ」
依子はしっかりと康太の目を見て答えた。文芸部室には康太と依子の二人しか居ない。一応一年は四人入っているそうなのだが、今日は連絡を入れて部室に来ないようにしてくれていたようだ。細かい配慮がありがたいと思った。
一年生たちにも話を聞きたいなら別の日に集めてくれると言ってくれた。
「そうですね、二人の距離は俺から見ても近いと思っていました。しかし確信したのは二人が一緒に飛び降りたからです。その前に兆候はありましたか?」
「いいえ、普通に仲の良い友人と言う感じだったわね。少なくとも彼らが一年時の冬までは何もなかったと思うわ。冬場に桐生くんがかなり落ち込んでいて、三条さんが彼を支えていたわ。そこで距離が近づいたんでしょうね」
それは康太もよく知っている事実だ。だが依子の目線から聞くと新鮮に聞こえる。康太は当事者であり、当時の事もよく知っている。
しかし依子は篤の細かい状況などは知らないだろう。篤は当時かなり堕ちていたのだ。それを康太と恵麻で必死になって立ち直らせた。梨沙も協力してくれていた。
(あの時のあいつは酷かったな。何もやる気がないと言う様子で、学校に来るのも億劫そうだった。授業にも集中できていないし、学校が終わると即座に帰ってしまっていた。俺や三条さんが呼び止めてもなかなか返事すらしなかった程だ)
それも仕方がないと康太は思う。何せ最愛の母親が死んだのだ。突然の別れだった。葬式すらあげられなかったと言う。親族に連絡は取れず、高校生だった篤はたった一人で母親を見送ったのだ。
当然康太や恵麻は篤の母親の位牌に参りに行った。生活に困るだろうと思って親に頼んで大金を香典に包んだ。篤は遠慮していたが、最終的には受け取ってくれていた。
恵麻も同じように考えたのかかなりの大金を包んでいた。他にも何人かのクラスメイトが篤の家を訪ねた。みんなしっかりと教育されているのだ。クラスメイトの親が死ねばきちんと挨拶に行く。当然のことだ。
篤と特に仲良くない奴ですら訪ねていた。
そして落ち込んでいる篤の姿を見ていられないと全員が思った。
あいつは自殺するんじゃないかなんて噂も飛び交った。実際そんなオーラが出ていたのだ。死の気配が漂っていた。だから康太も恵麻も、必死になって篤のケアに努めたのだ。
「私に言える事はあまりないわ。一人になって困っていた所を三条さんが文芸部に入ってくれて、更に桐生くんまで連れてきてくれた。おかげで文芸部は三人になって問題なく存続できた。そして二年生になったらちゃんと勧誘をして四人も新入部員を獲得してくれた。私ではできなかった所業だわ。おかげで少なくとも後二年は文芸部も存続が確定しているわ。思い出の場所が無くなってしまうのは悲しいものね。でもこの部室にも彼らの気配はこびりついているわ。だから引退した私はあまり近寄らないようにしているの。だって思い出してしまうもの。あんなに仲が良かった二人が一緒に亡くなってしまうなんて誰も想像していなかったでしょう? 私もよ」
依子は少しそこで話を区切った。篤や恵麻の事を思い出しているのだろう。
「話を聞いた時は耳を疑い、部屋でわんわんと泣いたわ。二人ともとても良い子だったもの。人見知りの私でも大丈夫なように、気を遣ってくれていたわ。私は特に二人に何かした訳でも何でもないわ。普通に読書をして、勉強をして、たまに勉強を教えたり、逆に教わったりと普通の文芸部活動をしていただけよ。ただ二人が付き合っていたと言われたらそうだったのねと納得できるわ。そういう雰囲気が漏れ出していたもの。隠しているのもなんとなくわかったわ。だから突っ込んで聞かなかった。そのくらいかしら、私が話せるのは」
依子はパイプ椅子に座り、色々と語ってくれた。普段の篤や恵麻の様子、二人の距離感の変わりよう。そして死後の依子の哀しみ。依子もやはりまだ乗り越えられていないのだ。だが芯は強い女性だと康太は思った。
康太が篤とよく行った店にまだ入れないように、依子も文芸部の部室には近寄らないようになったと言う。
新しく入った一年生たちも落ち込んでいるようだと教えてくれた。
それはそうだろう。憧れの先輩だったであろう二人が亡くなったのだ。
二人は生徒会もやっていたこともあって一年生からも人気が高かった。故に一年生たちの雰囲気も暗い。三年は受験もあるのでそれどころではなかっただろうが、やはり影響が出た先輩も居たと依子は言う。
「色々聞かせて頂いてありがとうございました。三条さんのお姉さんが二人共どうして死んだのかを調べていて、協力しているんです。そして俺も篤がなぜ死んだのかを知りたいと思っています。貴重なお時間取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「いいのよ、私はもう推薦で文学部への進学が決まっているから、学校に来ても本ばかり読んでいるわ。学校に来るのも習慣みたいなものね。一応出席はしないと推薦取り消されちゃうから来るけどね」
依子は気にしていないとばかりにおっとりと答えた。
篤と恵麻は良い先輩を得たんだなと康太は依子の話を聞いて感想を抱いた。