8 『evergreen』
「お姉ちゃん」
と声がした。僕の声だった。
「うん、ここにいるよ。お姉ちゃんはここにいるよ」
彼女の声がした。いつのまにか寝ていたようで、見れば外は薄暗くも明るかった。でもまだ雨は止んでいなかった。こんなにも天気が崩れたままなんて珍しかった。こんな場所で寝てしまったのに不思議と寒くなかった。
その理由はすぐにわかった。僕は彼女に抱きしめられていたのだ。ぼろぼろの、布団も何もないベッドの上に僕たちはいた。
「おはよう」
「うん」彼女の胸に顔を埋める。
「夜中いきなり泣き出したときはどうしようかと思ったけど、泣き止んでくれてよかったよ」
「僕、泣いてたの?」
恥ずかしい。人前で泣くなんてみっともないことだと思っていたから。
「いいんだよ、泣いても」
僕の頭が撫でられた。
「別に恥ずかしいことじゃないよ。涙が出るならまだ大丈夫」
では彼女はどうなのだろうか。どうだったのだろうか。それは彼女自身にしかわからないことだった。
「夢を、見たんだ」
「どんな夢?」
「あったかい夢だった。みんな優しくて、幸せな夢だった」
「そう」
「それで、死んだお姉ちゃんがいて」
「うん」
「笑って、くれてて」
声は震えていた。
「夢、だったのかな」
あれが本当にあったことであってほしかった。僕の人生はそこまでひどいものじゃないと誰かに言ってほしかった。この世に生まれておきながらただの一度も愛されたことがないなんて、そんな悲しいことがあってほしくないと思った。
「夢じゃないよ」
彼女が言った。そう言ってくれただけで少し救われたような気がした。
「それにね、きみみたいな優しい子はこれから幸せになるんだよ」
「僕、別に優しくないよ」
「ううん、優しいよ。きみはとっても素敵な男の子」
今は顔を見られたくなかった。顔が熱かった。
「今までは何かをちょっと間違えちゃっただけ。確かにきみの人生は決していいものじゃなかったかもしれない。普通じゃなかったかもしれない。でもね、だからってこれからも幸せになれないだなんて、そんなことはないんだよ、絶対に」
その言葉は自分に言い聞かせるようでもあった。それは当然だった。彼女もまた僕と同じだったのだから。年齢も性別も考え方も違ったけど、幸せになりたいという点で僕たちは仲間だったのだから。
「だからね、もっと自信を持って」
彼女は言った。
「幸せってね、そんなに難しいことじゃないんだよ」